第15話 パラノイアはうそぶく

 キチガイ賢者。

 パラノイアのもっとも有名な異名だ。

 他にも、ほら吹き賢者、希望の勇者、死んだ魚の目の男…まあいろいろ異名はあるが、大体はキチガイ賢者で通じる。


 その名前の威力を今、本人は味わっていた。


「キチガイ賢者の件で調べものしてるんですけど」

「はァ?キチガイ賢者がまたなんぞ嘘をついたのか!?」

「いや、死んだらしいです。そのせいで彼の付いたホラの収拾がつかなくて」


 正確には死んで魔族になってるけどね。

 内心ぺろりと舌を出しながら、町の酒場でマスターに話す。

 自分が適当ホラを吹きつつ、人に見えないところでちゃんと知恵を授けたのを知っているのは、自分の上司であるアルノーだけだ。まあもちろん、本当の知恵を授ける相手は選んでいたし。誠実で、素直な子供。彼らに知恵を授け、アルノーが権力を使って彼らを保護した。


「なるほどねぇ、んで兄ちゃんはそのホラを修正して回ってるのかい」

「ええ、そんな感じです。あと、よそで仕入れてきた話を持ってきたり?」

 その話にマスターは目を光らせると、パラノイアの前に上等らしいエールを出す。

「聞かせてくれよ、その話」

「ええ、銀の平原の近くを通った行商人の話なんですけど…」


 こうして、パラノイアは人間国家の集落や町に噂を流していた。

 聖オプノーティス王国、聖グランディノス貴族共和国、リーレンアウス獣人氏国、エトセトラ、エトセトラ。

 大小問わず人族に分類される国家の端っこから中心から、一つだけ噂を流し続けた。


 アルノー・ル・ペルソナは完全な死を迎えておらず、反旗を翻した。彼は人間国家を許していない。


 大抵の人は信じないと思うけど、一応真実なんですよねコレ、と思いながらアルノーとこれからを詰めるために鏡の世界の宮殿に赴く。

 一通りの国を回って、この鏡の世界のどこがどの場所につながっているかは把握したし、噂の回り具合も十分だろうと踏んで。


「はぁぃ、愛しの魔王陛下ぁ」

『相変わらずだな、ロニー』

 宮殿の玉座は特殊な鏡だ。鏡竜であるパラノイアが加工を施した特別製。

 なんでそんな鏡か、というと、パラノイアの敬愛する愛しの魔王アルノー様の御姿を映すためだった。


 玉座で足を組んだ魔王は、下に跪く賢者にいう。


『聖オプノーティス王国の御令嬢が半月前に来たのだがな』

「ああ、陛下がもしかしたら魔族にするかも?とか言ってた?」

『そんな簡単に、それを許すわけないだろう。彼女が我らと同質になるとするなら、その無垢な両手を赤く染めて、痛々しくも俺を見据えるあの両目を欲と媚びで歪め、法器に宿る清い心を自らの足で踏みつぶしたときだけだよ』

 まあ、そんな風になることは許していないけどな、とアルノーは問いに対して首を振る。


「へぇ…そんなにキレイなんですね?ちょっと期待しちゃうなァ」

『お前……人族国家で人を喰らって居ないだろうな?ごまかすのは容易だが、お前が太って鏡に入れなくなったら自業自得だぞ。というか…太ってないよな?』

「失礼ですねェ!!?ボクの心、踏みにじったら陛下と言えども許しませんよォ!!」

『いやそこまでのつもりはないぞ』

 憤慨するパラノイアに、鏡像のアルノーは苦笑する。

 と、二人の顔が真顔に戻る。

『それは置いておこう。パラノイア、順調だろうか?』

 アルノーの質問に、

「はいっ!」

 破顔一笑、パラノイアは口元に笑みをのせて頷いたのだった。

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