第14話 令嬢は帰される(後半)

「数日中に、母国へ帰ることになりました」


 深々と頭を下げるシャノンのその姿を、バルバトスやイリーナは複雑そうな顔で見る。

 彼らとしては、彼女と話している時だけ魔王陛下が穏やかな顔をするので、陛下の傍にいてほしい思いもあるけれど。彼女が人である、という一点でこうなるだろうな、と予想もしてはいた。

 聖教国の思惑で命を喪った英霊たちは、そんなシャノンを遠巻きに見ていた。


 そして、その次の日の昼下がり。

 シャノンはイリーナとではなく、アルノーとお茶会をしていた。

「シャノン嬢が帰るための経路は、パラノイアに開いてもらう手筈になっている。

 賢者パラノイアはすでに人間国家に何回か出入りしていて、諜報活動をしているからな」


 魔黒茶を飲んで堂々と言い放つアルノーに、シャノンは瞬きをする。


「それを私に仰って大丈夫なのですか?」

「ああ、問題さえ起りえない。まさか、聖教国外の君たち人族は自分で鏡を…法力を無駄遣いするとわかっていながらその場でいちいち生み出すのか?」


 法力素は、勇者やその旗下に居た上級兵士と呼ばれる者以外の、弱弱しい一般人にとっては生命力も同義だ。そんなものを、いくら空気中に豊富に法力素があったとはいえ無駄遣いできるのか?と聞かれれば答えは「否」の一択だ。


「そして、貴族社会が発達した国ほど鏡は不可欠だ」

「あ…」

「そもそも、夜になれば窓でさえ鏡になりうるし、古典的なものであれば水鏡も存在する。中庭に池が無い貴族の家など、聖グランディノス貴族共和国にいる【森林狂い】のミノータス卿のものしかあるまいよ」


 君も鏡を使うだろう、とアルノーから言われてシャノンは頷く。


「パラノイアの能力の一つは、鏡を現実世界の出入り口にすることだ。俺の能力と組み合わせれば、鏡に映っている相手そのものをその場で引きずり込むことさえできるんだぞ?しかもその鏡の中の空間はパラノイアの好きにできる。出入口を封鎖することも意のままだ」

「陛下は、私にその空間を通って?」

「ああ。聖オプノーティス王国の宮中に…帰還してもらう」

「宮中に!?」

「そう、宮中にだ」

 動揺のあまり、シャノンが持つお茶のカップが小刻みに揺れる。

「大丈夫だ。君が拘束されることが無いように、というのと、俺の都合もあって君に身に着けてもらいたいものがある」

 アルノーがエルナに目配せすると、そのエルナが壁沿いに立つ護衛役の英霊から一つの箱をもらってきた。

「開けていい」

「はい…」

 開けると、その箱に入っていたのは銀で出来たペンダントだった。ペンダントヘッドには、目を思わせるようなカットの石がついている。

「これは…銀?」

「……聖教国が製法おれを失ったがゆえに作れなくなった聖銀だ。ああ、その箱から今取り出さないでくれ、俺の魔素で黒ずむ」

 魔素を出さないようにしてそれを作るのには難儀した、とこぼすアルノーに、シャノンは笑う。

「陛下にも、難しいことはあったのですね?」

「俺を何だと思っているんだ君は。俺とて、枢機卿になる前に何度も死にかけたし…それだけ努力したんだ」


 肩をすくめて首を振る魔王に、シャノンは。


「―――陛下」

「なんだ」

「もし、もし。私があちらに戻って…儚くなったときは、こちらに連れ帰ってくださいまし」

「……何になるかわからなくてもか」

「はい。あの国での私は死にました。今の私は脆弱な人の身なれど、皆様と志を共にしとうございます。皆様ができないことを、私がやれるのなら、いくらでも協力するつもりです。ですけれど、その命が果てたら、皆様の傍に、陛下の傍に居させてください」


 その決意に、アルノーも眉を下げる。

「仕方ない令嬢だな。その時が来ないことを祈っておこう」

 苦笑いしながら、そう答えた。

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