魔王様の生まれたとき

第1話 表信者など居はしない

「なんだと!?」


 大声をあげて、楕円形の形をした卓を囲んだ男たちのうち、一人が立ち上がる。

 ここはテロフォス教の総本山、テロフォス聖教国の中心、聖王宮の議場。


 そこに集まる枢機卿と教王の下に、血まみれの兵士が一人駆け込んできたのが先ほどの出来事だ。


「もう一度言え!」

「で、ですから…我らが誇るテロフォス教の最強軍団たる魔王征討軍、そのすべてが…そのすべてが、我々教王陛下直属の通信兵3名を除き、壊滅いたしました…!!」

「……ひょ、表信者はいないのか…」


 報告を聞いて面々が絶句する中、ぐったりと力が抜けたように枢機卿の一人がつぶやく。


 テロフォス教は魔王軍征討などに参加し、生存状態で帰還したものを表信者と呼称している。

 彼らはたたえられるべき聖者であり、魔王と対峙しても生存していられる最強の【人型兵器】ともいえる。人型兵器であるから、表信者が所属する国家は周辺国家に圧力を与えられる。だからこそ、人族が統治する【人間国家】すべてにテロフォス教の影響を与えるため、教国は表信者を欲していた。


 表信者が欲しい。

 が故に、魔王が統治する魔神領に征討軍を派遣し、表信者を量産しようとする。それが常態化していた。

 人間国家に勝手に住み着いた邪竜や急に現れる魔獣の討伐や、いきなり始まる異常繁殖アン・ノーベリングからの群衆事故スタンピードの鎮圧などを行うだけでも表信者として認定されてきた前例はあるので、魔神領に進軍する必要性は希薄なはずなのだ。しかし、教国は魔王を倒した、魔王を倒せるというその価値ネームバリューとしての部分から、魔王を倒した表信者を欲しがった。


 そして、過日。魔王征討軍を派遣した。

 だが、この度派遣した勇者6名及びその旗下250名の一個中隊全員が死亡、ということになってしまった。勇者は本来一騎当千の存在なのに、だ。


「此度討伐対象だった魔王は…」

「夢魔王プリシラです。猊下」


 教王の近くに侍る男が茫然と零した声に、通信兵が返答する。

「そうだ、夢魔だ…奴らは近接系の戦闘には向かぬというのに、なぜ敗北した」

「恐れながら、詳細は不明です…が、アルノー・ル・ペルソナ枢機卿は魔王との会敵前に我々に帰還命令を出しました。こちらの法力結晶を持たせたうえで」


 通信兵が卓の上に透明の、石英に似たような結晶を置く。


「確かに、ペルソナ卿の法力結晶だが…」


 法力結晶。膨大な法力を持つ者が自分の無事を証明するために作り出すもので、平穏無事に過ごしているならばただの石英に見えるものだが。

 ――その法力結晶はその中をびっしりとクラックが埋めていた。


「……軽く力を加えるだけで崩れるだろうな、これは」

「つまり、体が千々に崩壊しているか、崩壊寸前であるということに他ならない…」


 枢機卿は元来、政治力のみならず対魔族の戦闘力を以て選ばれる。近年は政治力を中心として見てきたが、勇者として派遣されたアルノー・ル・ペルソナは当時若干18歳でありながら聖騎士団長に就任したこともあり、戦闘力に関しても高く評価された枢機卿であった。それなのに、夢魔王プリシラに対して負けたのだ。


「…もしや、誰が向かっても勝てはしなかったと…?」

「そう、認めざるを得ないな…」


 若き実力者を失い、表信者を得るという野望まで打ち砕かれた教国の為政者たちは、揃って項垂れた様子を見せたのだった。

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