十月、尊敬の対象者たち
「珍しいですねぇ、雑誌を読んでいる姿は」
宇治川先生は急に図書室に来たと思えば、何事もないように話しかけてくる。
「珍しいのは先生の方では。図書室に来た時に先生がいないなんて、記憶にありません」
「そうですか? ただの職員会議だったのですが」
職員会議。小学校の時から聞いている単語なので、もちろん存在は知っている。だいたい短縮授業か、早く下校できるかで生徒が喜ぶ単語だ。しかしここまでストレートに悪影響があったのは始めてだ。
ていうか図書館司書の先生も職員会議には出席しないといけないのか、という驚きがまずあった。
図書当番で貸し出し用パソコンの前に座る自分の隣で、先生は椅子を引き、座りながら話しかけてくる。
「それでどうでした? 利用者を上手く捌けましたか?」
「いや、それが……」
「ん?」
ごもごもと口ごもってしまう。実は言わねばならないことがあった。
まだ半年くらいしか図書委員をしておらず、全ての業務を覚えているはずもないのは確かだ。しかしできないことを宇治川先生に見せるのは、どこか抵抗感があった。
それでも言わなければ仕方がない。思い切って口を開く。
「実は利用者の生徒が来て、分類は科学雑誌になるんですかね、『セントラル』のバックナンバーはありますか? って訊かれたんですけど、上手く対応できなくて……。貸し出せなかったんです」
「雑誌のバックナンバーですか。まあ対応するのは難しいですよね。生徒に訊いたことがちょっと意地悪かもしれません」
少し悔しさが滲む私に、こと無げに答える先生。おそらくその言葉は真実なのだろう。多分、この委員会でそういったことに対応できるのは、宇治川先生くらいだけではなかうか。だから生徒に対してはフォローをしてくれる。
けどこれは多寡の問題ではない。私ができるかできないかの問題なのだ。
「ちなみにいつのものが見たいとか言ってましたか?」
「あ、すみません……。聞いてません……」
「別に謝らなくていいですよ。お金貰ってる訳じゃないですし、これを生徒に求めるのは酷というものです」
そう言って私の肩をポンポンと叩く。優しいなあ。けどその優しさに簡単に甘えていけない。何とかして失点を取り戻さねばならない。そこで一つ思いついた。
「あの代わりと言っちゃなんですが、その利用者の人はまだ図書室にいるそうなので、訊いてきましょうか?」
「いいんですか? じゃあお願いします」
「はい!」
高校生らしからぬ元気のいい挨拶をし、図書室の中にいるはずのその人を探す。号数は聞き忘れたのに、顔だけはしっかり覚えていた。
*
「2018年の4月号らしいです」
カウンターに戻ってきて開口一番、先生にそう話しかける。
「結構時間かかりましたね」
「すみません。意外とその人が見つからなくて」
この高校の図書館に始めて来た人にとっては面食らう程に広大である。学校の図書室というよりは地域にある図書館くらいの規模を思い浮かべた方がイメージに合致しているように思う。
「いえいえ、問い詰めたい訳ではなく。遅かったので心配したのですよ」
「ああ、そういう……。で、これは何ですか」
今に限れば先生の心配よりも、気になってしまうことがあった。
この学校図書館には長机が数十台はあり、利用者はそこで読書をしたり、自習をしたり自由にすごすのだが、カウンターの目の前の長机の一つをふんだんに使い、雑誌の束が、というより山が積み上げられていた。そして近くにはその山に居場所を取られたかように麻縄とハサミがこじんまりと置かれている。その光景はなんとなく廃品回収を連想した。
「雑誌のバックナンバーの話を聞いて、そろそろ整理しないといけないと思ったので、要望のものを探すついでに整理を手伝って貰おうかと。いいですか?」
「もちろん、大丈夫です」
二つ返事で了承する。これで失点が帳消しになるなら安いものだ。むしろこうして手伝いを依頼してくれて、たいへん有難い。
「それで何をすれば」
「とりあえず同じ雑誌を時系列順に積み上げていってくれますか? 下が古くなるように。それと依頼に該当するバックナンバーがあれば、それは捌けておいてください」
「了解です」
やり方は分かった。意気揚々いきようようと雑誌に手をつけていく。とりあえず私の最近の愛読書である本に関する雑誌から。
