第11話 毒になるための祈り

 シャノンが来てから半月。イリーナは悩んでいた。


 あの御令嬢は、国に戻れと言われて戻るだろうか、と。

 そんな状態で振るう剣は、その悩みを反映したかのように動きが鈍い。


 ち、と舌打ちをして振っていた剣を鞘に戻す。

 いっそのこと、自分が連れて行ってしまおうか。鞘走ったことを、と言われるかもしれないが、説得に時間がかかってしまって、あの御令嬢を魔族に堕とした日には大変なことになるだろう。


 いや、そんなことをしたら近衛から外されるかもしれない。

 のデニスなら、うまく彼女を誘導できるだろうか。一応軍師であるし、そういったことは嬉々として行いそうだ。それとも、騙りが得意なフェノンティ?バルバトス将軍は生国は同じだけど、そういった説得とかは苦手そうだな…あの人、脳筋だし。パラノイアは口がうまいが胡散臭いし今この国に居ない。アルノー様はまあ実力行使にも出られるが、多忙だし…となると、まあデニスか自分がやるしかなさそうだな。

 とつらつらと考えていると。


「…精が出ますね、フーケ様」


 声が聞こえて、慌てて振り返る。

 城の通路からこちらを見ていたのは、シャノンだった。もちろん、エルナもその後ろに控えている。


「これは…シャノン嬢」

「いやだわ、普通にシャノンと呼んでくださいまし」


 シャノンは苦笑して、そのままイリーナが使っている修練場に下りてくる。


「いかがなさいましたか?」

「少し…お聞きしたいことがあって」

「はあ…では、お茶でも用意させますか?」

 エルナに目配せしつつイリーナが提案するが、シャノンはそれに首を振った。

「いいえ、気づかいは必要ありません」

「では…」


「――魔王陛下は、わたくしを国に戻す算段はおありでしょうか」


 瞬間、風が吹いて、ドレスの裾やイリーナの髪が揺れる。

 それに気を留めず、シャノンは口を開いた。

わたくしは貴女のように、武を極めてあの方の傍にあるわけでも、エルナのように英霊としてあの方についてきたわけでも、アガーリン卿のように戦術に関する知恵があるわけでもありません」

 シャノンは首にぶら下がる、エルナから渡された「魔素を法力素に変換する魔道具」を右手で握りしめる。

「私は脆弱な人の身です。こうして、魔素に反応する【魔道具】が無ければ息一つできない儚いモノです。ですが、陛下あのかたの役に立てるのでしょうか」

「…お待ちを、シャノン、様…それは、それは」

 困惑するイリーナに、シャノンは苦笑いを返す。

「あの方は覚えておられませんが、私は数年前、あの方と婚約のお話がありました」


 がつん、とイリーナはなぜか金づちで頭を殴られたような気分になった。


「――【俺には目的があるから、貴女を顧みることはできない。それは貴女に失礼で、貴女は真に愛してくれる人に愛されるべき女性だ】。お返事に書いてあったのは、美辞麗句が一切ない、隠しもしない拒絶でした。ペルソナ卿は、美しい言葉でお手紙を返す人だ、という評判を覆す簡潔な言葉だったのを覚えています」

「……」


 返す言葉が見つからない。


「今になって、私が儚いモノではあれど…あの方に会えたことは奇跡です。だから、あの方を、支えられるなら支えたい。それが私の願い事なのです」


 シャノンはそのまま魔道具を握りしめた右手に左手を添え、イリーナに祈るように手を組む。


「どうか、お願いします。イリーナ・フーケ様。私に、あの方のために何かできるのであれば、教えてくださいませ」


 その姿を見たイリーナは、では、と口を開く。


「――あの方のために…」


 告げた声は、震えていた。

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