02

 ルーチェの依頼を受けた翌日のこと、六人はまだヴェーベにいた。昨晩、拓斗が意気込んだところまではよかったが、帝国本土に行くための手続きや、荷物、船の手配も済んでないのだから、すぐに出られるはずもなかった。

 遼太は本土に行くための手続きを、拓斗は帝国まで行く船に乗せてもらえないか交渉に、和樹と木在は荷物をまとめていた。そして、弥は、ルーチェと共に買い物に出かけていた。


『ルーチェが、帝国でどういう立場にいるのかわからねぇ。狙われているのだとしたら、顔を隠せるような何かを用意しておく必要がある』


 そう言われ、買い物にきていた。案としては、帽子。ついてくるのは誰でもよかったのだが、やはり女の子の買い物に、男がついていくのはどうかと思うという理由で、弥になった。


「あ、あの……本当に良かったんですか? 依頼、受けて」


 自分でも、危険だということは分かっているのだろう。ルーチェがうつむきがちに聞けば、弥はなんてこともないように頷いた。


「やりたいことをやるのが、拓斗たちだから」


 繋いだ手が、少しだけ強く握られ、弥が不思議そうにルーチェを見れば、不安そうな顔をしていた。


「……」

「へ? う、うわぁ!?」


 突然、繋いだ手を大きく振られ、転びそうになるが、どうにか踏みとどまり、弥を見上げれば、少しだけ柔らかい表情をしていた。


「大丈夫。怖くない」


 手を握り返しながら、店に入れば、昨日見た顔がいた。


「あ……えっと」

「ハクサイ」

「誰がハクサイですか! し・ろ・なです!」


 白菜しろなという漢字を初めて見たときに、拓斗たち全員が“はくさい”と読んでしまった時から、必ず一回は間違えるのが、お約束となってしまった。


「だいたい、あんなに意気込んで帰っていったのに、まだ島にいたんですか?」

「手続きとかしてなかったから」


 手続きすらとってないのに、昨日アレだけはしゃいでいたのかと思うと、呆れる以外にないが、弥はそんな白菜の様子は気にせずに帽子をルーチェに被せていた。


「それで、先輩はのんきに買い物ですか」

「ルーチェが狙われてる場合の対策」

「へぇ……それくらいは考えてるんだ」


 考えなしと思っていたが、少しは考えているらしいことに、安心して二人の様子を見ていたが、徐々に頬を膨らませ始めた。


「二人揃って、なにダサいのばっかり選んでるの!!」

「?」

「つばが広ければ顔は見えないけど、女の子がそんな帽子かぶってるわけないでしょ!」


 長すぎるつばの帽子は年とはかけ離れていて、逆に違和感があった。かといって、野球帽のようなキャップでは、今、ルーチェが来ている服装と合っていない。


「もう私が選びます!!」


 そう言うと、白菜は色の濃いキャスケットを取ると、ルーチェに被せた。そして、一度それを外すと、ゴムを取り出しルーチェの金髪を束ねると、その帽子にいれながらもう一度かぶせた。


「それから……」


 白菜はルーチェの手をつかむと、店の奥の小物売り場に向かい、いくつかバッチを手に取ると合わせていった。いくつか合わせたあと、


「これとこれだと、どっちがいい?」


 鳥が描かれたものと、ハートが描かれたものを見せられ、悩んだあと、ハートの方を指させば、白菜は鳥を戻し、小さな星のバッチを手に取り、二つのバッチを帽子に一度合わせる。


「うん。これでよしっ」

「決まった?」


 帽子とバッチを受け取り、レジに向かう弥について行こうとするルーチェを捕まえると、もう一度こちらに向かせた。そして、小さなホイッスルをルーチェの首にかけた。


「本当に大変なことがあったら、それを吹きなさい。あ、でも、絶対、あいつらのために吹いちゃダメだからね!」

「え……あの」

「絶対! 絶対だから! そう! お守り、お守りよ。自分が襲われそうだったりしたら吹くの。わかった?」

「は、はい……」


 その白菜の迫力に押され、頷けばようやく安心したように笑った。


***


 その頃、中央管理局では、遼太が全員の帝国本土に行くための手続きを取っていた。五人分を合わせればそれなりの枚数の書類がある。ようやく書き終わり、一息ついてると知り合いが、ちょうど依頼の報告をしているところだった。


「リョウ? めずらしいな。月末じゃないのに、ここにいるなんて」

「たまには早めに、ノルマ達成しようと思ってな」


 同期のランクトップのA級能力者のリーダーであり、遼太の幼馴染でもある、遠内伸元とおないのぶちか。飛行能力を持ち、本人は嫌がっているが“空番長”の異名を持つ。もちろん、考えたのは拓斗だ。


