フェルサの旅

ツデッパスの戦い

　モスランダに到着した騎士団は長老の家で状況を報告した。

　「それは大変だった」

　小柄の日焼けした長老モハルダは腕を組んで目を閉じた。

　「焼け跡の見つかった場所はこれです」

　レンディが地図を壁に映した。

　「なるほどな。少なくともボレダンの件は事故ではなかったのか」

　スレンドルは地図を見ながら話した。

　「そう言えばフェルサは？」

　「家に帰りました」

　「また辛い思いをさせたな」

　モハルダの表情が曇った。

　「あいつなら大丈夫ですよ。威勢もいいし」

　コンファは明るく答えたがモハルダの表情は変わらなかった。

　「さて、どうするかだな……」

　スレンドルの言葉で室内が静まり返った。

　「ああ、気持ちよかった」

　池の横に建てられた浴場から出て来たフェルサは食料品店に向かった。

　「フェルサ、ゾルサムに行ってきたそうだね」

　コラベが話しながら野菜を渡した。

　「ああ、ごめんな。土産買う暇なくて」

　「気にしないでいいよ。騎士団の仕事だったんだろ」

　フェルサは「ああそうだよ」と金を払った。

　「お～い、フェルサ」

　遠くから名前を呼ばれて振り返るとコラベの息子のレッセルが駆けて来た。

　「お前、ゾルサムに行ったんだってな。土産は？」

　フェルサが「ない」と素っ気なく答えた。

　「どうせ、そんな事だろうと思った。それよりどうだ、また発掘に行かねえか？いてっ！」

　コラベが投げつけたバケツがレッセルの頭に当たった。

　「つまらない事、言ってないで家の掃除をしな！」

　コラベが怒鳴るとレッセルが「おおこわっ、じゃあな」とバケツを持って家に入った。

　フェルサは苦笑いして「それじゃ」と店を後にした。

　帰宅してすぐにコンファが家に来て『ツデッパス』への買い出しに誘われた。

　フェルサとコンファは数人の商人達と一緒にモスランダより南に半日ほどかかるツデッパスに出かけた。

　「嫌な物を見ちまったな」

　ランマンで走りながらコンファが話し掛けるとフェルサは「別に」とだけ答えた。

　町に差し掛かった頃、人々が逃げるように走って来た。

　「どうした！」

　コンファが叫ぶと男が「魔物に乗った盗賊が暴れている！」と答えて走り去った。

　「くそっ、お前達は廃墟で隠れていろ。フェルサ、行くぞ！」

　コンファが商人達に言うと背中の大剣を抜いてランマンを走らせた。その後をフェルサが追った。

　町の上には数匹の大きな鳥に乗った人間の姿が見えた。

「ゴルベンダルに乗っているのか」

　フェルサは叫んだ。人が乗っても飛べるほどの巨大な鳥に乗った盗賊が上から弓矢を撃っていた。二人がランマンに乗ったまま町に入るとウルフの群れが人々を襲っていた。

　「くそっ酷いな。フェルサ、お前は通りの盗賊とウルフをやってくれ！」

　コンファの指示にフェルサは「わかった」と答えランマンを飛び降りると同時に剣を抜いた。

　「おおりゃ！」

　フェルサは次々とウルフを切り裂いた。

今度は盗賊達が斧で襲い掛かってきたが、軽くかわして剣を顔に突き刺した。

　「死ねよ。このクズ野郎！」

　盗賊達を切りつけながら町の奥に進んだ。

　「大丈夫か！奥に盗賊はいるのか？」

　子供を抱えてしゃがんでいる女に訊くと女は指を差した。

　女にウルフが襲ってきたがフェルサが切り裂いた。

　「早く家の中に入るんだ！」

　フェルサは女に叫んで通りの奥に進んだ。

　「へへへ、金目の物はもらった。死ね」

　禿げ頭の男が老人に剣を振り下ろそうとした。

　「死ぬのはお前だ」

　フェルサの剣が男の胸を貫いた。

　男は「ぐおっ！」と声にならない悲鳴を上げて血を流して倒れた。

　その間に老人にウルフが飛び掛かった。

　「どけっ！」

　フェルサはウルフを蹴飛ばした。

　ウルフが数匹襲ってきた。フェルサは剣を振り回して一掃した。

　「大丈夫か！」

　「魔物使いの親玉が奥の長老の家に！」

　「わかった。お前は家の中にいろ」

　フェルサは長老の家に走った。

　長老の家の前には数人の鎧姿の男達が立っていた。

　「うおおおお！」

　フェルサは勢いよく突進した。男達が剣を構えた。

　襲い掛かる剣を身軽にかわして次々と男達を倒してフェルサは長老の家に飛び込んだ。

　「きゃあああ！」

　女の悲鳴がした部屋に入ると三人の男達が立っていた。そのそばに老人が倒れていた。

　「何だ。貴様！」

　「お前が盗賊の親玉かよ」

　「そうだ。俺の名前……」

　名乗ろうとした男に飛び掛かってフェルサは男の頭を貫いた。

　「汚い野郎の名前なんて興味ねえんだよ」

　フェルサが剣を抜くと男の顔から血が流れた。

　「貴様！」

　残った男達が剣を抜いたがすぐにフェルサの剣に貫かれて倒れた。

　「おい、大丈夫か？」

　倒れた老人にフェルサは声を掛けた。

