第4話 悪夢の台頭、開始
「た、大変です!!」
「今度は何だ!!」
為政者たる枢機卿、アルノー・ル・ペルソナを失った聖教国は大わらわだった。
ペルソナ枢機卿は知識を重視する聖女派と呼ばれる派閥に所属する男で、聖教国の技術局の長だった。そのため、実現途中の技術、および実現しようと検討していた技術の一部が失われてしまったのだ。
「こうしてみると、ペルソナ卿はあの若さで化け物のごとく有能であった、と言えるような気がしないでもない」
その様子を見ながらふくよかな初老の男、神学長であるポール・フェネシクスがつぶやいた。
「事実、化け物であったのだろう」
隣にいた鎧をまとった、厳つい顔を顰める男…アルノーの後継として聖騎士団の長を務めている、レオン・ド・フェネルが答える。
「枢要徳たる【智慧】の勇者だとしても、かつて騎士団の長だったとしても。ここまで聖教国の一部機能を麻痺させた存在は今までに居るまいよ」
「しかり」
そこに飛び込んできたのは一人の伝令兵。
「―――緩衝地帯【銀の平原】に、詳細不明な軍団がッ!」
「何だと!?」
「その数、200!」
「…!」
若干足りないが、派兵した勇者たちに近い数だ。動揺せざるをえない。
「出陣用意をしろ、最悪は魔族かもしれんぞ!」
「はっ!!」
レオンが慌てて声をかけると、通信兵本人は走り出した。
――
「さて、うまくいくと思うか?陛下」
人間国家と魔神領の緩衝地帯である銀の平原に現れた詳細不明な軍とは、まさに魔王アルノーとその護衛である将軍バルバトス、そしてイリーナ…並びに、今動ける元人間の歩兵たちである。
バルバトスに問われた言葉に、アルノーは頷きを返した。
「パラノイアは鏡を領域とする。それこそ水鏡だろうと、窓による反射だろうと反射光を映すものは鏡になる。それは侵入経路を潰しきれるわけではないという証明になる」
彼らには目的があった。
一つは、魔王は滅されてなどいないという証明をすること。
魔王は魔素発生の根源であるので、魔素が増加すれば魔王は討たれていないということは自然とわかる。が、それでは今までと同じ道が続くだけだ。
聖教国としては最も交戦を避けたい魔族である【
それは元人間で、勇者として認定された聖人・英雄たちでもあるアルノーたちにとって忍びない、という結論になったから、先んじてお前たちが最も苦手とするナイトメアが魔王になったのだぞ、と示して
二つ目は、
アルノーたちは魔族になったことで、見た目も人間に近いが異形となってしまった。
イリーナは顔色が土気色だし、何より【死の不浄】であるため蠅が自らの周りを飛び回る。そんな存在は余程の悪臭を放つため、人間の中には溶け込めない。
バルバトスは悪魔族だが、生前は物理特化の将軍職に就いていたため悪魔族がやりがちな姿を変えたり、搦め手をしたりは得意ではない。つまり角が常時丸見えの状態なので論外だ。
残りの女司祭マルタ・イル・ヘスティアン・フェノンティはエルフ族だが下半身が
前者は見た目と行動―下半身の不定形さを利用して触手として便利に使うようになってしまった―が変化してしまったし、後者は見た目を誤魔化せたとして、今や人を人とも思わない悪辣な言動が表に出てきてしまっている。
そしてアルノーは、集団幻覚を引き起こせる性質を使えば角を隠そうが隠すまいが関係なく闊歩できるだろう。ただし、アルノーの声、色を除く見た目、行動はすべて枢機卿時代のままだ。死者ではあるが、高名な枢機卿を連想させるパーツを持つアルノーが人に紛れるのはおそらく難しいだろう。
そこまで誰も注目しない、と言ってしまえばそれまでだが、ミーハーな人間はどこにだっている。わずかな可能性をギリギリまで排除しなければ詰みだ。
ともなれば、多少間延びした言葉遣いは気になるし、あの派手な服のセンスも目立ちすぎるが怪しまれたらすぐ鏡に逃げ込め、その鏡世界を住処とするジャヴァウォックであるパラノイアが一番適役となる。
適役ではあるが前述したとおり目立ってしまうので、各国の上層部を混乱させるためにわざわざ緩衝地帯まで出張ってきた、というのが今回の趣旨だった。
「―――さて、聖騎士団がくるようだぞ」
魔王としてのアルノーは黒の髪に赤の目の姿に変わるが、美青年なのは変わりない。そんな男が目を眇めると無駄に迫力が出るのだな、とバルバトスは思ったが、口には出さず。
「陛下は防衛結界を張っておいてくれ」
「物言いが丁寧なんだか、雑なんだかわからん奴だな」
アルノーが肩をすくめて兜をかぶり直すと、骨馬に乗ったバルバトスが半馬身前に出る。
「―――何者だ!!」
兜の中で、かけられた叫び声に口元をゆがめた。
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