05
大方の怪人は、凍結・拘束もしくは倒した。あとは、遊楽施設に運び、少しずつ処理をしていけばいい。
大仕事にようやく目処が立ち、遼太は息をつくと、怜子がその様子に微笑んだ。
「終わりそう?」
「なんとか……あーマジ、辛ェ……」
遼太が適当な場所に腰を下ろすと、怜子は少しだけ不安そうに眉を下げる。
「これを起こしたのは、本土の人間なのよね? ……どうなるの?
事件について知っていれば知っているほど、不安になるそれ。もし、帝国が能力者を用済みとして、葬るために新種の怪人たちを送り込んできたなら、例えこの場をしのいだとしても、能力者に生きる宛も存在する理由も全てが無くなる。
「どうなるって……別にどうもねぇよ」
遼太はただ空を見上げ、続けた。
「やることはやった。あとは、判定待ち」
不安気な元担任の顔を、自分の膝に肘をつきながら見上げる。
「もっとしっかりしてくれよ。先生」
「……遼太君たちに、先生って呼ばれること以上に不安なことはないわね」
「ひっでぇ」と笑う生徒に、怜子も釣られて微笑んだ。
***
銃口を向けられた大臣は、苦々しそうな表情を浮かべ、隣で涼し気な表情をしている長老を睨みつけていた。
「裏切ったのか。貴様」
今まさに、人工的に作られた怪人の製造への加担の証拠を、帝国軍に調べられているところだった。
「まさか。わしは帝国に利するため以外には働かぬよ」
「こんなことをすれば、帝国に力も信用も落ちることがわからないのか!」
「最近、耳が遠くなってのぉ……困ったもんじゃ」
軽く耳を叩いている長老に、大臣は怒鳴りつけたくなるが、頭に押し付けられる銃に押し黙るしかない。
やがて出てきた軍人は、証拠となる書類を手に大臣の前にやって来た。
「怪人の製造および連合諸国統制研究機関への襲撃、帝国への反逆行為。まだ余罪は出てきそうだが、この罪は重いぞ」
「ま、待て! 反逆なんてものするわけがない! これは新たな可能性だ! 襲撃のこともあのヴェーベの
「彼らは無実です」
今まで蒼哉を筆頭に、ルシファエラを拘束し、連合諸国統制研究機関の技術を盗み、帝国へ反旗を翻そうとしていたのは、能力者だとさせていたはずだ。だが、気が付けば全てひっくり返り、反逆者は自分になっている。
長老を横目に確認すれば、まるで自分は関わっていなかったかのように、ただ静かに諜報機関としての役目を果たしていた。
「違うッ!! 話を聞け!」
小人内が椅子から転げ落ち、尻餅をついたまま叫ぶ。
「ほぉ……何が違うんですかねぇ? 博士」
剣を肩に担ぎながら、見下ろす将軍は、わざとらしく顔をガラス張りの実験室の方へ向けた。そこには、まさに作られている最中の新種の怪人がいた。
「じゃあ、アレは新手の食べ物か何かですかね?」
「そ、それは……」
「仮にそうだとしても、いくら食糧難の国でも、怪人食いたいとは思わないでしょ」
「帝国本土での怪人を使用しての実験は申請が必要です。確認しましたが、申請もしていないようですね」
微笑む女に、小人内は肩を落とすしかなかった。
すべての機材、怪人が証拠として運びされる中、連れて行かれる研究員や小人内を複雑な表情で見つめる和樹の父。
「後悔、していますか? 後藤博士」
「……いえ。いずれはバレることです。ですが、また止められなかったのかと思うと」
「また?」
自身の研究を続けるため、上司や権力には媚び続けなければいけなかった。例え、実の息子に寂しい思いをさせることになっても、親失格となってでも、自分勝手だと罵られても、研究を続けたかった。
その気持ちは、自分にもよくわかる。それが、今回は違法であった。それだけが違った。
違う。許されないことをしたというのに、自分たちだけは許された。許してもらった。その彼への贖罪かもしれない。
