第13話 令嬢は帰される(前半)

「―――それが、陛下の御心みこころに宿る願いなんですね」


 イリーナとシャノンは対面に座り、茶を嗜んでいた。

 人族国家であれば、木陰にあるこのテーブルには柔らかな光が差し込んでいただろう。しかし、魔族の国にあるこのテーブルに光が差し込むことはない。何とはなしに、空間が明るいから昼だとわかるくらいだ。


 シャノンの目の前にいる人の姿をしたモノは人ではないのだ。

 イリーナの周りに居る蠅も、今は多少自重しているのか近寄っては来ない。それだけでもわかる。この親しげな彼女でさえ、自分とは明確に違うものなのだ。


「ええ……貴女には悪いことをした、と苦々しい顔をしておいででした」


 魔黒茶を一口飲むと、イリーナはシャノンに向き直る。


「我ら、かつて勇者だった者共は何かしら…専門とするものが、人族国家の民からは頭一つ抜きんでていたのは確かです。そして、その上で全員共通してあったことが一つあります」

「それは…?」

「法力の宿る器、法器とも言いましょうか。それが一般の人よりも大きかったのです」

「……それは、生まれつきの体質とも言えますわね」

「ええ。魔神領で死すれば法力素は抜け、そこにちょうどいいと魔素が入り込む。そうして生まれるのは我々、個体の魔族です」

「―――あの方の傍に侍るつもりなら、法器の大きさは大事だと?」

「ええ。あの方は【確固たる自己を持たぬ】妃はいらないと仰せでしたから」

 それを聞いたシャノンは、自分の胸に手を当てる。法力素は心臓に宿ると言われている。自分のこの臓器に、いかほどの法力素が収まるというのか。

 ただでさえ厄介だと言われる幻魔族の悪夢ナイトメア。その王魔種にまで変質するあの偉大なるアルノーに近づけるほど、力はあるのか。


「……禁忌ではありますが、法器がもしかしたら増えるかもしれないという情報があります。聞いてみます?」


 弾かれたように顔を上げたシャノンに、イリーナは努めて穏やかに笑って見せた。


 ・・・


 聖オプノーティス王国の貴族内は、「悪役令嬢シャノン」を追い出すことで一旦の落ち着きを見せていたが、ファルパレス侯爵家にすり寄る中下級貴族が増え始めていた。

 筆頭貴族ではないものの、ファルパレス侯爵家は上級貴族の中でもそこそこの地位にいて、そこから王子妃が輩出されたのだ。権力に目がくらむ連中は鼻が利く。シャノンの妹であるフィーネが王子妃になることがほぼ決まったようなものだからこそ、早めに接近しておきたいと動く有象無象は増えるだろう。


「フィーネ、フィーネ。僕の愛しい人よ」

「あら、アルガンド様!」


 王宮ではシャノンを追放した直後から、アルガンド王子と、その婚約者であるフィーネの仲睦まじい様子がたびたび見られるようになっていた。


 シャノンはまっすぐな金髪を肩甲骨のあたりで切りそろえていたが、フィーネはゆるやかにウェーブを描くプラチナブロンドの髪を腰まで伸ばしている。

 2人に共通しているのは、髪色と同じまつ毛に縁どられた深青の目だけ。クラシックな装いだったシャノンと違い、フィーネはフリルがたっぷりと使われたドレスをまとっていて、その装いは華やかだった。


「今頃、お姉さまはどうしていらっしゃるかしら?」

「…フィーネ、あの女のことは…」

「あら、ごめんなさい!お姉さまが野垂れ死んでくださってはいないかしら、と思っただけです。万が一、生きていたら…」


 くすくす、くすくす。

 姉が持っているものをすべて手に入れたがった少女は、悪辣に笑っていた。

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