古今東西

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。

 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんも山へ柴刈りに行くことにしました。


「……えっ!? ちょ、ちょっ、まっ! ば、ばあさん! 山へ柴刈りって、え、そーなの?! ワシ、聞いてないよ?! ばあさんは川へ洗濯に行くのがセオリーっちゅーもんじゃろうが!?」

「……わたしもたまには山に柴刈りに行きたい気分なんですよ」

 ばあさんはしれっと言った。

 突然のばあさんの気まぐれに、じいさんは内心の動揺を隠すのに必死であった。

 実はこのじいさん、あろう事か、最近山で知り合った若い娘と良い仲になっていた。柴刈りと称してはここ最近毎日の様に山に通い、その娘と乳繰り合っている次第だった。

 そして今日も、その娘と山で落ち合い、ふたりだけの甘い秘め事を行う予定だったのである。

 若い娘と密会している所で、ばあさんと鉢合わせしようものなら、地獄を見ることは必至であると思ったじいさんは、なんとかしてばあさんを川へ洗濯に行かせようとする。

 ちなみに平均寿命が現代とは比べ物にならない程低いこの時代、じいさん、ばあさんと言ってもまだ40歳程度であり、情欲はまだまだお盛んな世代なのである。

「いやいや、昨日締めたワシのふんどしにホレ、黄や茶の染みがそこかしこに付いておる。早く洗わんと染みが取れなくなってしまう! 早よ、洗濯してきてくれい!」

「そんなのわたしだって洗うのはイヤですよ。自分で洗えばよいじゃないですか」

「そんなこと言わずにだなぁ……」

「あら、ずいぶんとわたしが一緒に行くのを嫌がるのですね? 何か見られたくないものでもあるのかしら?」

「ばっ! おまっ! そ、そ、そんなわけ、ある訳無かろうがぁ……」

「じゃ、いいですね」

「……ぐ、ぐぬぅ……」

 そう言うばあさんに、じいさんは二の句を告げなくなる。

 実は、ばあさんはじいさんの浮気に薄々感づいていた。

 最近、じいさんが持ち帰ってくる柴の量がやけに少ないと思っていたところ、じいさんは少ない頭髪をやたら気にし始めたり、急に筋トレなどをし始めたりした。決め手となったのは、じいさんの直垂(ひたたれ)に女性の頬紅と思われる跡がいくつも付いていたのだ。

 今日こそは決定的な証拠をつかんでやろうと、ばあさんは鼻息荒く意気込んでいたのだった。

「……それじゃ、行きましょ、お・じ・い・さ・ん!」

 ばあさんは目を見開きながらそう言うと、しょいかごを背負い、さっさと山へと向かい始めた。

「……マズイ」

 そう思うものの、じいさんは得体のしれないばあさんの迫力を前に、今はただ従うより他になかった。



「……そろそろ目的地かしら。ねぇ、おじいさん?」

 意味深な目で、ばあさんはちらりとじいさんを見やった。

 じいさんの顔は青ざめ、大量の汗をかいている。

『まずい、マズいぞ! このままでは鉢合わせじゃ! スマホとかあれば前もって連絡がつけられるが、んなもんこのご時世にあるわけないしぃ……。

 よし、こうなりゃ、仮病を使ってばあさんを一旦撒くとするか……。んで、別の道からおソノと合流するしかない!』

 おソノと言うのはじいさんの浮気相手の名前である。

 おソノとの合流地点はここからすでに四半里程(1km程度)しかなく、残された時間はあまりなかった。

 じいさんは、さっそく作戦を実行へと移した。

「アイタ、アイタタタタ……」

 じいさんは突然腹を抱えてその場にうずくまる。

「あら、どうしたんですか? おじいさん?」

「は、腹が急に痛くなってのぅ……。すまんがばあさん、ちょっとここで待っててくれんかのぅ。ワシはちょっとそこの草むらで用をたしてくる。……あたた、こりゃ、かなり痛いのぅ、きっと相当量なやつがワシの尻からヒリ出てくるぞ。

 ……だから、ばあさんは近づかないようにな。かなり臭いもキッツイじゃろうから、遠く離れて、決して近づくのではないぞ。……アイタタタタ。

 わかったな、ばあさん!? ゆめゆめ近づいてはならんぞ!」

 じいさんはばあさんに念を押すと、腹と尻に手を当てながら、そそくさと草むらの中に入っていった。

 そんなじいさんの下手くそな演技に、ばあさんはフンッと鼻を鳴らした。



「YES! イェーーーッス! まんまとばあさんを出し抜いてやったわいっ! ヒャッハーー!」

 じいさんは今、ましらのごとく山の中を疾走していた。

「一刻も早く、おソノと合流し、今日の逢引きは延期と伝えねば!」

 おソノとの合流地点を目指し、じいさんは走り続けた。

「……それにしても残念じゃのぅ……。今日のおソノとの逢瀬のために、昨晩スッポンを食い、マムシ酒を鯨飲したのにのぅ……。

 本来ならば、ワシのムーンスティックで、今日は何度もおソノをヒーリングエスカレーションさせていたはずじゃったのにのぅ……。

 くそぅ、ばあさんめぇ、月に代わってお仕置きもんじゃい」

 そうブツブツと呟いているうちに、じいさんはおソノとの合流地点に到着した。


 おソノはじいさんがやって来た事に気づくと顔を輝かした。

「来てくれたのね、辰吉さん!」

 おソノは、じいさんこと辰吉に駆け寄ると、そのまま辰吉に抱きついた。辰吉もおソノを抱きしめ、ふたりは何度も接吻を交わす。

「……おっと、こうしちゃいられねぇ!」

 このままおソノにのめり込みそうだった辰吉は、ギリギリの所で踏みとどまり、顔中口紅だらけになった顔で大真面目に言った。

「おソノ、すまん! 今日の逢瀬は延期とさせてくれい! 実はワシんとこのばあさんがここにやって来ちまうんだ!」

「えぇ!?」

 それを聞いたおソノは、悲しそうな顔をする。

「……ワシだって辛ぇんだよ、おソノ。でもわかってくれい。ばあさんにワシたちの事が知れたらただじゃ済まねぇ! ばあさんが本気出したら熊だって、いや、きっとガンダムだって敵いやしねぇ! ヤツは鬼だ! 現代に現れた鬼なんだよぅ!」

