番外編1 聖夜の時、親友Aと想い人

 今日のあたしは一味違う。

 コーディネートやメイクの気合いの入り方がそもそも違う。十一時に駅前集合のところを朝七時に起き、十時に家を出るまでずっと自分が最も映えるように準備をした。その答えがこちら。


 自分ができる限りのメイクを施し、あまり普段は付けないピアスも付けている。いつものボブのセットもヘアアイロンを使って入念に。

 上はオフホワイトのスウェットにパステルブルーのファーコートを羽織っている。

 下にはグレーチェックのミニスカート。最近はワイドパンツとか裾すが広いやつが流行っているし、あたしも持ってるけど、気合い入れたいならやっぱりこれ。タイツも履かず、ナマ足という気合いの入れ方だ。その代わり靴は厚底の黒いロングブーツだ。さすがに日本の冬は寒い。

 以上があたしのエース級コーディネート。厳選に厳選を重ねたものになっている。


 そして何よりあたしにとっての難関、期末テストを乗り越えたいう自負がある。高校に入って、赤点ゼロだった定期テストは初めてだ。

 そのおかげで今日クリスマスイブの日に、心置き無く涼ちゃんとデート……ではなく、二人きりで遊ぶことができる。ちなみに今日はあたしの家でお泊まり会だ。楽しみなことこの上ない。

 そのワクワクが収まらず、待ち合わせ時間より二十分も早く来てしまった。女の子はデートに遅れてくるのが常識というが、本当に楽しみなことを前にそれはあり得ない。


 しっかし寒いな……。ナマ足は失敗だったかもしれない。けど彼女に喜んで貰えると信じてガマンする。オシャレはガマン、好きな人によく思われるためにも当然ガマンが必要。

 一応コートのポケットに入れてあるカイロをくしゅくしゅと握っていると、見知った顔に気づく。やがてあたしに気づいたようで、こちらに軽く手を振りながら近づいてくる。

 時計を見るとちょうど五分前行動になっていた。涼は時間には割と厳しめなのかな。


「あれ、雛乃もういる。早いね」

「あっ、涼~」

「待った?」

「ううん、今来たとこ」


 す、凄い。感動。超自然に彼氏彼女の定番会話が繰り広げられる。もうこれだけでお腹いっぱいだよ……。

 感涙を流しそうになっているあたしの肩をとんとんと人差し指で叩かれる。


「……の、……雛乃?」

「な、何?」

「いや、ご飯食べる? って訊いたのに、反応ないから」

「ああ、ごめん。食べる食べる」

「どこで食べる?」


 何の気なしに涼は訊いてくる。本当に何の意図もないだろう。ただの話の流れ。でも! どうせならセンス良く思われたいぃ。フル回転しろ、あたしの頭。ああ、でもメイクに必死で朝食抜いたからなあ……。

 体感時間ではとても長かったが、現実世界では早押しで答えたくらいのスピード感でアンサーを口にする。


「『プリマヴィスタ』かな? イタリア料理店なんだけど」

「えっ、大丈夫? ドレスコード必要な店じゃない?」


 うっそ。そんなにハードル高い店名だった? そういえばそこはあたしの高校合格祝いで行ったようなお店だ。ひょっとしたら格式高いかもしれない。

 ヤバイヤバイ、ここで萎縮されたくない。焦る焦る、その心境がそのまま口からどろどろと零れ落ちる。


「あ、あああ、あの。あのっ」

「雛乃?」


 テンパる私に怪訝そうな表情を浮かべている。ここまで来て、色んな自分の考えの杜撰さに気づく。これは現実的じゃないかもしれない……。


「えっーと、ごめん。ドレスコードは必要ないけど、ちょっとお高いかも」

「高いかあ。まあ、私はどっちでもいいよ」

「……やっぱやめとく?」

「……そうだね」


 あたしの提案にあっさり引く。やっぱりちょっと値段が高いのはネックかあ。言葉では「いいよ」と言ってくれたが、「お高いかも」とあたしが言った瞬間、少し苦しい表情になったのが分かった。金欠なのかあ。まあ、私もだけど。けど今日は好きなものにお金を使える。そこが違うかな。

