フェルサの旅

祈りと罪の町

　南の大陸にある町、『ホルベック』……法王カロクが治めるこの町には巨大な寺院が建ち、人々が毎日祈りを捧げている。

　この町は旧時代の研究所がありそこでゼロラ人が産み出されていた。

　人間の姿をしながら強度の肉体と優れた運動能力を持つ生物兵器は旧時代の戦争では兵士として戦場で戦って死んでいった……

　この時代でもゼロラ人が生きているのはホルベックの護衛の為に一定数、作られているからである。

　彼らは人々から恐れられて近くの岩山にひっそりと住んでいた。

　祈りを捧げている中で人を作る技術が今でも使われているこの町は人々から『祈りと罪の町』と呼ばれていた。

　その町にリュゼッタが訪れていた。

　「久しぶりです。リュゼッタ様」

　「レルリも変わりないようだな」

　寺院のそばでリュゼッタは巫女のレルリと挨拶を交わした。

　「この町は相変わらず静かだな。祈りの時間か」

　「ええ。昼の祈りです」

　住民が手を組んで祈りの姿勢でひざまずいていた。

　「風の吹く音しか聞こえない。相変わらず憂鬱な気になる」

　「フフフ、リュゼッタ様はこういう雰囲気が苦手ですものね」

　呆れた口調で話すリュゼッタにレルリは手を口で押えて小さく笑った。

　「今日はどのような御用で？」

　「実はボレダンの事について知りたいのだ」

　「ボレダンの何についてですか？」

　「昔から伝わる伝説のような物がなかったか」

　「伝説……ですか？」

　レルリはしばらく考えた。

　「どうしてですか？」

　「ボレダンと同じ現象が各地で起きているようだ。軽く調べたところ最初に起きたのがボレダンのようだからな。何か爆発を思わせるような伝説がないかと思ってね」

　「まあ、そうですか」

　「あいにく誰がボレダンにいたのか数える程しかわからなくてな」

　「前に来た時に話していた少年は？」

　「フェルサか、彼は覚えていないそうだ」

　「フェルサ……ギレニットの所の子だったわね。ギレニットとミヴェリ、仲良かったのに残念だったわ」

　レルリが暗く言った。

　「そう言えば長老の家の地下室に旧時代の機械があると聞きました。それを守っていたのが長老とギレニット」

　「ほお、それはどの辺りだ。ちょっと待て、映像を出す」

　リュゼッタがカバンから小型の端末を出して画像を表示した。

　レルリは「これがボレダン……」と曇った表情で呟きながら切り替わる画像を見た。

　「全部似たような景色でわかりませんが、少し北の方だったと思います」

　「わかった。すまなかったな。それとゼロラ人と話をしたい」

　「彼らはあまり人間を良く思っていなくて特に最近は滅多に町に来ません。南の岩山の隠れ里で暮らしている筈です」

　「ここにはいないか……ありがとう」

　「あの、彼らを刺激しないで下さいね」

　「ああ、話を聞くだけだ」

　リュゼッタは軽く答えて町を出た。

　その隠れ里はホルベックの近くにある西の岩山にあった。

リュゼッタはしばらく山道をランマンで登って看板の前で止まった。

　「誰もいないのか……」

　ランマンを降りたリュゼッタは剣を腰に下げて奥へ歩き出した。

　「うっ！」

　ゼロラ人が血だらけで倒れていた。

さらに奥に目をやると同じように数人がうつぶせで倒れていた。

　「これは……」

　リュゼッタは倒れたゼロラ人に駆け寄った。

　「しっかりしろ！」

　話しかけても虫の息の状態だった。

　ドカッ！

　民家からゼロラ人が吹っ飛ばされるように投げ出された。

　「全く……言う事を聞かない連中だな」

