第3話 魔神領には魔王が居る(2)
この世界の北限に位置する、人間国家の民曰く【
魔神領の中心である魔神宮はそこに位置するが、魔神領というのはそんなに小さなものではない。
魔神領の領域と言うのはすなわち、人間が住めない領域である。
魔神領には魔素が漂い、その領域の動植物の生態は人間国家が存在する領域とは全く異なる。
魔素を人間は取り込めない。人間国家の領域には法力素と呼ばれる、法術を行使するための元素があり、それらを取り込んだり、法術を用いることで放出したりして人間は生きている。
それらが取り込めなくなったとき、人間は動けなくなるのだ。そして緩やかに死んでいく。
逆に死んでしまった時も、法力素は一気に放出されることになる。
そして空いてしまったそこに、魔神領では当たり前のように漂う魔素が大量に流入する。
もちろん、基準値に満たなければそれはただの死体でしかない。が、魔神領ではその基準値を流入量が軽々と突破する。
その結果生まれるのは、動物または植物であったのなら魔獣、人間であったのならば魔族だ。
あまりにも容易に、人間の敵とも言えるものたちは生まれてしまうのである。
閑話休題。
具体的にさて何から手につけようか、という話題に移り変わった謁見の間で、アルノーが口を開いた。
「まず、死魂の森を監視しよう」
「…と、言いますと?」
「お前たちは聞いたことがないかもしれないが、聖オプノーティス王国やバラスモス国などで、死魂の森へ法術によって転送される【転送極刑】というものがある」
「ねぇ、それの公式記録って確か160年くらい前だったよねぇ?」
監視理由を話し始めたアルノーの言葉に、一人声を上げた魔族が居た。
その姿はツーピースで派手派手しい金が入った袋や札束、鏡が描かれたピンクの柄のジャケットとパンツ、黒のジレを身に着けモノクルを付けた慇懃無礼そうな若い男。
アルノーと共に勇者として遠征し、竜魔族ジャバウォックになってしまった【キチガイ賢者】ことロニー・アール・パラノイアである。なお、本人は親のくれた名のほかに、勝手にパラノイアという三つ目の名前をくっつけたため正しい戸籍はロニー・アールだ。
「パラノイア、それは公式記録なだけだ」
「あ、なぁるほど?つまり、高位貴族とか表立って処分しづらいやつかあ」
ぱん、と手を打って目を輝かせると、ロニーは口角を上げて笑い出す。
「俺の出身国…聖オプノーティス王国の侯爵令嬢の周囲がキナ臭かった覚えがあるが…それについてもその刑が執行されそうだな」
ロニーのその様子に引き気味な反応をしながら、アルノーに告げるのは首の位置を直している刈り上げの屈強そうな男だった。
「バルバトス将軍」
「みなまで言いなさんな。シャノン・デ・レフィブレという、ファルパレス侯爵家の長女で第一王子の婚約者の方だ」
バルバトス将軍は首の位置が納得いったのか、今度は刈り上げの頭に生えた一対の大きな角を掻いて続ける。
「ファルパレス侯爵家…確か、現在は一男二女の侯爵家で、あまりそういった醜聞はなかったように思うが」
「さすがに
「……それも、そうか」
「ああ。ちっとな、後妻が生んだ次女の金遣いが荒いだけだ」
「―――清貧を良しとする聖教国の枢機卿だった身としては、あまり良いこととは言えないな。まぁ貴族だから、という価値観でもあるように思うが?」
玉座の肘掛けに体重をかけ、鼻を鳴らすアルノーに、バルバトス将軍は肩をすくめた。
「それも度を超してやがる」
「ははっ、まるで
「誰がするか。なるとするなら、おそらく先妻の娘……長女であるシャノン嬢の方だろうよ」
掛け合いが終わると、アルノーは視線をバルバトスともう一人、耳が長い女性に向ける。
「フェノンティ。お前の部隊に所属する一人に、【
「…はい、陛下」
「ゲイザーの目を死魂の森に飛ばせ。感知したらお前とバルバトス将軍が迎えに行くように」
「承知した」
そして玉座の間からフェノンティが退出する。
「ここで解散だ……が、パラノイア、あとで執務室に来てくれ」
「はぁい」
玉座からアルノーが立ち上がると、残った魔人たちは恭しく礼をとる。
ここから、魔王が動き出すのだ。
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