「お前のところは、相変わらず忙しいな」

「言っておくが、お前のとこが異様に気楽なだけだ」

「そうはいっても、さっき出してたの、帰還届けだろ? 帝国とヴェーベ行き来してんの? 大変だねーランクトップの特A級は」


 特A級とは、教育機関での貢献度がトップだったチームまたは、その後、能力者としての働きによって認められたA級能力者に付けられる、A級の上の存在だ。帝国本土での仕事も基本的には、特A級能力者が行うことが多い。

 遼太はニヒルに笑い、近づくと手を差し出した。


「お土産とかねぇの?」

「ない」

「なんだよぉ……連れねぇな。幼馴染だってのに」

「俺は仕事だ。そんなもの買ってくるわけないだろ」

「ビルが立ち並びすぎて、お土産屋さんわからなかったっていうなら、まぁ、仕方ない」

「どこをどう取ればそうなるんだ。だいたい、帝国本土といっても、ここと風景はそう変わらない」


 見たこともないからか、帝国本土はこちらよりも技術が発達し、車も空を飛ぶのではないかと言われている。しかし、実際のところ、本土で作られた技術は、同じ帝国であるヴェーベにももちろん伝わっており、島に必要であれば十分使われているため、そう大きな差はない。


「お前もいい加減、まともな能力者を目指したらどうだ? 卒業後まであいつらと一緒にいては宝の持ち腐れだ」


 真剣な視線に遼太はしばらく目を瞬かせると、突然笑い出した。


「俺が宝ってか? うっわ……これほどいらない宝はねぇだろ」


 明らかに眉をひそめた幼馴染を気にすることなく、背中を叩きながら大笑いした遼太は、笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、伸元の肩を叩く。


「いやー笑った。笑った。特A級能力者様は笑いのセンスも人一倍だな!」

「日向遼太様。第三待合室まで至急いらしてください」

「またトラブルか?」


 伸元に手短にあいさつを済ませると、遼太は待合室に向かった。そこにいたのは、見たことのないスーツの男だった。


「これはまた……連合諸国統制研究機関の人ですかね?」

「はい。そうです。現在は、ヴェーベで共同研究の補佐として派遣されています。本日は、局長はここには来られないため、代わりに私が。この度は依頼を受けていただき、誠に感謝いたします」

「いえ。昨日、そちらのご息女からお話は伺いましたが……単刀直入に聞きます。帝国から狙われているのですか?」


 遼太の質問に男は、悩んだあと頷いた。


「ですが、正確に帝国から、というわけではありません。秘密裏に怪人の人工生成を行なっている人物がいるらしく、秘密裏とはいえ、怪人の人工生成を隠し通すにはそれなりの財力、権力を持っていると考えられています」


 帝国が怪人を兵器として作ろうとしているのではなく、まだ実験段階ということだ。力をこれ以上持つ前に止めたいというのが、研究機関の目的なのだろう。


「そのため、ルーチェとメモリ、そしてコレを、機関に届けてください」


 そう言って置かれたのは、フィルムケースのようなそれ。頑丈に閉められ、外から中をうかがい知ることはできない。中に何かは入っているらしいが、液体ではなさそうなのはわかるが、はっきりとはわからない。


「多少の衝撃は平気です。それから、機関への地図をお渡ししておきます」

「どれかを捨てる状況になれば、優先はどれが上です?」

「……ルーチェを、必ず」


 そして、男はもう一度辺りを確認すると、依頼について詳しく語り始めた。


***


 家では、木在と和樹が既に荷造りを終えていた。


「最低限でいいって言われても、なかなか難しいな」

「最悪、捨てるって話だもんな」


 戦いとなれば、荷物はどこかにおいておく必要があるし、置いた場所が怪人に襲われたり、盗まれたりしたりする可能性もある。向こうに、人が住んでいないわけではないのだから、金さえあれば買い足しもできるということで、最低限しか帝国本土にはもっていかないのが普通だ。


「みなさん、遅いですね」

「遼太は仕方ないだろ。手続きとか大変そうだし」

「ま、そこはリーダーだからな」

「え゛……」


 リーダーという言葉に、ルーチェが驚いて和樹を見れば、和樹も木在もおかしそうに笑い出した。


「あーそっかそっか。ルーチェちゃんはヴェーベ出身じゃないから、わからないか」

「確かに、雰囲気だけだと拓斗だよな」

「違うんですか?」

「ヴェーベの能力者は、基本的にチームを作るんだけど、卒業さえすればどこで誰とチーム組んでも構わないんだけど、リーダーだけは決まり事があって、全能力者ランクのランキングで、メンバーの中で一番上のやつがなるんだ」


