第2話

 黒栖くろす弩門どもん


 雹庫ひょうご降戸こうべ市出身。男、二十歳。職業フリーター。


 大学受験に失敗してからは親元でアルバイトをしながら生活をしているという、外見も経歴も平凡な男であったが、一つだけ特徴と言える点があった。


 それは弩門が人知を超えた幻想的な世界、ファンタジー世界の大ファンであるということだ。


 弩門がファンタジー世界の大ファンとなった切っ掛けは、子供の頃に遊んだファンタジー風のRPGの影響で「自分も魔法を使ってみたい。ドラゴンを倒す勇者みたいな存在になりたい」と思ったことだった。子供だったら誰もが胸に抱き、しかし歳を重ねることで熱が冷めていく思いは、世界で唯一異世界と接点がある雹庫県という環境のせいか冷めることはなく、彼はいつからか異世界に関係する仕事に就きたいと思うようになる。


 雹庫県には異世界の言葉を学んで異世界人の言葉を通訳する仕事や、封院所有者ダンジョンマスターや異世界人が起こす騒動を解決する民間軍事会社等の異世界に関係する仕事がいくつもある。弩門の夢はそんな仕事に就いてダンジョンアイランドへと行くことだったのだが、その夢がこうもあっさり叶うとは思ってもいなかった。


 弩門が封院所有者となったのは今朝だった。朝、目を覚ますのと同時に異世界から来た魔法の道具が自分に宿り、新たな封院ダンジョンが生まれたのを彼は本能で理解した。


 自分が封院所有者に、子供の頃から憧れてきたファンタジー世界の住人になれたことに弩門は最初、飛び上がるくらいに喜んでいた。だが、それから二十分もしないうちに完全武装した機動隊員が団体で押し掛けてきた事により、喜びはすぐに驚愕にと変わった。


 雹庫県は新しい封院所有者の出現を一秒でも早く察知して身柄を確保するために、異世界の技術も使った封院所有者専用の探索網を築いており、封院所有者が出現すると専門の部隊が急行する。今まで単なる都市伝説だと思っていたのが事実であった事を身をもって思い知らされた瞬間である。


 朝目覚めて一時間程経った今、弩門は家に押し掛けてきた機動隊員達が用意した囚人服のような服を着て、服と同時に渡された一枚の封筒だけを持って武装列車に乗っていた。ちなみに私物は規律上許可出来ないと機動隊員に言われ、財布やスマートフォンすらも持ち込むことは許されなかった。


「理由は分かるけど、ここまでするとはな……」


 まるで……いや、明らかに護送中の囚人そのものな扱いに弩門は苦笑いを浮かべて呟く。


 ダンジョンアイランドにはこの世界の最高峰の技術だけでなく異世界の技術に、その両方を掛け合わせた未知の技術が数多くある。それらの機密を探ろうと様々な企業が、雹庫県の住人が衣服を始めとする身につけて持ち歩きそうな物に手当たり次第に発信器をつけているという噂がある。


 何の確証もない都市伝説だが、すでに別の都市伝説が真実だと思い知らされた弩門は単なる噂だと笑い飛ばすことは出来なかった。むしろこうして囚人服のような服を着せられて、私物の類を一切許可されなかったことが信憑性を高めていた。


 そんな事を弩門が考えていると武装列車が停まり続いて扉が開く。武装列車はこれから彼が暮らす住居に一番近い駅に向かうように指示を出されていて、ここがその駅なのだろう。


「ここで降りろってことか」


 弩門は座席から立ち上がると武装列車を降りたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る