「ありがとうございました。あんな、突拍子もないことを信じていただいて」
将軍たちに深々と頭を下げる後藤博士に、将軍は困ったように笑った。
「いやなに、この間、若い奴にちょっと教えられましてね」
例え、自分が不利になろうと、大事な何かは絶対に守り通す。かつて自分も持っていたはずの、既に忘れてしまっていたその思い。
「まだまだ若い奴には負けらんないからなぁ」
「歳、考えたら?」
「うるせぇ」
将軍たちの話が、少し彼らに似ていて、父は表情を緩めた。もうここからは怪人が発生することはない。あと自分にできることは、ただ息子たちの無事を祈ることだけだった。
***
遼太と弥に連絡が入ったのは、ほぼ同時だった。
「そのクリオネは見分けつくか!?」
見分けさえつけば、二人の持っているワクチンでクリオネを倒し、救出することも可能だ。
「さっき、器用に拓斗食ったから、傷以外見分けつかない!!」
けん玉の玉を皿に乗せるように、鎖をつかんでいた拓斗を口の中に放り込んだおかげで、傷以外の見分けをつけるポイントがなかった。
「アホ! 傷なんて、あいつら即行治るじゃねぇか! 追跡は!?」
「相手、飛んでるのォ!」
地上しか走れない、しかも機動力が他よりも遅い和樹と桃太では、追いつくこともできず、徐々に離され、もはや見分けがつかない。
このまま見つからなければ、中にいる二人ごと冷凍することにもなりかねない。そうなれば、拓斗とルーチェが助かる見込みはない。焼却などもっての外だ。
一匹一匹腹を裂く。ルーチェのことを加味した上で、他の能力者に協力が得られる可能性が低過ぎる。
「弥。残ったやつ、一気に仕留めるとかできるか?」
無茶であることは分かっているが、それが一番可能性がある。だが、返事は芳しくない。
「ウミナメ」
「マジかよ」
このタイミングで、凍結、焼却が難しいウミナメが北東地区に現れてしまった。どうにか、能力者を向かわせて対処するにも、残りのクリオネを一箇所に集めるための能力者も必要だ。人数が圧倒的に足りない。
弥がウミナメの位置を確認しながら、そっと振り返れば、蒼哉と赤哉のワイヤーに捕らえられたミジンコやクリオネが、逃げ出そうともがき続けている。二人の表情を見る限り、限界も近い。本来なら、ここで最後の付加結晶を使うのが最もいいはずだ。だが、それでは拓斗たちを助けることが圧倒的に難しくなる。
どちらを取るか、弥が計りかねている時、
「ルーチェちゃんの場所なら、わかるかもしれません!」
白菜の言葉に、遼太は目を見開くが、その瞬間、方法も聞いていないにもかかわらず、弥に通信を飛ばす。
「弥はウミナメ含めて、その辺にいる怪人倒したら合流! 腹かっさばいてでも助けんぞ!」
通信に、全員からのそれぞれの了承の声が響く。
***
静かだった。静かになればなるほど、怖くなり、自然と鎧をつかむ手に力が入る。
「俺、何かに食われるって初めてだ」
「そんなの誰でも初めてです」
世間話のような会話。でも、痛みを我慢しているのは、薄暗いこの空間でもなんとなく感じた。仮面の下の笑みが少しこわばっているし、足の小さな震えが伝わってきている。視界に映る、帽子に付けられたハートと星の缶バッチが今にも沈みそうだ。
身近に迫る死の恐怖。ただ無力に、誰かを信じて待つしかできない恐怖。それは、つい数ヶ月前にも体験していた。
また、自分のせいで……
「いやだ……」
「ルーチェ?」
不思議そうに声をかける拓斗の言葉に返すことはなく、ルーチェは辺りを見渡す。
自分はヒーローにはなれないかもしれない。それでも、二度も同じことを繰り返したくない。自分にできること、守ってくれた人を助ける、どちらも助かる方法を探す。
それは諦めちゃいけない。
「さっきよりも、なんだか色々見える気がする……」
