第15話

「今日の分の食糧は買った。布団とかの日用品の注文完了。……それじゃあ行きますか」


 三嶋からの電話が終わってから二時間後。昨日と同じコンビニで買った弁当を食べた弩門は、弁当と一緒に買った食糧やスマートフォンのネット注文の画面を確認すると、翻訳アプリを起動させてロロアに話しかける。


『ロロアさん。俺は今から封院ダンジョンに行きますから、その間ロロアさんはこれを付けて寝ていてくれませんか』


 そう言って弩門がロロアに差し出したのは金属製のヘルメットみたいなもので、それを見たロロアは首を傾げる。


『その兜を被ってですか?』


『兜じゃなくてダンジョンアイランド特性の睡眠学習装置ですよ』


 ロロアの言葉に弩門は苦笑を浮かべて答える。


 金属製のヘルメットみたいな外見をした睡眠学習装置は異世界の技術も応用した特別品で、被れば催眠術が作動してすぐに睡眠状態となり次に目が覚めれば設定した言語を完全に習得できる。昨日、ロロアを引き取る際に弩門は、彼女の言葉が分からないと不便だと三嶋に相談して、この睡眠学習装置を一週間の間だけ貸してもらえる事になったのだ。


 もしこの睡眠学習装置が十機程外に出れば、外国語を教えている教師が何人失業するのだろうか? そんな物が普通に存在しているのは流石ダンジョンアイランドと言ったところだろう。


『これ被って寝れば翻訳アプリ無しでも俺と話せるようになれますから』


『分かりました。その、行ってらっしゃい』


『はい。行ってきます』


 睡眠学習装置を受け取ってロロアが言うと、弩門は返事をしてから自分の封院へと星門ゲートを呼び出しその中へ入って行った。




「凄いな。何も見えない」


 弩門の封院、ピラミッドを背負った巨大な黒い猟犬の中は完全な闇の世界だった。


 一切の光が無く、目の前にあるはずの自分の手すら見えない状況に弩門は感嘆の声を出してから霊服アストラルスーツを装着すると、目に見える景色が闇の世界から何も無い石造りの部屋へと変わった。


「昨日は気付かなかったけど、この霊服には暗視装置みたいな力があるのか。……いや、違う?」


 霊服が持つ特殊能力は基本的に自分の封院で十全に活動する為のものである。だから弩門は最初、自分の霊服の特殊能力がこの完全な闇の世界で活動する為の暗視装置みたいなものだと考えたのだが、自分の中にある封院の知識が霊服の本当の特殊能力を教えてくれた。


「……そうか。今の俺は目で見ているんじゃなくて、『耳と鼻』で周りを見ているんだ」


 コウモリやクジラは自分が放った超音波の反響音を聞いて獲物や障害物の位置を知るエコーロケーション能力を持ち、犬を初めとする嗅覚が発達した動物は匂いだけで視覚情報以上の情報を得る。


 つまり霊服を装着している今の弩門は、耳で周囲の構造物の形を把握し、匂いで得た情報で構造物の形に「色」を塗って、この闇の中でもまるで昼間のように周囲の状況を知る事ができているのだ。


「これは……確かにこの封院の中では強いよな」


 霊服の特殊能力と同時にこの封院の特性の情報が頭に流れ込んできた弩門は一人呟いた。


 この封院の中を満たしている闇はただの闇ではない。この封院の中では一切の光が完全に封じられ、例えどんなに高性能な暗視装置や赤外線カメラでも「光」に頼っている以上は何も見ることができない。


 そんな闇の中でエコーロケーション能力と鋭い嗅覚により目に全く頼らず周囲の状況を知る。それは戦闘で常にこちらが先手を取れるということを意味していた。

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