03

 別れてから数時間が経った。休憩や場所の確認をしながら歩いた分、それほど長い距離を移動したわけではない。しかし、さすがに疲れてきていた。

 別れてからというもの、一度もウミナメモドキに襲われてはいないが、その前には何度か戦ったのだ。二人はルーチェ以上に疲れているはずだが、そんな様子は全くなく、時々、地図を確認しながら歩いている。


「……」

「……」

「……」


 誰も何も言わない時間が続く。ただ黙々と歩き、遅れないように時々早めに歩く。

 拓斗がいた時は、騒がしいくらいだった。別れてからすぐも、少しは話していた。なのに今は何も喋らない。


「……あの」


 声をそっと出した時だ。


「疲れた?」

「今日はもうどっかで休む?」


 二人は勢いよく振り返り、矢継ぎ早にルーチェに聞いた。そこまで聞かれたようやく分かった。和樹も木在も疲れていたのだが、一番年下のルーチェが疲れていないならと、やせ我慢していただけだ。

 その証拠に頷いたら、すぐに地図を取り出し、休めそうな元管理室のような場所を探し始めている。


「いやー歩きっぱなしは疲れるよなぁ」

「このまま今日は歩きっぱなしだったら、どうしようとか思ってた」

「それなら、休もうって言ってくれればよかったのに……」

「なんていうか、男のプライドってやつだ」


 元管理室だったそこは、真っ暗ないくつかのモニターの前にイス、後ろには詰めれば三人がなんとか寝られそうなスペースがある。

 また動くのは明日にしようと決めると、木在はイスに座る。


「今、どの辺なの?」


 和樹が床に座りながら聞けば、木在は地図を取り出し指を指した。先程いた場所からは結構進み、目的地も残り三分の一程度だ。


「結構、来てるんだ」

「まぁな。でも、まだ歩くし着く頃には夜だから、入れてくれるかわからない。なにより疲れた」


 もはや隠す気のない本音が漏れる木在に、和樹も苦笑を浮かべながら頷いた。本来、電車などを使えば、これほど時間は掛からないものを、また襲われる危険を減らすために道とは言えない道を歩いているのだ。時間はかかるし、体力もいる。


「今更だけどさ、ここってこれだけなの?」


 目的地の書かれたそこは、四角い区間と道が一本引かれただけの簡単な場所。


「まぁ、これだけなんじゃね?」


 さすがのルーチェも地下道などの道だけで、場所がわかるわけもなく、首をかしげたが、一つ頭に浮かんだ場所はあった。しかし、さすがにありえないとその予想を消した。


「誰かいてくれるとか、そういうのかね?」

「さぁ?」


 考えてみれば、いつ、どこで、どのようにして、ルーチェを引き渡すかなどは聞いていない。遼太が必要ないと判断したのだろうが、少しくらいは話しておいて欲しいものだ。

 サイリウムを光らせ、懐中電灯を消すと、辛うじて物が見える程度の明かりになる。今日はもう休もうと転がるものの、ルーチェはなかなか寝付けずにいた。


「皆さん、大丈夫でしょうか」

「心配しなくっても、大丈夫だって」

「そうそう。なんたって、向こうには頭脳明晰な遼太に、一騎当千の弥に」

「スターな拓斗がいるんだぜ? その三人でダメなら、五人でだってムリだよ」

「待て待て。それは、遠回しに俺たちが役たたずってことになってる」

「それはまずい。えっと……じゃあ、なんて言えばいいんだ?」


 ハテナを飛ばし出した二人に、ルーチェも慌てて三人は大丈夫だと、自分を安心させるように言えば、二人は頷いたものの、二人で長所を出し合い、役たたずではないことを互いに証明し始め合う。

 そんな二人の長所なのか短所なのかよくわからない話を聞きながら、いつの間にかルーチェは眠っていた。


「……でさ、遼太だけど、なんか変だよな」

「変だな」

「何か聞いてる?」

「聞いてない」

「そっか……」


 明らかにまだ何かを隠しているとは思うが、おそらくルーチェの前では話せないようなことなのだろう。それか、必要のないこと。どちらにしろ、わからないのなら手助けのしようもない。


