はんぶんこ

「あい、はーんぶーんこー」

 暖かな陽気に誘われて、公園のベンチでひとり日向ぼっこをしていると、舌足らずな声をした小さな子供たちが、砂場で遊んでいる声が聞こえてきた。きっと泥か何かで作った料理を分け合っているのだろう。

「はんぶんこ……か」

 思わずに声に出して呟いていた自分に、私は少し驚いた。自分が思っている以上に堪えているのかもしれない。意味もなく私は遠くの空を見上げた。

 私には人生の全てを分かち合い、共に生きてきた妻がいた。めぐみ、それが彼女の名前だった。

 しかし、彼女はもういない。



 私とめぐみは学生時代に大学のサークル活動を通じて知り合った。

 めぐみに対する私の最初の印象は、やけにリアリストな女性だな、と言ったものであった。私は自分がどちらかと言うとロマンティストであると思っていたため、最初の頃はめぐみに苦手意識を持っていた。しかしこんな正反対の私達であったが、お互い不思議と馬が合い、次第に私はめぐみに惹かれていった。そして大学2年生になる頃には私達は付き合いを始めていた。

 私もめぐみも地方から上京組であったため、生活に余裕は決してなく、バイト代が入る数日前には食べるものにも苦労する有り様であった。そのため、私とめぐみがふたりで出かける場所も、たいていはお金のかからない近所の大きい公園だった。それでもデートらしく少しは工夫を凝らし、ふたりそれぞれが弁当を用意し、公園でレジャーシートを広げながら簡易ピクニックと洒落込んだ。お昼時にはお互いが作ってきた弁当を、半分ずつ分け合いながら食べるのがお約束となっていた。

 数年の付き合いを経て、私とめぐみはそのまま結婚をした。結婚をしてからも私とめぐみの「はんぶんこ」は続いた。仕事帰りに買ったお土産のケーキ、映画館のポップコーンもみんなふたりで分け合った。家事もめぐみだけにさせることは決してなく、分担を決めてふたり分け合ってこなしていた。子供達が産まれてからも、私とめぐみの「はんぶんこ」は何も変わらなかった。


 私達の子供達は既に成人し、彼らの人生を歩むために我が家から巣立って行った。

 そして今は若い時とは異なり、経済的にも少しゆとりが出来た。やっとこれからふたりで第2の人生を謳歌する、そのはずだった。


 これまで私とめぐみは、様々のものを分け合ってここまで生きてきた。それは、物質的なものだけでは決してなく、ふたりで本当に分け合ったのは精神的なものだったと私は思っている。

 今もあの時のめぐみの言葉が忘れられない。

「……じゃ、離婚の財産分与はこの金額でよろしく」

 そう言ってリアリストのめぐみは、きっちり財産をはんぶんこにした請求書を私に差し出したのだった。

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