フェルサの旅

久徒をん

少年と砂漠

 ピコン、ピコーン、ピコーン、ピコーン……

 まるで首のない馬に小さなハンドルがついたような長い四本足で走る歩行マシンにマントをたなびかせて顔の半分をゴーグルで覆った少年が跨っていた。

 雲一つなく澄み切った濃い青空のずっと上から照らすアロピナの日差しが砂漠のあちこちにそびえる朽ちた廃墟を照らしてその影が風紋を描く砂の丘を切り裂くように伸びていた。

かつて高度な文明を築いた国々が長い戦いで破滅した今はどこも墓標のように建つ数々の廃墟と砂漠ばかりだ。

 『ランマン』と呼ばれる奇妙な形をしたマシンに乗った少年が走っているこの砂漠に吹く風はとても涼しい。遥か遠い昔、この辺りには湖がありその岸辺に町があったと神話のように語り継がれていた。各地で起きた戦いの中で使われた大規模な殺戮と破壊を行った兵器はあっという間に命と文明と社会を滅ぼした。

 少年がランマンを止めて降りた。ゴーグルの片方のレンズを上げて地面を見渡した。もう片方のゴーグルに映る画面にチカチカと点滅した。

 「おお、もしかしてこれは!」

 少年は全力で地面を掘り始めた。

 「お宝かな~お宝かな~」

 上機嫌に歌いながら掘り出したのは小さな金属的な塊だった。少年はゴーグルの目の前にその塊をかざした。ゴーグルのレンズの画面に文字が映った。

 「何だ。『バンク』か……まあいいか」

 それは情報を大量に蓄積できる部品だった。少年は過去の遺物を探しては町に持って帰って同居している部品屋の店主に渡していた。

 「まあ今日はこれでいいか」

 少年が片方のゴーグルのレンズを下ろしてランマンに乗ろうとした時、

 ドゴーン!

 突然、廃墟の壁を突き破って少年と同じ位の大きさのサソリのような形をした魔物が現れた。

 「『メガサソリ』か」

 少年は足に巻き付けたホルダーから白い剣を抜いた。柄を強く握ると折りたたまれた大きな刃が反りかえって少年の肘から下程の長さの長い剣に変わった。

 「いくぜ!」

 少年は剣を振り下ろしてメガサソリへ突進した。タンと踏み込んでジャンプして頭をひと刺し、襲いかかってきた針のついた尻尾をバッサリと切り落とした。メガサソリは緑色の血を流して息絶えた。

 「へん、ざまあみろ。なめんなよ雑魚が!」

 少年は軽口を叩いて歩行マシンに乗って帰路についた。

 しばらくすると少年の目の前に大きな窪みが見えて来た。窪みの中には湖とその岸辺に町があった。少年が住む町『モスランダ』である。

 砂漠の中にあるこの町は堅い岩盤を掘って地下水を汲み上げて人間が生活するように長い時間をかけて築き上げられた。今は各地から商人達が訪れる交易都市として栄えている。少年は細い坂道を歩行マシンに乗りながら器用に下りて町に帰って来た。

 「フェリサ、今日はどこまで行ったんだ」

 通りすがりの住民の男に話し掛けられた。

 フェルサと呼ばれた少年は歩行マシンを飛び降りた。

 「ああ、西の塔より少し向こうだよ。メガサソリが出たけどやっつけたさ」

 「ほお、やるな。また発掘を手伝ってくれよな」

 「ああ、よろしく!」

 フェルサは明るく答えて家路を急いだ。

 自宅の小さな白い建物に入り「ただいま」と言ったが誰もいなかった。

 「店かな」

 フェルサが裏側の店に出るとロンデゴが座っていた。

 「おじさん、ただいま」

 「おお、今帰ったか」

 フェルサと同居しているロンデゴが冴えない顔で答えた。

 「ああ、まだ売れていないのか。はい、これ」

 店の前に並んだ部品を見ながらフェルサはこの日に発掘した品々をロンデゴに渡した。

 「まあな。ポンコツばかりじゃ仕方ないか。このバンクはちょっと売れそうだな」

 ロンデゴはバングを掌に乗せて呟いた。

 「なんだ。冴えない顔だね」

 近所に住む食料品店のコラベが二人に話しかけた。

 「ああ、見ての通りさっぱりだ。そっちはもう終わりかい」

 ロンデゴが訊くと、

 「そうだよ。はい、売れ残りだけど」

 コラベが野菜をフェルサに渡した。

 「いつもありがとう」

 フェリサは礼を言った。

 「いいよ。またうちのレッセルの発掘を手伝ってちょうだいね。それじゃ」

 コラベは手を振って歩いて行った。

 「じゃあ、俺達も片付けて晩飯にするか」

 ロンデゴが立ち上がって店に並んだ店の片付けを始めるとフェリサも部品を箱に入れ始めた。

 片付けを先に終えたフェリサは台所で夕食を作った。野菜と肉を大鍋に入れて煮て軽く香辛料を入れて味付けした煮物と野菜を切って盛り合わせたサラダを手際よく作った。

 フェリサが広間のテーブルに料理を置いているところにロンデゴが入って来た。

 「おお、うまそうな匂いだな」

 ロンデゴが酒の瓶を持って椅子に座った。

 「それじゃ食おうか」

 ロンデゴがフォークで煮物の肉を頬張った。

 「うん、うまいな。味も染みているし」

 「そりゃ作ったの俺だもんな」

 「全くよく言うぜ。教えたのは俺だろ。ここまで腕上げるのにどんだけ時間かかったと思っているんだ」

 「それは言うなよ」

 フェルサはふて腐れながら煮物の肉を口に入れた。

 「なあフェルサ、俺、近い内にボレダンに行ってくる。墓参りにな」

 ロンデゴの表情が少し曇った。

 「ああ、もうそんな時期か。わかったよ。俺は発掘するからゆっくりしていいから」

 「ああ、そうするわ。ちゃんと掃除するんだぞ」

 「わかったよ」

 店の外の声が聞こえる程、部屋の中が一瞬静かになった。フェリサがふと呟いた。

 「俺、あの時の事、まだ何がなんだかわからなくてさ……」

 「わかっている。仕方ないさ。村にいなかったんだろう?」

 ロンデゴが穏やかに答えた。

 「ああ……」

 フェリサはふと石造りの天井を見上げた。

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