「これから、めんどくさくなるだろうなぁ」


 ため息と一緒に漏れた言葉に、和樹も苦笑いで同意した。


***


 そして、囮役の三人はというと、拓斗が音を上げていた。


「何度目だよ!」

「九度目」

「苦しみの九ってな! 不吉だからあと一回こい」


 正確に答える弥に、遼太が笑うものの、その表情はやはり疲れている。ルーチェがいない分、守りは考えなくていいから楽になる。などと考えていたが、ルーチェがいた時は和樹がひとりで守りをしていたので、ルーチェのことなど考えて戦ってはいなかった。


「あとどれくらいあんの?」

「そうだなぁ……あと何時間か歩けば、研究所には着くけど、あっちにも合わせる必要があるし、明日の昼あた――」


 突然、何かを叩きつける音と共に目の前に弥が現れ、拓斗の足元には矢が刺さっていた。数瞬遅れて、足に刺さりそうになっていた矢に気がつくと、拓斗は飛び上がって驚く。


「な、なんだこりゃァ!?」

「矢」

「そりゃわかってるって!」


 騒ぐ拓斗の声は、その矢を射った相手にも届いていた。弓を構えながら、見えていないにも関わらず、ただこちらを見つめ、次に備えている能力者を見つめる。


「遼太が変なこと言うから!」

「人のせいにすんな」


 正直にいって、自分もはっきりと能力者が見えているわけではない。ただ既に使われなくなった場所にいる能力者を拘束せよという依頼を受け、その上で赤い鎧の明らかに能力者が見え、それを射っただけだった。


「あらら……意外に反応がいいのがいるね」


 殺気で気がついたのか、それとも単純に見てから反応したのか。どちらにしろ、完全な不意をついた初撃を防がれたのだ。次を射ったところで防がれるのは目に見えている。横目にリーダーを見れば、頷き走り出した。その背中に翼が現れる。

 暗闇を飛ぶ何かに目を凝らす遼太と弥に、首をかしげる拓斗。


「なぁ……あいつらって」


 拓斗の言葉は、隣から水のように溢れてきたウミナメモドキによって遮られた。


「またかよ!?」

「記念すべき十回目だからって、サービス旺盛だな! 弥、拓斗、ウミナメモドキの動き止めといてくれ!」

「わかった」

「それから、すぐ逃げる用意も!」


 いくら暗闇で見えなくても、ある程度近づけば姿は見える。しかも、それがよく知った姿ならばなおさらだ。


「リョウ!?」

「ノブ?」


 幼馴染の遠内伸元とおないのぶちかだった。伸元は構えた武器で飛びかかってくるウミナメモドキを切り払うと、床に足をつけた。


「こいつらは、あの時の? それに、なんでリョウがここに?」

「モドキだ! つーか、それはこっちのセリフだ」

「俺たちは任務だ。地下道で暴れまわってる能力者がいるというから、拘束してくれっていうな。怪人と交戦中なら、そうだと報告するのが義務だろう」

「それは後でやる! つーか、今は極秘任務中だから、報告も禁止なんだよ! 察しろ! アホ!」


 能力者は怪人と戦闘になれば、報告するのが義務だ。だが、例外としてその報告よりも急務であることや、秘匿する必要がある事柄を遂行中につき、その報告は全てが済んだ後に報告する。

 伸元は弥の前にいたウミナメモドキを切ると、後ろで控えている仲間に連絡を入れる。


「こいつらの掃討が任務じゃないんだな?」

「あぁ」

「なら、ここは俺たちが引き受ける。早くいけ」

「あ、やっぱり、一位の奴じゃん!」


 同じ世代で、自分たちとは天と地ほどの貢献度の差をつけて一位を取った伸元たちに、手を挙げて声をかければ、一瞥だけされた。何も言葉を返してはくれない。


「拓斗。行くよ」

「番長にかっこいい事言わせるだけ言わせて、放置でいいのかー! 弥!」

「私たちがやることは別のこと」


 代わりに戦ってくれるというのなら、任せてしまっていい。拓斗は文句を言いながらも、そこは伸元に任せ、弥と遼太を追う。


***


「それで、その能力者たちを拘束しなかったと?」


 小人内は頬をひきつらせながら、伸元に聞いていた。


「報告通りです。地下道で暴れていた能力者は、怪人との戦闘が原因であり、その報告が遅れたのは極秘任務中だったからです。怪人については、あの場にいたものは殲滅しました」