 うーん、と涼が少し思案する。すぐにどこかを思い付いたようで人差し指を立てる。


「『ネギシ食堂』でどうかな?」

「うん、そこがいいね」


 結局は涼が提案した店に同意する。駅前に来た時によく食べに行く定番のお店だ。定食屋で何よりお財布に優しいのが魅力。味のクオリティも高い。ここでは最適のチョイスかもしれない。なんで先にこれが出なかったのか。

 軽く後悔を覚えるあたしに構わず、涼はエスコートしながら声をかける。


「さ、行こう」


 *


 話しながら歩いていると『ネギシ食堂』に辿り着く。落ち着いた雰囲気のお店でオシャレさはないが、そういう素朴さが逆にいい所である。


「私はカキフライ定食で」

「あたしはヒレカツ定食。ご飯は大盛りで~」


 ここのオーダーもいつも通り。涼は蠣が好きみたいで、夏休みに海に行った時も蠣を食べていた。対してあたしは


「昼食でよくそんなに食べれるね」


 いつも通り肉にご飯大盛り。ついでに言うと、この涼が驚くやり取りもいつも通りだ。更にこれを食べた後は肥えて、ダイエットを決心するのもいつも通り。どうせ正月太りがあるのだから、今のうちにお腹いっぱい食べとこう。


「そうは言っても朝じゃないからね。大盛り無料だし、選ばない手はないよ」


 そこから色々話していると、頼んだ定食がやって来る。早速、箸をつける。うん、やっぱり安定して美味しいね。涼もそう思っているのか、箸を休めずに黙々と食べていた。

 ああ、ご飯食べてる姿もいいなあ。スマホを取り出し、パシャリと写真を一枚。


「? 何撮ってるの?」

「んー? 食事をちょっとね。映えると思って」

「ふーん?」


 何やら怪訝そうにしていたが、再び黙々と食事を始めている。ふぅ、ちゃんと誤魔化ごまかせた。たぶんバレたら「消して」って言うからね。

 実は涼がご飯を食べてる姿を盗撮してました。すみません、ついシチュエーションが良くて。代わりに家宝にしますから。


 *


 次にあたしたちの目指す場所はここから近くの大型ショッピングモール。目的は当然買い物。どちらも特に服が見たいとのことでそれが集まっていそうな場所をチョイスした次第しだい。

 まずはテキトーにブティックを見ていく。時間はたっぷりとある。のんびりと見て行こう。


「……うーん、お洒落に着こなしたいけど分かんないなあ」


 品定めの途中、涼がそんな悩みを口にする。


「分かるなあ。奇抜すぎても良くないし、だからと言って地味というのもなあ」


 そんな相槌を打ちながら、涼の今日のファッションをチラ見する。

 白いタートルネックのセーターに通学で着ているベージュのロングコート。下はジーパンに黒のヒールブーツ。涼は女子にしては身長が高いため、それだけでもスラッとしているモデルみたいで、よく似合ってるしカッコいいなとあたしは思う。

 けど客観的に見たら、地味とか守りに入っていると受け取られてもおかしくないファッションだと思う。

 ファッションチェックを勝手にしていると目が合う。目線で分かる。あたしと同じように涼もファッションチェックしてたね。さて判定は。


「……雛乃のファッションは可愛いし、お洒落だよね。どうやって服買ってるの?」


 合格なのかな? とにかくお褒めの言葉を頂いた。嬉しい。このコーディネートは殿堂入りだね。一応、謙遜はしておくけど。


「とは言っても普通に買ってるよ。可愛い服見つけたら、まず買って。そこからそれ中心にコーディネートを考えるかなあ」

「……普通だね」

「……うん、まあね。あ、可愛い服はビビっと来たやつを選んでるって感じだよ。直感というか……」


 涼は腕を組み、苦しそうな表情を浮かべている。うう、なんかその気持ち分かるなあ。あたしも言っていて苦しい。

 服選びって難しいよね。素人じゃオシャレ理論なんて分からず、インスピレーション中心になりがちだし。好きな洋服ばかり買うと、コーディネートが上手くいかなかったり。またどうしても自分の趣味で選ぶと、似通ったファッションになってしまうことも。

