第10話 少女は清く痛々しい(2)
アルノーとの謁見を終えたシャノンは魔神宮の一室に通された。
彼女を案内した、腰の辺りから一対の翼を生やしたメイド服の女性は恭しく一礼する。
「シャノン様のお世話を仰せつかっております――
「エルナというのね、よろしくお願いします」
その一礼に頷くと、シャノンは部屋に備え付けられた窓を見る。
外は薄暗く、魔素をたっぷりと含んだ紫色の雲に覆われていて、太陽は見えない。
「薄暗いのね、この北の果ての地は」
ぽつりと零したその言葉に、エルナは苦笑する。
「……人を辞めたヒトには、太陽は苛烈すぎますから。魔王陛下はそれを身をもってご存じで、あの方は先王陛下が亡くなってすぐに晴れた空を覆う雲を再び生み出しました。もし、シャノン様が望むのであれば…陛下におねだりしてみては?」
エルナの言葉に、シャノンは苦笑するしかない。
会ったばかりの青年がこの地の王であったとしても、だからこそ頼むのは少し違う気がしたのだ。
「…なんて、すぎたことを申しました。時計の短針が7を指したころ、お食事となりますわ」
と、その苦笑を認めたエルナはシャノンに一礼して退出する。
遠ざかっていく足音を聞いて、シャノンは小さく息を吐く。
「…人を辞めた、ヒト、ね」
部屋の中、一人残されたシャノンは呟く。
それを、部屋の外でエルナは耳にした。
「―――我々…ヒトが、人がうらやむ太陽を欲しがるわけがないでしょう。空を抱こうとした英雄、太陽に近づきすぎて墜ちた愚か者と違って、憧れたモノを失っても、
そうつぶやく顔には、シャノンへの嫌悪が浮かんでいた。
・ ・ ・
シャノンを居室に送った魔王その人は、あからさまにため息をつく。
「彼女をどう見る?」
アルノーの問いに、近衛の長であるイリーナが答える。
「何事も過ぎれば邪となりますが、一切そうではありませんね。彼女は邪にはなれない」
普通の人より少しばかり清廉には近いが、それでも魔に堕ちるほどではない。
「…邪になれない者を、傍に置く勇気はないな」
勇者が突出していただけで、勇者と一緒に遠征してきた連中は「武」の面で過ぎた存在だった。そんな彼らでさえ大半が【英霊】と呼ばれる、一般にこの地に満ちるゴースト種の魔族にしかなれなかった。人として死んだ手前、彼らに個体差は一応あるが、ただ話し方やちょっとした好みに差異があるだけだ。一部を除いて、おおよその核となるモノは【大勢を成す】、それしかない。
そして、彼らに届かないシャノンが、どれだけ個体の魔族になれるだろうか。
机に肘をつき、そのまま手の甲の上に顎を載せて拗ねたようにつぶやく魔王に、家臣たちは顔を見合わせる。
「ですが、彼女はこの地に残り、魔に堕ちるつもりです」
「その点、いかがなさいますか?陛下」
イリーナの言を引き継いで、デニスがアルノーに問うた。
「そうだな……聖教国を混乱させるため、こういったことに彼女を利用するのはどうだろうか」
目を閉じ逡巡したアルノーが出した答えを聞いた家臣たちは目を見開く。
「それは、確かに利用できるかもしれませんが…」
「彼女が、我々に協力するかどうかはわかりません!」
「―しかし、その心配を考えていたらいつまでたっても人間にマウントは取れません」
人ならざるものになった将軍たちは、魔王そっちのけで議論を交わす。
上座にいる
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