フェルサの旅

託された剣

　ギランクスによる攻撃から二日が過ぎた。

　多くの大地が焼かれて幸いにも攻撃を免れた町では近隣の町からの住民が流入してきて町の治安や機能は不安定になっていた。更にギランクスからのギラド人や魔物達の攻撃を受けて住民達は応戦していた。

　モスランダも例外ではなく稲妻からの攻撃は免れたが避難してきたツデッパスを始めとする近隣の町からの移民の対応に追われていた。

　その最中、魔物達が襲撃してきた。

　「くそっ！こんな時に」

　リュゼッタは人で溢れた通りを駆け抜けて魔物達が群がる広場に向かった。

　「ちっ、灰色の肌。ギラド人ってやつか……」

　リュゼッタが剣を抜いてギラド人達に切りつけた。竜の鱗で作られた剣はギラド人の固い肌を貫いた。

　「普通の剣ではかなわない。こいつらは私が仕留めるしかないな」

　「よお、また会ったな。女」

　「ブリュバルか。全く醜い顔をまた見る事になろうとはな」

　「ふん、お互い様だな」

　ブリュバルはリュゼッタに襲いかかった。

　「早い！」

　リュゼッタが言うと同時にブリュバルはリュゼッタの顔を殴った。リュゼッタが後ろに吹っ飛んだ。

　「女の顔を殴るのは好きじゃないんだがな。この前の借りだ。あとは体の骨を粉々にしてやるぜ」

　「ふん、言ってくれるな。来い！豚野郎！」

　「まだ元気で安心したよ」

　ブリュバルがまた突進してリュゼッタの前に立った。ブリュバルの拳がリュゼッタの腹に当たる寸前でリュゼッタは体をひねってよけた。

　「ほお、よけるか」

　「ああ、生けすかない竜のお陰だな」

　リュゼッタがひねったまま剣をブリュバルの顔に向けた。

　ブリュバルはとっさによけた。

　「その程度で勝てると思うなよ」

　「化け物の割には弱いな。ゼロラ人と同じ程度か。それともお前だけ不良品か」

　「ほざけ！この年増女が！」

　２人は罵りながら攻防戦を繰り広げた。

　「これで終わりだ」

　ブリュバルはリュゼッタの前に立ち連撃した。

　「ぐっ！」

　リュゼッタは腹に受けた拳でうずくまった瞬間、ブリュバルの顔に剣を突き刺した。

　「うわあああ！」

　錯乱したブリュバルが更に攻撃をしてきた。

　リュゼッタは全身に拳の連撃を受けながら顔に刺した剣を右に回した。

　「うおっ！」

　連撃をやめないブリュバルの拳を受けてリュゼッタの顔は血だらけになった。

　「これで……とどめだ！」

　虫の息のリュゼッタは一旦剣を抜くとブリュバルの額に剣を刺し縦に振り下ろした。

　ブリュバルの顔から血が噴き出してリュゼッタの髪から顔まで真っ赤になった。

　「よ、よくも……」

　ブリュバルはその場に力が抜けて崩れ落ちた。

　息を荒くしながらリュゼッタもその場にひざまずいた。

　「化け物は倒したがもう駄目だな」

　リュゼッタは周りの魔物達を見ながら呟いた。

　キーン

　空から金属音が響いた。

　「くそっ新手か。モスランダは持ちこたえられるか」

　絶望した表情のリュゼッタは目を閉じた。

　背後でドコーンと音がした。

　「これまでだな……」

　リュゼッタは振り返らず覚悟を決めた。

　大きな腕がリュゼッタの両脇を抱えた。

　「えっ……」リュゼッタは振り返った。

　「お前、ホルベックの……どうしてここに」

　先のブリュバルとの戦いで傷を負ったゼロラ人のデルツの顔がリュゼッタのすぐ目の前にあった。

　他にもゼロラ人が二人いた。

　「助けにきてくれたのか」

　デルツは黙ってリュゼッタを近くの石造りの椅子に抱えて座らせると降りてきた球状の物体から他のゼロラ人と共に機材を持ち出した。

　「何だこれは！」