　「ああ、腹をやられたが何とかな。それよりその男が持っている笛を思いっきり吹いてくれ。それが魔物を操る笛だ」

　「わかった」

　フェルサは血だらけの男の首にかかった笛をちぎって強く何度も吹いた。

　「誰かに手当てを頼むんだ」

　そばにいた女に言うとフェルサは家の外に出た。

　外はまだ騒いでいた。

　「フェルサ！」

　コンファが家の屋根に立っていた。

　「コンファ、これをあいつらに向かって吹け」

　フェルサは笛を投げた。

　コンファが受け取ると笛を強く吹いた。

　ゴルベンダルが暴れて乗っていた盗賊が振り落とされた。

　首領を失った盗賊達は町を逃げるように去った。

　フェルサ達一行は宿屋に泊まった。

　「全く何だったんだ」

　「まさか魔物使いの盗賊とはな」

　フェルサとコンファはため息をついた。

　「この笛。ただの笛じゃねえな。機械だ」

　コンファは笛を取り出した。

　「そうか。夢中で気がつかなかったが魔物を操る音が鳴るのかも知れないな。しかしこんな物一体どこで？」

　「少なくとも発掘品じゃねえよな。どう見ても新品だ。何だかきな臭い事が続くな」

　フェルサは「そうだな」と答えてそのまま眠りについた。

　翌日、商人達が買い物をしている間にフェルサとコンファは長老の家にいた。

　「昨日は助かった。礼を言うぞ。モスランダの騎士」

　ベッドで横になった長老フロルが小声で言った。

　「いや、気にする事はない。モスランダにとってツデッパスは大事な貿易相手だ。しかし盗賊に遭うとは災難だったな」

　「ああ、ただの物盗りじゃなかった。青い鍵を探していた」

　「青い鍵？何だそれ？」

　フェルサが呟いた。

　「よくわからんが奴らは家の中を荒らしまわったが見つからなかった。もちろん私もそんな物は知らんと言ったが、ごらんの有様だ」

　フロルの娘のミレイが「失礼します」と薬を持って部屋に入って来た。

　「お父様、そろそろお休みにならないと傷が痛みますよ」

　ミレイが薬を塗る準備を始めた。

　「もしかしたモスランダも襲ってくるかも知れん。気を付けるんだぞ」

　「わかった。体を大事にな」

　コンファの隣でフェルサは軽く一礼して一緒に部屋を出た。

　「コンファ様」

　ミレイが部屋を出て来た。

コンファはフェルサを先に行かせた。

　「父を助けて下さりありがとうございました」

　ミレイが頭を下げた。

　「いや。助けたのはフェルサさ。俺は外で盗賊退治」

　「そうですか。あの子が……随分剣の腕を上げましたね」

　「ああ、なかなかな」

　「しかし町の者に聞きましたが、かなり荒れていたようですね」

　「そうか。まあ色々あってな」

　「どうか彼の面倒を見てやって下さい。彼を見る度にボレダンで亡くなった友を思い出して辛い。きっと彼も家族を思い出している事でしょう」

　「誰かが死んで残された者は皆つらいさ。母上を亡くされたばかりのミレイ殿もな」

　ミレイは目を伏せて「すみません……」と答えた。

　「ミレイ殿が悲しいのはわかるが町を守る為に頑張らないとな。自警団を作るとか言ってたよな。早く頼むぜ。じゃあな」

　コンファが手を振るとミレイは「ありがとうございます」と一礼した。

　一行は急いでモスランダに帰った。

　「青い鍵か……ここにはないな。長老の家を探していたとなると昔から代々伝わる宝のようなものか」

　コンファから報告を受けたスレンドルが机の上に浮いた画面を見ながら呟いた。

　「それよりも盗賊に魔物を操る笛を持たせた奴が気になります。こんな物をあちこちに出回らせたら大変です」

　「あのゼロラ人か？」

　「わかりませんが、少なくとも一人で動いていないと思います」

　「うむ、しかしゼロラ人は戦う人形のようなもので話せなかったのではないのか？とにかくそいつの事は調べさせよう。コンファは町の護衛に回ってくれ」

　コンファは「わかりました」と答えて部屋を出た。

　「帰っていたんだ」

　フェルサが家に入るとロンデゴが機械の整理をしていた。

　「ああ、墓参りのついでにボレダンの近くの山で拾ってきた」

　「あそこ、まだあったんだ」

　フェルサが遠い目をしながら呟いた。

　「ああ、まあガラクタばかりで金目の物は大してなかったがな」

　フェリサは「どれどれ」と機械を手に取り始めた。

　「ランマンに使えそうな物ばっかりだな」

　「規模は小さいが、あそこは何かの倉庫だったのだろうな」

　「なるほどね……飯作るわ」

　フェルサは台所で野菜を切りながら『青い鍵』の言葉を思い出した。

　（青い鍵って何だろうな。宝箱の鍵、扉の鍵、何かの機械を動かす鍵……そもそもどんな形で大きさもわからないのに見つかるのか）

　「あっ……」

　フェルサの手が止まった。

　その晩、ロンデゴが眠ったのを見届けたフェルサは置き手紙を残して町を出た。