始めは黙々と作業をする。慣れない作業なので緩慢になってしまうが、その中でも気づくことはあった。雑誌の種類がたいへん多いことだ。ざっと見た感じで約三十種類はある。しかも雑誌ということで定期的に買っているのだろう。山のようになるのも納得だ。思わずその感想が漏れる。
「それにしても多いですね」
「本当にそうですよね。私が単純に整理をめんどくさがっただけなんですが」
「先生がめんどくさがるなんて意外ですね。コツコツとやるタイプだと思ってました」
「本当はそういうタイプなのですが。これは私じゃなくても面倒くさいと思いますよ。雑誌は毎週毎月増えていくのに、中々捨てづらいですから」
「捨てるんですか?」
その感覚があまり分からず、疑問の声が出る。私もたまに雑誌を買ったりするが、古くなったものでもちゃんと保管している。個人レベルでそれなのだから、図書館レベルだと全部保存するものだと思っていた。
「捨てますよ。全部保管したい気持ちもありますが、週刊月刊で買っている雑誌は増えやすくて、今みたいにとんでもない量が貯まってしまいますし」
「へぇ、そうなんですね。でも捨てづらいというのは?」
相槌を一つ。捨てる理由はよく分かった。図書館レベルだからこそ、逆に保管に困ってしまうから捨てるみたいだ。しかし今度は先ほど先生が言った「捨てづらい」の意味がよく分からなかった。明確な理由があるなら、捨ててもいいじゃないか、と思ったのだ。
そんな疑問にも先生は真摯に答えてくれる。司書としての義務感に火がついたのかもしれない。
「まずは今回みたいにバックナンバーが読みたいっていう希望がありますから。なるべく新しいのは残すようにしています」
「そういうのは結構あるんですか?」
「ありますよ。生徒はあんまりないですが、教師は雑誌を読むことが好きな人も多いですから」
「先生ってそんなに雑誌を読むんですね。知らなかった」
「年齢の問題だと思いますよ。活字世代の人もいますし。それでバックナンバーの話ですが、他の図書館で普通に保管してますからね。本当は捨てても構わないんです」
確かにそうだ。雑誌だけではなく、新聞などの古い記事の閲覧システムまで図書館にならある。ここは広いとは言っても、たかが学校図書館。利用者は生徒と教師と限られ、読む人が教師くらいにしかいないなら、捨ててもいいはずだ。
「じゃあなんで捨てづらいんですか?」
「そこでもう一つ理由ですが、この本はなんのお金で買ってると思いますか?」
「学校のお金では……」
言ってから気づいた。この答えは違う。学校のお金なのは間違いないが、その元はどこにあるのだ。公立なら地方自治体からの援助だろう。しかしこの高校は私立だ。つまり。指をピンと立て、答えを言い直す。
「あっ、学生の授業料ですか?」
「その通りです」
先生はパチパチと拍手をしながら頷いている。それが何よりの称賛であり、先生に気がある私にとって嬉しいものだった。思わず薄い笑みが零れる。
「本購入は学生の授業料から払われているので、そこで買った本をホイホイ捨てようとは思えないんですよね。同じ理由で配布とか寄付とかもしにくいですし」
「人のお金で買ってると思うと、躊躇しそうですね」
なるほど。これは生徒らからのお金で運営される学校ならではの悩みだ。まあ公立なら税金で運営されている訳なので、同じように悩みはあるのだろうが。学校図書館は苦悩だらけだ。
「はっきり言うと、需要と供給が合ってないのが問題なんですよねぇ」
話を諦あきらめるように先生が小声でぼやく。おそらく私に何か伝えようとするつもりはなかったのだろう。本当に何気ない愚痴。私はそれをただ微笑ましく見ていた。
「そういえばさっきはどうして雑誌を読んでたんですか?」
今度ははっきりとした声で、ちゃんと私に問いかけて来た。しかし話がいきなり飛んだ感じがする。戸惑いながら訊いてしまう。
「えっ、どうしてそんなこと訊くんですか」
「若い人の雑誌の読書傾向が分かれば、需要を増やすことができるかと思いまして。供給は増やせませんからね」
「供給は図書館の理念的に厳しいですか」
図書館の理念には利用者がいつでも必要な資料が手に入るようにする旨が含まれている。蔵書を減らすのはその理念に反すると言えるかもしれない。
「詳しいですね」
「ちょっとだけ勉強しました」
「勉強熱心なのはいいことです」
真意は分からないが、先生はにこりと笑う。また褒められた。口許が否が応でも緩ゆるんでしまう。今日は吉日かな?