　大柄の黒い鎧を着た男が家から出て来た。リュゼッタは剣を抜いた。

　男は赤い目で「うん？」とリュゼッタを見た。

　「人間の女か。何のようだ」

　「お前こそ、これは何だ。お前がやったのか」

　「ああ、同族だが頭の弱い連中でね。戦いを忘れるとこうなるのか」

　「そうか。私から見たらお前の方が頭が弱そうだがな」

　リュゼッタは突進して剣を顔の前に突きつけた。

　「ふん、いい腕をしてそうだ。しかし、このブリュバルの体を貫くには非力だな」

　ブリュバルは剣を抜いて横に振った。リュゼッタは後ずさりした。

　「お前もゼロラ人だろ。仲間割れか！」

　「仲間？こんな隠れ里に住んでいるこいつらとは違う。俺はギランクスのゼロラ人だ」

　「ギランクス？何だそれは」

　「聞きたければ俺を切ってみろ」

　「生意気な奴だ。なめんなよ！」

　リュゼッタは剣を次々とブリュバルの鎧に突き刺した。

　「何も手ごたえがない！」

　「まあ仕方ないか。しかしその年でよく頑張るね。あそこの町の人間じゃなさそうだが」

　「大きなお世話だ。この化け物が！」

　リュゼッタは剣を振り下ろした。ブリュバルは軽くよけてリュゼッタの腹を拳で打った。

　「うっ！」リュゼッタは呻いてひざまずいた。

　「ここで人間の男だったらどうするだろうな。服を裂いてお前を犯すか……でも良かったな。俺は人間じゃないから何の屈辱も感じさせずに死なせてやるよ」

　ブリュバルが剣をリュゼッタの頭に振り下ろそうとした時、

　「うっ！」

　ブリュバルの後頭部に斧が当たった。ブリュバルが振り向いた。先程放り出されたゼロラ人の男が斧を持って立っていた。

　「きさまあああ！」

　ブリュバルが男に向かって走った。

二人が戦いを始めた。

　斧と剣の交わる中でブリュバルが構えを立て直した時、リュゼッタが首筋を切りつけた。

　「ぎゃあ！」

ブリュバルの叫びと共に血がダラダラと流れ落ちた。

　「お前ら、今度会ったら引き裂いてやるからな！」

　首筋を右手で押さえたブリュバルは背中から光の翼を広げて飛び上がった。

　戦った男がリュゼッタに手を差し出した。

　「ありがとう。私はリュゼッタ。本当に助かった。礼を言う」

　「……」

　男は黙ったまま倒れたゼロラ人達を見た。

　「まだ息のある奴を助けないとな」

　リュゼッタはゆっくり立ち上がった。

　「お前、名前は何と言うんだ？」

　ゼロラ人は黙ったまま右ひじに刻まれた文字を見せた。

　「デルツというのか、わかった。デルツ、彼らに手当てを」

　リュゼッタが言うとデルツはうつぶせになっている彼らの元に走った。

　「どうしたら治るんだ」

　リュゼッタの問いにデルツは出口を指さした。

　「ホルベックに行けばいいんだな。わかった。すぐに助けを呼んで来る」

　リュゼッタはランマンに飛び乗ってホルベックまで走りレルリに事情を話した。

　すぐに寺院にいた住民達が隠れ里へ走って行った。

　「リュゼッタ殿、すまないな」

　寺院から年老いたカロクが出て来た。

　「いえ、しかし屈強なゼロラ人が瀕死になる程、強い奴がいたとは……しかも背中の翼を広げて飛んで行くとは何者なんでしょう」

　「何と、翼の生えたゼロラ人とはな」

　「そいつはギランクスのゼロラ人だと言っていました」

　リュゼッタの言葉にカロクは大きく目を開いた。

　「ギランクスだと！」

　カロクは思わず叫んだ。

いつも冷静なカロクの予想外の反応にリュゼッタは驚いた。

　「まさか、単なる伝説と思っていたがな……」

　「何ですか、それは？」

　「まあ、こっちに来なさい」

　カロクはリュゼッタと共に寺院に入った。