 この五人の中では、遼太が一番、木在が二番、弥が三番、ここから大差が付き、拓斗、和樹と続く。実践だけでなく、学力も合わせてランキングに反映されるため、この五人では遼太が上なのだ。同じ理由で、拓斗と和樹も圧倒的に下ではあるが。


「ルーチェちゃんも、もうすぐ家に帰れるから楽しみだろー? お土産とか買っていかなくていい?」


 任務ということを覚えているのか、不安になりつつも、大丈夫だと答えれば、和樹は安心したように頷く。


「さて、ここで問題です。ルーチェのお家はどこでしょう?」

「………………だって、弥」


 わからなかったらしい和樹が、後ろで食器を洗っていた弥にそのまま問題を送る。


「最初は“れ”、最後は“ん”」

「最後は“じょ”じゃないか? まぁ、別に最後が研究所でも研究機関でもどっちでもいいけど。その前が合ってれば」


 向けられた視線に、表情を歪ませながら頭を悩ませている和樹に、救世主が帰ってきた。


「たっだいまーー!! お、荷造り終わってんじゃん」


 拓斗が勢いよくリビング入ってきた。


「拓斗ーー!!」

「ウォッ!? なんだなんだ?」


 先程の木在の問題を出してみれば、即答された。


「レンコン」

「え゛……」


 ルーチェの眉が思いっきりひそめられたが、問題を出した木在はというと、少し考えた後、「正解」といった。


「一応、れんこんって入ってるし」

「まぁまぁ、俺様がすばらしいことは産まれる前からわかってたわけだし、そんなことより、これ食おうぜ」


 差し出されたタッパー。なんでも、船はすぐに交渉ができたらしいが、なぜかそこで船長たちと意気投合し、先程まで語り合っていたらしい。ついでに、土産として海の幸と干物を焼いたものを渡されたという。

 相変わらずの拓斗の人とすぐ仲良くなるスキルには、全員、驚くしかない。まだほんのりと温かいそれを皿に移し、つまんでいると、拓斗が堂々と荷物の隣にギターを置いていた。


「……拓斗。まさかとは思うけど」

「ん? 持ってくだろ?」

「持ってかねェよ!」


 だが、止めても止まらないのはいつものことで、最後に帰ってきた遼太すら必要な時以外弾かない、捨てる時は諦めるというのを誓わせた上で許可した。


 翌日、海辺に意気投合した拓斗と船長のおっさんがいた。ほかの客まで若干引いているほど、仲がいい。


「よっしゃ、帝国本土まで出発だ! 兄ちゃん!」

「おゥよッ! おやっさん!!」

「拓斗ってほんとすごいよなぁ……」


 感心しながら乗り込む和樹も、すぐに船に乗り込み意気投合している。


「コラーほかの人の迷惑にならないように騒ぎなさーい」


 一応、他の人がいる手前、注意する木在だが、あまり効果はない。


「みなさん、元気、ですね……」


 まるでこれから遠足に行く子供のようだ。


「それだけが取り柄」

「だけっていってやるなよ。違いねぇが」


 それに、とルーチェの背中を軽く叩くと、遼太は笑いながら、


「何事も楽しまきゃ損だろ。お前もいつまでも固くなってないで、もっとリラックスしねぇと。これからあのアホ共としばらく付き合うんだ。もたねぇぞ」


 そういって、船に乗り込んだ。


「大丈夫。ちゃんと、ルーチェのことは守る」


 弥の差し出す手を取り、ルーチェも船に乗り込んだ。


***


「船は出航したそうですよ。無事にいけば、明日の昼前に本土に着くはずです」


 病室で蒼哉がそういうと、ベッドに座った男、ルシファエラは、深く息をついた。


「不安ですか?」

「君たちは、不安じゃないのか?」

「いいえ」

「全く」


 間髪いれず即答した蒼哉と赤哉に驚いていれば、赤哉が笑いながら語りだす。


「あの人たちは、やると言ったらどんなことでもやり遂げるんです。伝説のトリプルスコアだって、普通に考えれば無理だったはずなのに、やってのけた」

「いや、あれは褒められたことではないけどな……?」

「でも、あの人たちが楽しそう、おもしろそうっていって、やり出したことは必ず達成させます。だから、今回も大丈夫です」


 ルーチェの話を聞いた時、全員が楽しそうだと頷いた。ただそれだけで、二人にとって確信をもって信じることができる。


「そうか……なら、私も信じよう」


 ルシファエラもそう言って、微笑んだ。

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