第5話 鏡の竜は人に紛れる

 銀の平原で魔王と聖騎士団が衝突寸前になっているその頃。


「ふぅ…ここが聖教国の一村落、カルドオ村ですかぁ」


 魔族側から見たら敵国でしかない、聖教国の一角。

 そこに、鏡竜ジャバウォックであるロニー・アール・パラノイアは居た。


「領地としては聖ネメシス領…魔獣を殺害することで身を立てた聖人が治めたといわれる地ですねぇ。おお怖い」


 ぶるぶると身を震わせ、己を抱くその身が纏う服はいつものどピンクな服ではない。さすがに潜入任務なので気が引けたのか、深緑色の燕尾服だ。燕尾服は譲れないらしい。


「聖ネメシス領は平原とは反対の、聖教国の首都に隣接する領地…鏡の園の通り道、後でメモしておきましょうかねぇ」


 顎に手を添えてうんうん、と頷くと、パラノイアは村の入り口に向かう。


「―――さ、首都へ向かいますかねぇ」

 陛下に頼まれちゃったので。


 音符でも語尾についていそうなご機嫌な様子で、パラノイアは口角を上げて歩を進めるのであった。


 ――


 所変わって魔王アルノー。

銀の平原で待ち構えた彼の前に現れたのは聖教国の聖騎士団だった。


「……何者だ、だと?ご挨拶だな、無能どもが」

 馬上のアルノーが鼻を鳴らし、バルバトスの後ろでやってきた聖騎士に相対する。

 聖教国で不吉とされる赤い目は兜の中で剣呑な光を宿し、領域境の向こうに佇む連中を睨んだ。


 誰何すいかの声に対して返ってきたのは滑らかな罵倒。その上、不吉な赤目で睥睨へいげいされて聖騎士たちはひるむ。


 それにもちろん声を荒げたのは、聖教国の将軍であるレオン・ド・フェネルだった。


「なんだと!」

「……勇者6名。表信者を欲したがゆえに、人間としては最高戦力であったそれらをうしなった間抜けな国の連中が何を言っても無駄だ」

「ッ!」


 指摘されたことは、他の国家にはまだ伝達されていないことだった。

 それを、知っているということは。レオンの背中に冷や汗が流れる。まさか。


「表信者欲しさにお前たちが捨てた256名……すべて魔族と化したぞ!!」


 叫び捨てて、アルノーは自らの顔を覆っていた兜を脱ぎ捨てる。

 兜を脱ぎ捨てたその姿は色は変わってはいるが、枢機卿だったはずのアルノー・ル・ペルソナであることをレオンは認識した。してしまった。


「!ぺ、ペルソナ!!枢機卿たる貴様が――」

「否!はすでに枢機卿にあらず!!」


 ぞわり、と聖騎士軍に怖気が走った瞬間だった。


 地面が崩れ、宙に浮く。


「な、なんだこれは!」

「何だも何も、余の力よ」


 首無し馬の歩を進め、領域の境、防御結界の端に近づく。だが、魔素と法力素が生み出すあいまいな境は越えない。越えた瞬間、魔王は人間に対し侵略の意志ありとして決死の特攻をされてしまうからだ。


 それは、敢えて今ここに姿を見せた意味がなくなってしまうのでアルノーはぐっと耐える。


「余はグランド・ナイトメア、ペルソナ。【悪夢王】ペルソナだ!」


 声高らかに、魔王は宣告する。

 そしてこれが、聖教国史に残る一大事件となったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る