「雑誌を読んでたのは、ちょっと気になる人がインタビューを受けていたことが理由です」
「ほう、気になる人ですか。差し支えなければ誰か教えてもらっても」
「うじ……」
ダメだ、宇治川先生と答えそうになった。褒められて浮かれていたのか、完全に脳死で受け答えをしていた。自制せねば。
それよりもちゃんとした受け答え。本の雑誌をまとめているとちょうどその時、「気になる人」が表紙の雑誌を発見したので、先生の目の前に雑誌を押し出すように見せる。
「あっ、この人です。室谷清士郎」
「……ああ、彼ですか。最近は本屋とかでよく名前を見かけますね」
私が見せたのは新進気鋭の小説家。まだ二十代中頃でありながら、高名な純文学の文学賞を受賞し、もはや読書家なら知らない人はいない程に有名である。先生もそれには漏れないようだ。
「どうですか? そのインタビューはというと」
「面白いと思いますよ。物言いが明快なので、彼の思想とか創作論もよく分かりますし。ただでさえ文章を書くのが上手いのに、こうやって話すのまで上手いのは尊敬しちゃうなあ」
ポリポリと頭を掻く。興味のあることすら上手く説明できない私にとってはトークスキルがあるのは羨しい限りだ。
先生はそんな私に対して、子供が戦隊ヒーローや電車を熱心に伝える時の親のような表情をしている。つまり愛想よく聞いてはくれるが、興味があるわけではない顔。つい話しづらくなって話題を変えてしまう。
「あっ、先生には尊敬する小説家とかいますか?」
「私はあまり作者を気にするタイプではないので。作家買いとかはしませんし」
「へぇ、そうなんですね……」
次の言葉に詰まる。なんだろう。違和感を感じる。物腰柔らかなはずの先生が物腰が柔らかくない、ということもないんだけど。どうも受け答えがいつもより淡白な気がする。
しばらく作業に集中しようかと思い、目の前の雑誌に意識を遣る。しかし居たたまれない。どうにか話の接ぎ穂、接ぎ穂を……。見つけた。
「そういえばどうして先生は作家買いしないんですか」
「そもそも小説家には興味がないんでしょうね。私が興味があるのは本だけなんです、多分」
「他人事っぽい言い方ですね」
「気づかされたのだから仕方ありません」
「気づかされた」。その一言を疑問に思い、聞き直そうとしたがやめた。何かの核心に触れてしまうことを今、先生が纏っている空気で読み取ったからだ。代わりに別のことを訊こうと話題を考えたところで、先生が語り始める。
「まあ作者にこだわらずに読むから、私はずっと色んな本が好きでいられるのだと思います」
「こだわらないからですか?」
「そうです、こだわらないから。こだわるとその分、好みがニッチになってしまいますからね。作者に興味がないから一つの作者に縛られず、色んな作品に手を出せる。広く浅くですよ。そうすればやがて深淵に行けると個人的に思ってます」
おお、と感嘆に似た声が漏れる。ライトに読書する私が、こういう読書家と言える人に読書のことを教えてもらうのは、偉い僧から説法を受けているようだ。
「でも面白いと思った作品を書いた作者の、他の作品はやっぱりハズレがなくないですか?」
丸ぶち眼鏡の奥の瞳がキラリと光った、気がした。怒ってる訳ではない。だが何かに火をつけた。経験が少しある。こういう時、先生は私との言い合い? を楽しむのだ。
顎に手をやり、一度思案してから話に問いかける。口の端は笑っていたかもしれない。
「ふむ。けど当たり外れを楽しむのも読書の醍醐味では? 私は古本屋にも行きますが、そこで安いのに面白い本に出会うと凄く得をした気分になります」
「うぐ……」
いきなりのクリーンヒット。呻き声が漏れる。
とてもよく分かる。私も経験したことがあるからだ。古本ではないが、本屋で表紙買いした小説が面白かったら、凄く得した気分になる。
しかしこうも言えるのではないか。提案するような形で問いかける。
「先生の言うこともよく分かります。でも偶然の当たり外れを楽しむのは、たまにだからいいんじゃありません? 毎回そうやってまだ見ぬ本の発掘をするのは疲れます」
「? 私はそれも楽しいと思いますよ」
「それは先生が読書家だからでは……」
思わず考えていたことが口から溢れ落ちる。先生は読書に関する言い合いだと強すぎるのだ。どこか達観しているので、私の俗っぽさにまみれた意見ではどうにも切り崩せない。
しかし貴族が庶民の気持ちを理解できないように、先生も私の言葉に首を捻っている。
「つまり?」
「読書家なら本をたくさん読むので、本ごとの当たり外れなんて些細ささいなことかもしれまんが、多少の読書好き程度じゃ、面白さが保証された当たりの小説じゃないと、読み進めるのは困難ということです」
