第6話 それでもあきらめてはならない

「悪夢王…ペルソナ…」


 銀の平原で悪夢王ペルソナに遭った聖教国の軍は領域境からの帰途についていた。

 あの場では戦争を起こす気がなかったらしい悪夢王は、まさに悪夢を見せた後に彼らを心底馬鹿にしたように笑った。


「お前たちはいつか、余を殺そうと躍起になるだろうが…

悪夢が溶けた現実ア・レ・ヴィジオ・ノクトゥルナ】を止められるならやってみるがいいさ」


【悪夢が溶けた現実】とは、おそらく先ほど見せられた、やけに現実味のある幻影…魔族研究者の誰かが言っていたが【幻実】というやつのことだろう。


 どこかで聞いたことがある。


 夢魔種と悪魔種の魔族が融合して生まれたとされる【悪夢魔ナイトメア】は、質量をもった夢を見せる。その夢―【幻実】は触れることができ、【幻実】で傷ついた場所は現実でも傷つくのだと。


 それどころか、それは夢魔が見せる【夢】と異なり、対象が寝ているわけではなくても特定の場所にいれば見せられてしまう。領域型の、魔神ともいえる魔人…魔族である。


 普段なら、ナイトメアが現れたとしても国民にその事実を伝え、「対悪夢魔ナイトメア戦だ!」と扇動することができただろう。だが、今回はそれが悪手であると試す前から知れている。理由は簡単だ。


 思慮深く、慈悲に溢れたはずの枢機卿、アルノー・ル・ペルソナが堕ちた。


 これが知れれば、おそらく国民は戦う意志を大きく削がれてしまう。

 戦意が削がれれば、物資も人も集まらない。

 つまり、これは外に漏らすわけにはいかない話だ。


「……お前たち、今見た魔王のことは箝口令を敷かせてもらう。【魔王がいた】ことは言ってもいい。が、それが【智慧の勇者】であり【慈悲の枢機卿】であるアルノー・ル・ペルソナであったこと、それは伝えてはならない。いいな」


 将軍であるレオンが言うことに、兵士たちは緩慢にうなずく。

 彼らだって信じたくないのだ。皆アルノーに多少なりとも恩義があるし、アルノーが聖騎士団に所属していたころは彼と会話をしたこともある。

 そんなアルノーが、自分たちにためらいもなく【幻実】の魔術を行使した。それだけは。


「……誰が相手だろうと、魔族は滅ぼさねばならない…それが聖教国のスタンスだ。あきらめてはならない、のだ」


 ぽつりと零された言葉を、兵士たちは黙って聞いていた。

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