 眉ひとつ動かさず、淡々と答えれば、目の前のテーブルが大きな音を立てて叩かれる。


「私は拘束しろと言ったんだ! 怪人を倒せとは言っていない!」

「任務は優先しますが、怪人を放置し、能力者の拘束を優先はできません。それに、あの時、怪人出現の警報が出ていませんでした。非常に危険な状況だと思いますが」

「そんなこと、お前らが考えるようなことでは――」

「あらら……でも、暴れていたっていうくらいなんですから、怪人は何度か彼らと戦ったということになるのですが、市民の安全を考えるなら、まずはあの地下道をしっかり調べるべきではないでしょうか?」

「う゛……そ、そうだな。私から、それは進言しておこう」


 小人内が部屋から出ていくと、伸元は小さくため息を吐き出した。しかし、誰も何かをしゃべるというわけではなく、四人もいるというのに誰一人として、声を発しない。


「奴らとは大違いじゃな」


 突然降ってきた声に、全員が声のする方へ目を向ければ、いつの間にか長老が立っていた。


「奴らはほっとけば騒がしいというのに、ふむ……」

「誰だ?」

「わしのことは長老とでも呼んでくれ」

「何をふざけたことを」


 一人が武器を取り出したところで、伸元がそれを止めた。


「長老でもなんでもいい。日向たちのことを知ってるんだな」


 その言葉に、長老はただ静かに笑っただけだった。


***


 着いた場所はただただ広い場所だった。建設途中とも見えるそこは、床はしっかりと舗装され、車も通れそうだった。目的地はここのはずだ。木在が辺りを見渡すが、何もない。


「なにもない……」

「ん? 人の声」


 和樹が走り出し、ルーチェと木在もついていけば、確かにまだ稼働している電子ロックの扉があった。そして、監視カメラも。慌てて、ルーチェをローブで隠し、前を走る和樹の様子を見る。


「でも、ここが目的地だよなぁ……ルーチェ、知ってる?」

「いえ、初めて来ました」


 和樹は扉の前で、いろいろ見ているが開かないらしい。


「チャイム押してみる?」

「あんの?」

「ない」

「無いなら聞かないでください!」


 緊張感のない和樹に怒れば、その扉は突然開いた。そして、勢いよく出てきた人に肩をつかまれ、前後に振られた。


「能力者の方ですね!? ルーチェは!?」


 突然のことに和樹が混乱し、返事を返せないでいると、聞き覚えのある声にルーチェが木在の後ろから顔を出す。


「ママ!!」

「ルーチェ!」


 抱きしめ合う二人に、和樹と木在はまだ少し状況が飲み込みきれていなかったが、ルーチェと母親が会えたことに安心していた。


「あ、ルーチェってハーフ?」

「え? あ、はい」

「今聞く? それ」

「ってことは、お父さん似だな」


 木在の質問に、その場にいた全員が苦笑いになる。確かにルーチェの母親は、まさに帝国の人と言う顔で、パッと見では外国人のルーチェとは印象が違う。しかし、似ていると言えば、雰囲気は似ていた。

 一人何かに納得している木在を不思議そうに見つめる中、ルーチェの母親は立ち上がり、二人に礼を言うと中に招き入れた。


「ママ、ここって」

「研究機関の特別区よ。もし、危険なことがあった場合、すぐに逃げられるように一旦、ここに避難するの」


 帝国の首都近くには、海岸が一部えぐれた湾がある。その湾のおかげで、外国からの物資などを運び込むことができ、帝国の流通の中心地となることができた。しかし、人口が増えるにつれて、港だけでは物資の保管などの土地も足りなくなり、湾内に貿易港を作られた。そこを一度経由し、物資が船によって運び込まれるのだが、帝国でも一部のものしか知らない海の中に作られた道路により、物資が運び込まれることもある。

 それは、秘密裏に行われる会合や、軍事的な目的に使われることもあり、極秘事項となっていた。なんでも、ここはその道路の近くの、貿易港を作った際に、避難を目的に付け加えられた場所だそうだ。


「ってことは、本当にここ海の下なんだ……」


 地図を見た時、なんとなく思ってはいたが、まさか海の下にいくとは思っておらず、ありえないとその考えを消したが、どうやら当たっていたらしい。和樹も純粋に海の下ということに驚いていたが、木在だけは首をかしげた。


「避難って、何かあったんですか?」


 その疑問は最もだったが、母親は驚いたように木在を見つめ返した。


「聞いて、いらっしゃらないんですか?」

「えっと……」

「たぶん」


 頷く二人に、困ったように眉を下げると、ようやくそれを口にした。


「研究機関は現在、数人の人質と共に帝国に乗っ取られています」

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