第2話 魔神領には魔王がいる(1)

 魔王。


 それは、人間国家に住まう者にとっての天敵。

 その存在は、魔力を生み、魔獣や魔族を強化し、人族と呼ばれる種族を危機に陥らせる。

 回復を得意とする法術と対極にある、破壊を得意とする魔術を行使し、怨念によって自らを強化して見せる。

 その種族は様々で、夢魔や人狼、果ては悪魔や幻魔の類。それらが強い魔力にさらされて強化されたものが王魔種の魔王になるという。


「―――夢魔王プリシラを討伐したは良い」


 魔神領の最奥、魔神宮【フォスフィリア】。

 その王たる証明に座す若い男はそう、声に出した。


 銀の髪に、ともすれば紫にも見える深い青の目をしたその男は、黒い軍服を身に纏っている。

 傍らにはテロフォス教の印が入った細剣があった。


「結果、我らは見事に致命者しにんとなった」

「はい、陛下」


 玉座から数段下、見下ろされる場から応える複数の声は、その持ち主たちこそ異形ではあるものの、人間らしい男女の声をしていた。


「イリーナ・フーケ。お前はドゥルジ=ナスだったな?」

「はい。生きとし生けるものに【死の不浄】を与える悪魔種となりました」


 血の気の引いたような肌色をした鎧姿の女、イリーナが答える。その周囲はブンブンと羽音を鳴らしてハエが飛び回っているので、後ろに控える別な女らしきモノが顔をしかめた。


 ドゥルジ=ナス。

最善なる天則アシャ・ワヒシュタ】の対極に位置する不浄の女悪魔。その名は死の不浄を意味し、蠅と腐乱死体を従えるモノである。


「我らが魔王、【偉大なる悪夢グランド・ナイトメア】たる陛下。我らはいかがいたしましょう」


 改めてイリーナが問いかける。


「―――致命者たる我らに安息などない。あるのは未練、慟哭、怨恨だけだ…我らはかの欺瞞に染まった聖都を蹂躙し、彼らの教義は正義たり得るかを世界に問わねばならない」


 目を閉じ逡巡したアルノーはそうつぶやいた。

 その言葉に、跪き控える者たちはさらにこうべを垂れる。


「それが、かつて枢機卿だったこの、アルノー・ル・ペルソナの責務だろう」


 かつて勇者だったわが母を奪った復讐のために。

 そう、声にならない呟きをこぼした若き魔王は、魔神領に生じた。

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