文句

 まず最初に言わせてくれ。

 俺様の名前についてなんだが、「ノラ」って言うのはちょっとダサくねぇか? 全く以ってイケてねぇ。初めて会った同類に俺様の事を紹介する時はいつも、もっとイケてる名前だったなぁと、思っちまうんだよな。

 わかってる、わかってるよ。この名前が、俺様とご主人の出会いに原因があるってことは十分にわかってるって。

 でもあれは、ご主人が勝手に勘違いしたんだぜ? 本来なら俺様は由緒正しき家柄に生まれてきた犬だったんだ。いや、わかんねぇが、この毛並みを見たらそうだと思うだろ?それがたまたま何らかの理由で、ゴミ捨て場に居ただけなんだよ。だからご主人はそんな俺様を野良犬か何かだと思っちまったんだよな? まだヨチヨチ歩きだった俺様が、まるで捨てられているように見えて、家に持って帰って来ちまったんだよな?

 本来ならば高貴な家の出であるの俺様を勝手に自宅に連れ去るなんて、犬さらいって言われても仕方ない所だが、まぁ、俺もまだその時は右も左もわからない若輩者だったからな、ちょっと救われたと思わなくもない。そろそろ本来の家に帰ってもいいんだが、ご主人もその頃から俺様の事を甲斐甲斐しく世話してくれているしな。寛大な俺様はご主人のその気持ちに免じて、もう少しここに居てやろうってわけだ。

 だがな、やっぱ「ノラ」って言うのははいけねぇや。一宿一飯の恩義を感じて、今は仕方なく呼びかけに応えてやっているがな。そのうちはシーザーとかハヤテとか、もっとイカす名前にしてもらうぜ? いいな? まぁ、今のところはノラ(仮)って事にしておいてやるよ。


 お、そうそう、これも言っておかねぇとな。

 ご主人が作る飯の事だ。正直言ってイマイチだ。俺様がウマイと思うものを、まるでわかっていない。俺様はまだまだ育ち盛りなんだから肉を食いたいんだ、肉を。それも大量に食いたい。

 しかしご主人ときたら、健康のためだとか、ダイエットだとか、とかく理由を付けて、ブロッコリーとか、さつまいもとか、トマトとか、そんなものをちょいちょい飯の時間に出してくる。腹が減っているときにそんなものを出された時の俺様の気持ちがわかるか? 犬って言うのは本来肉食動物なんだ。そんな飯を出されたら、普通の犬だったらそれだけでふて寝しちまうってもんだ。

 でもまぁ、どうやら俺様の事を思ってやってくれているようだし、なにより俺様はほかの犬より寛大な心を持っているからな。ご主人の飯については、もう少し長い目で見てやろうと思う。だが近いうちに必ず改善してくれよ?


 そうだ、あともうひとつ! 散歩に関しても言わせてもらうぜ?

 ご主人は体力が無さすぎる。出会った頃は、もう少し一緒に走ったりしていた気がするんだが、俺様が少し大きくなると、ご主人はもう全然俺様について来れなくなってたな。

 まぁ、それもわからなくもない。ここ最近の俺様と言ったら、走れば風の様だし、跳べば1m以上ある高い塀だって軽々乗り越えることが出来るからな。そこまでやれとはさすがに言わないが、せめて俺の歩くペースくらいには付いて来てくれよ。今のご主人と言ったら、俺様がのんびり歩いていても息を切らす始末だし、数段しかない階段を上がることですら怪しいもんだ。

 ほんとだったらもっと自由に野山を駆け巡りたいんだが、俺様はなにせ優しいからな、ご主人がついて来れるスピードでゆっくりと歩いてやってもいいぜ。


 だからよ、だから、ご主人……。

 そろそろ一緒に散歩に出かけようぜ? ご主人のペースに合わせてゆっくり歩いてやるからよ。階段のある場所は避けるようにするからよ。

 そして散歩から帰ってきたらまた飯を作ってくれよ。ブロッコリーでも、トマトでも何でも食うからさ。またご主人の作った飯を食わせてくれよ。

 なぁ、ご主人、そろそろ目を覚まさねぇか?

 ……もう寝てから3日も経つぜ?

 ……なんだよ、身体が氷みたいに冷たくなっちまって……。寒いのか? 仕方ねぇな、俺様が暖めてやるからよ。

 だからよ、だからご主人……。早く起きて、俺のこと、またノラって呼んでくれよ。

 なぁ、ご主人……。

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