 それを個性と言ってしまえば聞こえはいいが、多分ダサく思われたくないと、守りに入ってるだけなんだろう。まずその心持ちがダサいと反省する。

 でもそこで妙案が思い付く。


「あのさ、それならお互い似合いそうなコーディネートを考えない?」

「ええ?」


 嫌とか面倒くさいとかそういうネガティブじゃないけど、とにかく自信なさげな声を放つ涼。は、ハードルが高いかな? 少し弛くしようかな。


「あ、じゃあ……」

「分かった。やってみよう」

「え!? いいの?」

「『いいの』ってそっちでしょ、言い出したのは。やるよ、私も雛乃みたいに可愛くなりたい」

「お、おお……」


 まさかそんなことを言ってくれるとは。神か。女神じゃん、もう。絵画に出てくる亜麻布の服を一枚着とけばそれっぽくなるよ。涼のコーディネートはそれでよくない?


 *


「まだ時間あるねー。他にどっかで遊ぶ?」


 交換コーディネートで結構時間を使った気でいたが、スマホを見てもまだ四時前。家に来るには少し時間がある。


 交換コーデであたしはワイドパンツを買った。え? 気合い入れる時は着ないんじゃなかったっけ? 試着の時、涼に似合ってるって褒められたんだもん。着ないわけないじゃん。

 ちなみにあたしは涼にワンピースをオススメした。涼の服装はだいたい落ち着きがあって中性的なので、いっそフェミニンなものがいいのではないか、と考えた次第。本音を言うなら、あたしがそういう格好を見たいだけなんだけど。しかも似合ってたから一石二鳥。いやあ、次遊ぶ時が楽しみですねぇ。


 そんな下心丸出しで先ほどのことを思い出していると、涼があっ、と声を出す。お、なになに。耳を傾ける。


「それなら映画観に行きたい。観たかったのがあるの」

「おー、いいね。何て映画?」

「『三ツ星夜空』ってやつ」

「あー、前番宣ばんせんの女優さんがテレビ出てた。面白そうだね、あれ。行こう行こう」


 特に断る理由もないので賛成する。私もちょっと気になってたし。何より色んな小説を読み漁っている涼が、観たいと思った創作物を一緒に観るのには興味があった。


 *


 先ほどいたショッピングモールから映画館は割と近く、数分で着くことができた。もしかしたらこの程度の時間で来ることができるのを涼は知ってたのかなあ。だとしたら本当に気が利く。カレシみたい。

 涼が先に売り場でチケットを買う。それが終わると次はあたしが。学生割引が効くようだ。常時金欠の私にはありがたい。

 そうしてチケットを手に入れると、待っていた涼を呼ぶ。


「おーい、涼いこー」

「せ、先生!?」


 先生? あたしにそんな呼ばれ方も呼ばれるような特技もないはずだが。不思議に思い、そちらを見てみると確かに先生がいた。宇治川先生だ。確か図書館司書やらの先生だったか。


「あら、こんにちは。約束は果たせたんですね」

「はい!」


 涼が元気よく返事をし、いかにも嬉しそうな表情をする。あのクールな涼が。重言ではないよ。

 やっぱりか。おそらく、あくまでおそらくだが、涼はこの先生のことが好きだ。激務と噂の図書委員を二期連続でやってたり、それでも当番を一切サボる様子がないことから、図書室には涼にとって大切な何かがあるのは勘づいていたが、先日の図書室での勉強会で確信した。この人が涼にとっての大切な何かなのだ。


