いつかまた

 寂れた小さな公園の片隅に、とてもとても古い公衆電話があった。


 その公衆電話はずっと昔にこの小さな公園が造られた時から、この場所で人々の役に立っていた。

 公衆電話は公園の中に設置されていたので、日中はとりわけ子供たちの相手をしていた。本来、遊具ではないのだが、子供たちの瞳を通すと公衆電話は、ブランコや滑り台に勝るとも劣らないくらい魅力的な遊具であったようだ。子供たちは公園に来ると我先にと電話ボックスの中に駆け込み、子供たちにしか見えない誰かと楽しそうに受話器を通してお喋りをしたりする。

 公衆電話はそんな子供たちの話を聞くのがとても楽しみだった。

 もちろん、公衆電話を利用するのは子供達だけではなかった。

 取引先相手に懸命に謝罪の言葉を述べながら、その場で何度も頭を下げるサラリーマン。

 慣れない仕事で心身ともに疲労困憊していた時に、実家から送られてきた仕送りに独り涙して、テレホンカードの束を片手に母親へ連絡をする新社会人。

 片想いの女の子に告白するために、意を決して電話をかけてみたものの、一言もしゃべることが出来ずにいた男の子。

 彼氏の浮気を知り、電話口で泣き喚きながら別れ話をする女子大学生。

 通話目的でない人もいた。急な夕立に雨宿りをする人や、寝る場所を求めてこの電話ボックスに来る人達。

 公衆電話はそんな人間たちが大好きだった。

 優しくて厳しく、暖かくて冷たい、そして賢くて愚かな人間たち。そんな人間たちを公衆電話はとても愛おしいと思った。


 しかし時代の流れと共に、公衆電話のもとを訪れる人間は徐々に徐々に減っていった。携帯電話やスマートフォンが世の中に広まり、人々はわざわざ公衆電話へと行く必要が無くなってしまったのだ。

 公衆電話の仲間達もまた同様であった。周囲に大勢いた仲間達も、人間たちに必要とされなくなり、ひとつ、またひとつと姿を消していった。

 今ではこの辺りにある公衆電話は、この公園にある公衆電話だけになっていた。


 あれから何年経ったのだろう……。

 公衆電話は思う。その身体は既に錆びだらけで、彼を覆う電話ボックスも、窓ガラスは割れて、壁もひしゃげて、歪な形となっていた。

 最後に公衆電話の所に来た人物の事が脳裏に浮かぶ。

「くそっ! この電話もダメだ、繋がらない! ……この国は、この星は、本当にもう終わりなのか!? うっ……」

 そう言った後、男は苦しそう呻いてその場に倒れた。そしてそのまま動かなくなった。

 それを最後に、公衆電話は人間たちを見かけていない。


 あれから何年経ったのだろう……。

 公衆電話は再び思う。

 優しくて厳しく、暖かくて冷たい、そして賢くて愚かな人間たち。そんな人間たちを公衆電話はとても愛おしいと思った。


『僕はそんな君たちに、また会いたい……』


 寂れた小さな公園の片隅に、とてもとても古い公衆電話があった。

 その公衆電話は今でも人々が訪れてくれることを待っていると言う。

 ずっとずっと……。

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