第18話 悪辣シャノンになれてよかった(2)

 知っていた。

 アルガンドが、フィーネの華やかで甘い、砂糖菓子のような。女の子らしい顔が好みであることを。

 少女のような甘え方をする女の子フィーネが好きなことを。

 ――優秀であるだけの、淑女シャノンは要らないことを。


「……恐れながら申し上げますが、陛下」

「なんだ?」


 アルガンドが愛してくれない、尊重してくれない代わりに、オプノーティス王はシャノンをよく気遣ってくれていた。だから、シャノンは余程のことがない限りはアルガンドを支えるつもりでいたのだ。


わたくし、魔神領が一国、【フィニスウィア】の魔王陛下よりお言葉を預かっております」

「――なんだと?」


 その余程のことをされたので。

 シャノンは淑女でいることをやめたのだ。


「私は、悪辣なシャノンなのでございましょうから―――」


 王妃にふさわしいはずだったその穏やかな笑顔から、口元をゆがめる。


「―――処刑と称して転送された先の、魔王陛下にこの命を助けていただいたことを、素直にご報告させていただきますわ」


 愚かな王子を睨みつけながら言うシャノンの声は、ざわついているはずの謁見の間に響く。

 玉座にいるオプノーティス王は驚愕の顔でシャノンを見つめていたが、しばらくして王としての顔を取り戻した。

 取り戻すや否や、衛兵に謁見の間のあらゆる扉を固く閉ざすよう命を下す。

「陛下?何を」

 アルガンドが慌てるように父王に問うが、それには返事もしなかった。


「今後の話どころではなくなってしまったな。ファルパレスの虚言も問題だが、転送極刑などという禁忌を犯した阿呆がいるという……シャノン、魔王からの伝言とやら、話してもらえるか?」

「承りました」


 うなずいたシャノンは、首から下げていたペンダント、そのトップにある大粒の宝石をひと撫でする。

「話すのは、私ではなく…この道具からになりますが」

「それは、いったいどういう…?」


 オプノーティス王の困惑をよそに、ペンダントの石が光る。

 近衛は驚き、王の前に出るが――


『――まず、これを聞いている人族に伝える』


 その瞬間に響いたのは、男の声だった。


『王族は俺の声を聞いたことがあるだろう。俺が魔神領にある唯一の国…フィニスウィアが王、アルノー・ル・ペルソナである』


 ついで告げられる名に、その場にいた人族が全員息をのむ。


『聖教国が推し進める魔王征伐。もっとも最近に行われた征伐の、6人の勇者が率いた討伐軍。かつて、当該軍を率いた勇者の一人だ』

「なっ…」

『ああ、そなたらはおそらくこう言うかもしれないな、バルバトスはどうした、と。彼も俺と共に死んだよ。今や立派な魔族の一人だ』

 次々に出てくる、人族の知らなかった事実に目を白黒させていると。

『そんな、魔族になってしまった我々が必死になって国を回し始めたそんな折にな。死魂の森という一地域に、ここにいるシャノン・デ・レフィブレ嬢が落ちてきたんだ』

「!」

『死魂の森は、160年ほど前まで人族たちの廃棄場だった。当時の魔王はそれに怒り、無理をして人族国家に対して全面戦争を仕掛けたことは記録されているだろう?……いや、テロフォス教では、世界全土に広がった【厄災】という表現だったかな。どちらでも構わないが……魔王は基本的に、人族が転送極刑で飛ばされるのを許容しない。だから人族たちはみな、神明誓約を結ばされたのだ』


 シャノンは魔王の声が聞こえている間、ずっとアルガンドを見ている。


『神明誓約の強制力は知っているだろう。国家が国家たる証明、玉璽の印面が潰され、国家として外交令が出せなくなる。偽造を疑われるからな。それなのに、その誓約を破った愚か者がオプノーティスの王宮に二人も…出入り自由な身分でいる』


 アルガンドはシャノンの視線に耐えきれず、目をそらす。

 その瞬間だった。


『だから、オプノーティスに、まおうが直々に挨拶に行こうと思っていてな―――覚悟しろよ?アルガンド、ファルパレス侯爵』


 最後の爆弾を投げつけられたのは。

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