 その事実には喜びと辛さがあった。喜びは彼女の恋愛的な好きは女性に向くことがあるということ。辛さはその向きはあたしへではなく、別の人だということ。それは悲しみとも言い換えれる。

 何より先生への涼によるあたしの紹介が一番心に残っている。自覚させられてしまったのだ。



 あたしはいつまでも彼女にとっての「親友A」なのだと。それ以上がないことも。



 そういう理由で、あたしは彼女にいい気持ちなんか持ち合わせていない。先生に何か嫌がらせを受けてはいないから、勝手な嫉妬心なのだが。それを表に出さないだけ大人だと勘弁してもらおう。

 そんな思いとは裏腹に先生はあたしにも話しかけてくる。


「ということは筒井さんも頑張ったんですね。良かったです」


 やっぱりあたし、この先生ニガテだわ。涼の思い人、はっきり言ってあたしの敵だ。だから先日は始めはちょっと強めに当たったのに、相談に対してアドバイスをくれるし、こうして涼とのデートもお膳立てした。それに今のように、頑張ったことは当然のように称賛を送る。性格良すぎでしょ。これじゃあ快く嫌いになれないじゃないか。


「あ、ありがとうございます」


 ここはお礼の言葉。アドバイスしてくれたのは本当に感謝してるし。そこから頑張れたおかげで、補修にならずに済んだのだし。

 あたしのお礼ににこりと優雅な笑みを浮かべる先生。ずるっ。こんなん大抵の人は惚れるやん。


「先生は何の映画観てたんですか?」

「『BOMBER』です」

「あれ? それって……の小説原作ですか?」


 たぶん涼はこの映画の原作者の名前を言ったのだろうが、あいにく本に関する知識がなく、聞き取れなかった。


「そうですよ」

「へえ。先生がそれを映画で観るのは意外ですね」

「でしょうね。そもそも映画自体も社会人になってから初めて観ました」

「えっ、本当ですか?」


 うんうんと頷く先生。これには端から聞いていたあたしも少しびっくりした。そんなに長い間映画に行かないなんて、あたしには考えられなかったからだ。


「だいたいの創作物は本で充分だと思ってるので」

「ならどうして今日は……」


 先生は隣にある映画のポスターを眺める。先ほど観たと言っていた『BOMBER』のポスターだ。


「休みがたまたま今日だったんです。年末年始もなんだかんだ忙しいですからね」


 そんなものか。教職は激務というし、分からないでもないが。そんなことを思った矢先、先生は静かに語り始める。


「……あとこれだけは小説で読めないので。折角ならというやつです」


 その瞳はどこか遠くを見ていた。あたしにはそれが誇らしそうにも見えたし、悲しそうにも見えた。所詮、先生のことを何も知らない人の戯言だけど。

 でも先生の言うことも十分、戯言だ。あたしは当然理解できないし、涼も首を傾かしげている。

 小説原作なのに小説で読めない。不思議な話。ま、どうでもいっか。


「……これから映画を観るんでしょう?」

「あ、そろそろ始まりますね。それでは先生、メリークリスマスとよいお年を」

「ごちゃ混ぜですね。はい、よいお年を」


 涼は手を軽く振りながら、先生から離れていく。その後あたしと共にスクリーンへと入っていく。

 それから後は普通に涼と遊んだ。普通に映画を観てから感想を言い合い、一緒に夜ご飯を食べて、お泊まり会もした。次の日は一日遊園地を満喫した。楽しかった。


 けどたまにふと先生の瞳を思い出す。興味のない他人のはずなのに。思い出す度、自分の心がさざ波立つ。でも深く考えないようする。それがやがて津波となり、あたしを巻き込んでいくような気がしたから。


 今はただ、岸辺涼を好きでいたい。

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