 辰吉は必死の形相を浮かべ、ガクガクと震えながらおソノを説得した。

 その時。

≪ベキベキベキベキッッ!!≫

 辰吉の背後から枝を折るような音が聞こえたと思うと、数秒後に重い音を立てて、巨木が数本倒れた。

「ダァーーレェーーガァァーーーー、鬼だってェェェェエエエエ?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」

「ひぃ!!」

 辰吉に抱きついていたおソノは不幸にも、修羅の形相となったばあさんに相対する形になった。ばあさんの顔を直視したおソノはその場で卒倒してしまった。

「な、な、なんで、こんな所に……。は、腹痛いから、待っててくれってて……」

 辰吉は恐る恐るばあさんの方に振り返った。憤怒の形相のばあさんが辰吉を睨めつけている。

「はんっ! この樹里庵様を出し抜けるとでも思ったのかいっ!? あんたがやる事なんて全部お見通しなんだよっ!」

 ばあさんはそう言って近くの樹木を殴りつけた。その木は幹の部分から真っ二つに折れて、轟音とともに倒れた。

 余談ではあるが、樹里庵(じゅりあん)と言う名前は、ばあさんの本名である。

「ひぃ! ちょっ、お、おま、そ、そんなキャラだっけ!? キャ、キャラが変わってるしぃ!」

「んな事どうでもいいんだよぅ!」

 ばあさんは再び拳を振りかざし、大木をなぎ倒してゆく。

「……あんた……、いったいここで、なぁーーーに、してたんだい?」

「べ、べつに! な、なにも!」

「顔のあちこちに紅つけて何言ってんだいっ!」

「ひぃぃぃ! スミマセン、スミマセン! もうしません! もうしません!」

「……信じられないねぇ……」

「ひぃ!!!! ほ、本当です! ほ、ほんの出来心でした! この者とも金輪際会いません!! だ、だから、お慈悲を!!」

 辰吉はその場でばあさんに向かって土下座をする。額は地に10cm程めり込んでいた。

 そんな辰吉を、ばあさんは冷たい目で見降ろす。

「……本当だろうねぇ?」

 「は、はいっ! 神様、仏様に誓って! ばあさん様に誓ってもう二度とこのような真似は!!」

「……………………………………………………………………………」

 ばあさんは何も言わず、額が地面にめり込んだ辰吉をただ見つめていた。

 ちなみに辰吉はこの時のばあさんの沈黙に、寿命を5年縮めたと後に述懐している。

 かの有名な「沈黙5年殺し」である。

「……本来なら……、ふたりともこの場で動物たちの餌にしてやってもいいんだけど……。あんたとはこれまで一緒に過ごして、多少なりとも情があるってもんだ……」

 辰吉の喉がゴクリと音を鳴らす。

「……だから、今回だけは許してやろうじゃないか」

「ありがとうございます! お代官様!!! ばあさん様!!!」

 ばあさんの言葉を聞くや否や、辰吉はさらに10cm程深く地に額をめり込ませた。

「但しっ!」

「ひぃ!?」

「……二度目は無いよ? わかってるね?」

「はいぃぃっ!」

「あんたはこれまでサボっていた分、死ぬほど真面目に働いて、稼いでくるんだよ! わかったねっ!?」

「は、ははぁ!!」

 辰吉は頭半分が地に埋まったまま、生き残れた喜びに涙するのであった。


 こうして、辰吉の不埒な悪行はばあさんに成敗されたのである。

 そして……。



 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりました。

 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に向かいました。


 おばあさんは川へ向かう途中、周囲を確認したかと思うと、突然、川とは違う方へと歩き始めます。

 おばあさんの向かったその先には、小さな1軒の家がありました。

 おばあさんはその家の扉を叩くと、人目を憚る様に中へと入っていきます。

「あぁ、樹里庵さん、来てくれたのですね」

 年の頃は20代くらいでしょうか。家の住人である男は嬉しそうにそう言って、おばあさんを家の中へと招き入れます。

「当たり前でしょ! ダーーーーリーーーン!」

 おばあさんは甘えた様に若者に抱き着くと、熱烈な接吻を何度もします。

 若い男の顔は、既におばあさんのキスマークでいっぱいです。

「僕も、樹里庵さんに会えてとても嬉しいです。……でも、旦那さんは我々の事に気づいてないでしょうか?」

 心配そうにそう言う若者に、おばあさんは言いました。

「心配しなくてもだいじょーぶ! この間、ダンナの弱みを握って、さんざん絞っておいたから! 今頃は汚名返上とばかりに脇目も振らず働いて稼いでくれてるわっ! ほほほ!」

 おばあさんはそう言って笑うと、再び若者に何度も何度も接吻をしました。


 そうして、おばあさんと若者は、いつまでもいつまでも、幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

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