僕の情事

 僕の名は近藤正樹、28歳。社会人になって今年で4年目になる。

 自分で言うのもちょっと悲しいものがあるけれど、僕はどちらかと言うと、そんなに押しの強い性格ではない。むしろかなり弱気で引っ込み思案な性格だ。小学生の時、クラス遠足のグループが決まる(と言うか、決めてもらえる)のはいつも最後だったし、中学生の合唱コンクールでは迷っているうちに男子ながらもソプラノパートに編成されてしまい、人前に出る恥ずかしさのあまり結局口パクで本番までやり過ごしたと言う感じである。

 そういうタイプと言えば僕の事をなんとなくわかってもらえるかもしれない。


 そんな僕とは対照的に、いつも周りに人が集まり、グループの中心になるタイプの人間がいる。それが僕の上司の三橋徹也主任だ。今年で33歳になる独身貴族。趣味はフットサルにテニス、サーフィンなどスポーツ全般。肌は浅黒く焼け、見るからにスポーツマンである。

 もちろん仕事でも優秀であった。例えば、会議では自らファシリテータ役を務め、限られた時間の中で議論を活性化させ、結論まで導いたり、企画においてはこれまで無かった発想のアイディアを次々と出して皆を驚かせたりする。また、間違っていると思う事は上司と言えどもきちんと指摘し、困っている部下がいればすぐに相談に乗ってフォローする、といった具合だ。

 次の人事では、わが社最年少の課長になるとのもっぱらの噂だが、それも素直に頷けた。

 そして子供のような一面も持っており、そこがまた女性社員の母性本能をくすぐるらしい。なにか楽しそうな悪戯を思いつくと、三橋主任は目をキラキラとさせながら実行に移す。厄介だと思うのが悪戯をされた方も、無邪気に笑う三橋主任の顔を見ると怒れなくなり、一緒になって笑ってしまうのだ。まさに人徳と言えるだろう。


 そんな三橋主任と女性社員が昼休み中、楽しそうに話していた。

「三橋主任、そんなわけないじゃないですかー」

笑いながら女子社員は三橋主任の肩を軽く。

『あ……』

 胸の奥がチクリとする。

 いま三橋主任と話している女性は増田美夏さん。僕の同期でもある。明るく活動的で、性格は三橋主任の女性版と言った感じの子である。小柄で可愛らしい顔つきをしており、ショートヘアがとても彼女に似合っている。そして時折見せる蠱惑的な表情が普段とのギャップを演出し、彼女の魅力をより引き出しているように思えた。

 当然、彼女を狙っている男性社員も多く、僕のいる部署だけで今月に入って既に2人の男性が彼女にアッタクして玉砕したとの噂がまことしやかに流れている。


 社内で人気No.1の男女二人が楽しそうに話している姿はまさに完成された絵画のような光景であった。誰もその間に立ち入ることは許されず、まさにベストカップルのだと思う。

 そんなふたりを見ていると、僕の胸の奥がまたチクリと痛んだ。


 実は僕達は付き合っていたりする。

 自分でも本当に不思議なのだけれども事実である。しかもアプローチは向こうからだったと言うのが今でも信じられなかった。

 この会社に入社したての頃、楽しそうに笑う表情を見て、僕の心は何の抵抗も出来ずにその魔性の糸に絡めとられてしまった。それが恋であると言うことに僕は気づいていたが、この気持ちは心の中だけに閉まっておこうと決めていた。……決めていたはずなのに、あの日、向こうからお付き合いの申し出があったのだ。

 それ以来、僕達はいわゆるソウイウ関係…のはずなのだけど、社内で楽しそうに話すふたりを見ると、僕の事は所詮遊びなのではないかと自信がなくなってしまう。

 男の嫉妬はみっともないと思いつつ、僕は恨めし気にふたりを見つめた。僕の視線にいち早く気づいた三橋主任は、僕に意味深な視線を送り、ニヤリと笑うのだった。


 業務終了後、僕は待ち合わせの場所に急いだ。突然向こうから仕事帰りに会おうと、連絡があったのだ。昼間の光景が頭にチラつき、僕は少し気が重くはあったけれど、会わないともっと後悔するのはわかりきっていたので、色々と前置きをしながらも、自分も会いたいと、相手に伝えた。

 待ち合わせ場所に到着すると、珍しく相手が先に来て待っていた。

「お、お待たせ、ちょっと帰りがけに呼び止められちゃって……」

 聞かれてもいないのにしどろもどろに言い訳をする僕。そんな僕の様子を見て、相手はニヤニヤと笑っている。

「正樹、昼間俺のことをジィーっと見てただろ? もしかして美夏ちゃん相手に、妬いた?」

 やっぱり気づかれていたみたい。意地悪な表情で僕を見つめる三橋主任……いや今はふたりだけの時間だから……徹也は、どことなく嬉しそうにも見えた。

「大丈夫だよ、俺にはお前だけだよ」

 徹也はそう言って、人前にも限らず僕を抱きしめる。

「……アンッ」

 徹也に抱きしめられただけで、胸がキュンキュンする。いつも徹也はこうやって、僕の心を持て遊んで楽しんでいるのだ。

 そんな僕の上司。

 そんな僕の情事。

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