はっきり言って、読書は人によっては苦行になりえる。基本的には文字しかない媒体であり、それが数百ページもある。面白いならともかく、その小説が自分にとってつまらなかったら、それはただの小難しい紙の束。
私もつまらないという理由で、途中で読むのをやめた本もあるにはあるし、それが原因で一旦、読書から遠ざかることすらあった。外れを外れとして楽しめる人間の方がよっぽど稀に違いない。そうなるくらいなら、既に面白いと分かっている作者の作品を漁ろうという思考もおそらく正常だろう。
私の言葉にある一定の理解を示したのか、先生はこくこくと何度か頷いて、その意を噛み砕こうとする。そして一言。
「これは平行線ですね」
ぱっ、と先生は降参というように両手を小さく挙げる。私も同じ気持ちだった。心の中で白旗を揚げる。
先生は時系列順に積み上げた雑誌の位置を整理しながら、独り言のようにゆっくり語りかける。
「確かに私には分からない感覚です。物心ついた頃から読書をよくしますし、その中でも乱読派なのは自覚しているので」
「作者にこだわらないのは究極の乱読派かもしれませんね」
釈迦に説法。そんな言葉が脳裏を過よぎる。今の議論もそんな感じがする。けど釈迦故に分からない、私のような凡夫の感覚もある。だからいつまでも平行線。
「でもそういう周辺にも興味があるのは、本当の意味で本という文化を楽しんでると思いますよ。なんか羨ましいです」
ふふっ、と私に笑いかける。しかしすぐに先生は目を伏せて、作業に戻っている。その目はどこか悲しそうに感じた。
私は先生に会ってまだ半年だ。知ってることより知らないことの方が多いだろう。彼女の目の奥のことも知らないことの一部に違いない。先生はポツリと言葉を付け足す。
「私にはそういう気持ちはありません。本当に尊敬できる小説家も人もいない」
小声なのに悲痛な叫びに聞こえた。尊敬できない、それ故の苦悩というのは私には分からない。尊敬できる人がいるからだ。分かるのはせいぜい苦悩している姿だけ。
しばらく無言の時間が続く。会話の方が捗ってはいたが、作業も終わりに差し掛かる。まあ、そのほとんどの整理は先生がしてしまったのだが。私が手を抜いた訳ではない。先生の作業が早すぎるのだ。
それに感動にも似た気持ちを覚える。コツでもあるのかな。その時に思いついたことをそのまま口にする。
「でも先生を尊敬する人はいるんじゃありません?」
「そうでしょうか?」
「いますよ、絶対。博識で優雅で美人で、こうやって仕事も早い。誰かが先生のことをちゃんと見てますよ」
何よりここに先生を尊敬する人がいる。絶対に口にはしないけど。というより私は歯の浮くようなことばかり口にしてしまっている気がする。けどほんのわずかでも伝わればいいと思ったのだ。
先生は私の目を見つめ、穏やかに笑う。励まされていると気づいたのだろう。見透かされるのはどうも恥ずかしい。
「博識はやめてください。けどありがとうございます」
私の浅はかな狙いが分かってしまっても、素直にお礼を言う先生。人柄も出来てるなあ。同時に真っ先に否定するのは博識なんだ、と思ってしまう。そこが先生の強い知識欲を表している気がする。
まあ優雅や美人は言うまでもなくお世辞で、否定する気もなかったのかもしれない。別に私は真実を言っただけだが。
逆に言えば、先生はあくまでこれをお世辞と捉えてしまったようだ。それは色々とまずい。私はどうにかして先生を明るい気分にさせたいのだ。そこで先ほど思いついたことを口にする。
「……そういえば今の作業、凄く早かったですね。コツでもあるんですか?」
「えっ。ま、まあ、あるにはありますよ」
「教えてもらってもいいですか? 雑誌のバックナンバーを要望された時の対応方法も含めて」
「いいですけど……」
「よろしくお願いします!」
けど、と何かネガティブなことを付け足そうという狙いが見えたので、言葉を遮って阻止する。私にも先生にも大した理由ではあるまい、心意気さえあれば。
先生が始めは恐る恐るながらも、私に作業の手順やらコツやらを教えてくれる。その話を真剣に聞いて、メモしながら作業を覚えようとする私。その状態をしばらく続けていると、先生の声音はだんだん明るくなり、やがて舌の滑りも良くなったように思う。
それでいい。やはり尊敬する人物はいつも通りの方が絶対にいい。いつまでも盲目的に尊敬の対象であって欲しいのだから。今は影の部分を見たくない。
私は彼女の知識と技術、そしてそれを流水の如く語る彼女自身を尊敬できる時間を今はただただ噛み締めていた。
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