　ロンデゴが広場に駆けつけた。

　「ロンデゴ殿、彼らを手伝ってくれ」

　リュゼッタはロンデゴに叫んだ。

　ロンデゴは血まみれのリュゼッタを見て一瞬驚いたが「わかった」とデルツ達と共に機材を運びだした。

　「これは対空砲だな。なるほど飛んでいる敵を蹴散らすつもりか。みんな、これが出来るまで持ちこたえてくれ！」

　ロンデゴは周りで戦っている住民や騎士団に叫んだ。

　「急げ、これだけの多勢だ。時間がないぞ」

　騎士団の男が答えた。

　上空から四枚羽根の戦闘機が砲撃しながら垂直降下してきた。

　操縦席からホルベックのガルキア司祭と巫女のレルリが降りて来た。

　「司祭！それにレルリ殿まで」

　「法王様からモスランダに行くように言われて……急いで手当をしましょう」

　「悪いが体のあちこちの骨が折れて歩けないのだ。大丈夫。生きているだけで儲けものだ。こいつらを倒してから治したら何とかなるだろう」

　リュゼッタはレルリにフッと微笑んだ。

　「これは！」

　駆け付けたレンディが驚いた。

　「レンディ殿。話は後だ。周りの敵を片付けてくれ。あれが出来上がるのにもう少し時間がかかる」

　驚くレンディにロンデゴが叫んだ。レンディは辺りを見渡してレルリに介抱される血まみれになったリュゼッタの姿が目に入った。

「リュゼッタ殿。くそっ！」

　レンディが剣を構えた。

　「レンディ殿にこれを！」

　リュゼッタはレルリに自分の剣を渡した。

　レルリは「わかりました」とレンディの所に駆け寄った。

　「レンディ様、リュゼッタ様からです」

　レルリから差し出された剣をレンディが「すまない」と答えて受け取った。

　「竜の鱗の剣か」

　レンディは広場の横で暴れる魔物達の群れに突進してギラド人の大斧の攻撃をかわし頭を貫いた。

　「軽いな。やれる！」

　レンディは次々と魔物達を倒しながら屋敷への通りを進んでいった。

　「やるな…さすがだ」

　リュゼッタは小さく呟いて気を失った。脇でレルリが血まみれの顔を自分の服の袖をちぎって拭いた。

　「よし出来た。いくぞ！」

　ロンデゴが大声で叫んだ。デルツ達が巨大な砲門を空の魔物達が群れている場所に向けた。

　デルツの合図で２人のゼロラ人が発射した。

　砲弾が空で花火のように拡散して次々と魔物達に被弾して爆発した。

　「これは凄いな。だが、まだ結構飛んでいるぞ。右側の群れを撃て！」

　圧倒されながらロンデゴはデルツ達に指示をした。

　「凄い」「ああ、俺達もよそ者に負けられんな」

　住民達と騎士団の士気が上がった。

　「いいか！私達はこの町に世話になっている身だ。私達が胸を張って暮らせる為にも魔物達を倒すのだ！」

　ツデッパスの長老の娘のミレイが自警団に激を飛ばして湖畔で暴れる魔物達に向かった。

　「全く……古い武器を持ち出して威勢が良くなって醜いもんだね。自分の力で何もできないくせに」

　ミレイ達の前にゼラミアが降りて来た。

　「団長、あの女、ゼラミアです」

　ゴーグルを着けて照合した団員がミレイに耳打ちした。

　「こいつが長老とスレンドル殿を！信号弾を放て！」

　ミレイの指示で団員が赤いのろしの信号弾を空に放った。

　「あれは！敵の親玉の襲来！。ブリュバルじゃない。カリュスか、いやゼラミアか！」

　ゼラミアの名前を口に出したレンディの目つきが獣のように変わった。

　「今度こそ！」

　レンディは急いで湖に向かった。

　「私の友をよくも傷つけてくれたな。許さんぞ！」

　「ふん、お友達ごっこかしら。まあいい。お前も長老とやらの元へ逝けばいい」

　「きさま！」

ミレイは剣を構えてゼラミアに突進して素早く剣を横に振ったがゼラミアに軽くかわされた。

　「技も身体能力も最低ランクの雑魚か。どこのお嬢様か知りませんがさっさと家に帰って庭のお花の手入れでもなさったらどうですか？」

　「そうね。あなたの首を畑に埋めたら綺麗な花が咲きそうだわ」

　ゼラミアの挑発にミレイはニヤリと笑って剣のボタンを押した。

　「何！」

　剣が銃の形に変形して銃身から光弾が連射された。ゼラミアがとっさに剣で光弾を受けて弾いた。

　「あなた達が磁力を消してくれたおかげで旧時代の武器が使えるようになったわ。訓練しておいて助かった」

　「ふん、また旧時代の遺産頼みか。つくづく人間というやつは……」

　ゼラミアが突進してミレイの目の前に立つと剣で腹を貫いた。

　ミレイは「うっ！」と血を吐きその場にうずくまった。

　「さっき言った言葉を返すわ。あなたの頭を畑に埋めて毒の花を眺めてお茶を飲んであげる。それが本当の高貴なお嬢様のたしなみなのよ」

　ゼラミアがミレイの銃剣を足で踏んでうずくまったミレイの首筋に剣を突きたてた。

　団員達が急いで剣を抜いたがゼラミアの剣で次々と倒された。

　「さよなら。お嬢様。家来達と共に幸せにね。あちらで」

　ゼラミアが剣を頭上に構えた時、短剣が手首に刺さった。

　「痛っ！何よ！」

　ゼラミアが睨んだ先にレンディが立っていた。

　「やっとお出ましね。暴れん坊なお嬢様が……」

　ゼラミアの目が赤く変わった。

　レンディは黙ったままゼラミアを見た。

　「ふん、私を見て怖気づいたか。まあいい。この前受けた傷の手当て分は返してもらうよ」

　ゼラミアが目にも止まらない早さでレンディに近づいて剣を横に振った。

　レンディは紙一重でよけた。

　「ちっ！たまたまか」

　ゼラミアが剣を振り下ろしたがレンディはまた無言のまま紙一重でよけた。

　「私の攻撃を見切っているのか！」

　攻撃をことごとくよけるレンディにゼラミアが苛立った。

　「だが、よけるだけじゃ意味ないぞ。ほらほら」

　剣を振り続けるゼラミアの腹にレンディが黙って蹴り入れた。

　ゼラミアが「うっ！」とよろけた隙にレンディが胸を軽く刺した。

　「こいつ、動きを読んでいるのか」

　ゼラミアがレンディを睨みつけた。レンディは無言のままゼラミアを切りつけた。

　「ふん、だがこの攻撃をかわせるかな。お嬢さん」

　ゼラミアの目が赤く変わるとレンディに勢いをつけて飛び掛かった。

　次々と剣を振り下ろしてくるゼラミアにレンディの顔が歪んだ。

　「さっきの余裕はなくしてきたね。とどめだよ！」

　ゼラミアがレンディの顔を突こうとした瞬間、

　「とどめだよ！」

　レンディが叫んで剣でゼラミアの眉間を貫いた。

　「ぎゃああああ！」

　ゼラミアが叫んで光の翼を広げて浮かび上がった。

　「逃がすか！」

　レンディが更に顔や頭を剣で何度も刺した。

　少しだけ宙に浮いたゼラミアの体がドサッと落ちて横たわった。

　「さよなら。化け物」

　レンディはゼラミアの首をはねて頭を剣で貫いた。

　返り血を浴びたままレンディはリュゼッタが横たわっている椅子に駆け寄った。

　ちょうど三発目の対空砲が発射された。

　空中で散らばった砲弾が魔物を落とし、それを待っていた騎士団や住民達がとどめをさしては歓声をあげた。

　「レンディ、ゼラミアを倒したそうだな。よくやった」

　「いえ、リュゼッタ様の剣のおかげです」

　「私はこのざまだ。体のあちこちの骨が折れてもう剣を持てないだろう。お前にこの剣を授けよう。そしてフェルサを助けてやってくれ」

　「フェルサ……」

　リュゼッタから名を聞いてレンディがうつむいた。