気の持ちようなのだろうか、先程はほとんど何も見えなかった、胃の中の様子がはっきり見える。
「それ、たぶん俺の能力じゃね?」
拓斗の能力の一つに、闇の中だろうと昼間と同じように見えるというものがある。そのおかげで、小人内の研究所が停電しても迷わず走ることができた。隠れる能力同様、この能力まで、接触によって他人も使えるようになることは知らなかったが、今回は功を奏した。
視線を巡らせてみれば、壁からは絶え間なく液体が溢れ出て、中にあるモノを溶かそうとしている。
「……アレ?」
だが、不思議なことに胃液の水位が上がっている様子は全くない。消化を終えたモノから、次の臓器へ移動するために一緒に胃液も流れていっているのかとも思ったが、そんな様子もない。
ふと振り返ってみれば、そこには大きく切り裂かれた場所があった。拓斗がクリオネを追うために、ブーメランを貫通させた場所だ。先程まで、鎖が胃を貫通していたが、傷は塞がると同時にちぎれて、切れていた。しかし、その場所だけは塞がれず、そこから絶え間なくうっすらと赤く濁った胃液が、別の場所へ流れ出ている。
「拓斗さん!」
「は、はい!!」
突然の大声に、拓斗も目を白黒させながらルーチェを見れば、嬉しそうでもあるが、まだ迷いがあるような、だが、どこか決意したそんな表情をしていた。
「できるかどうかわからないけど……」
ルーチェは、不安を振り払うように顔を横に振ると、言葉を続ける。
「この怪人を倒すのを、お願い、できませんか?」
視界の隅で、星が胃液の中に沈み、消えた。
「頼まれた!」
長い沈黙が訪れることは、なかった。言葉にした瞬間、容赦なく撫でられる頭と降ってくる言葉。
「なにすりゃいい?」
いつもと変わらない、全てを信じてくれる、仲間の証。
「武器はまだありますか?」
拓斗に残っていたのは、小刀だけ。ルーチェはそれを受け取ると、腕についた傷から流れている血をその小刀につける。
「元々、ワクチンは私の血から精製したんだから、血そのものにもその効果はある」
どれだけつければその効果が得られるかはわからない。だが、少し流れ出た程度の血液でも、切り傷が塞がらないのだから、それほど量はいらないのかもしれない。確証もないことだが、拓斗はできると信じていた。
ルーチェから受け取った小刀で、壁を二人がやっと通れる程に切り裂くと、無理やり体をねじ込み、胃の外へ出る。暗闇の中にぽっかりと浮かぶ、核。
「ラッキー! いくぜ! ルーチェ!」
「はいっ!」
離れないようにしっかりと鎧を掴む。拓斗は核の上へと跳ぶと、小刀を突き刺した。
「ルーチェ、目ェ潰れ!」
目を閉じてもわかる程の光と、雷のような音が轟いた。
***
「四柳、後藤が病院で、湊は最初の襲撃時にひとつ、それから先程の海岸付近でひとつ。古河はもってないから、残りは日向の持つサンプル、だけ」
現状、新種の増殖を止められるワクチンの数と所持している人間を確認しながら、陽夜は眼下で走っている能力者たちを見下ろす。
「まさか、そんな貴重なサンプル使う気、なわけないですよね」
それは、もはや小さすぎる希望だった。
「使うだろうな」
小さな希望を容赦なく砕いたのは、リーダーである伸元だった。
「止めなくていいんですか? あのサンプル、リーダーにとっても相当貴重で使えるものだと思いますけど」
あのワクチンさえ使えば、斬撃も有効な攻撃になる。そんな貴重で、実用的なものをたった二人を助けるために使おうとしているのだ。その成分を分析し、量産した方が後々のためになる。それは遼太も分かっているはずだ。だが、
「止まらないだろ」
それが、彼らだ。
「――って、ちょっと意味が分からなァい!」
和樹がクリオネを探し回りながら叫び、白菜の説明を聞き返そうとすれば、遼太から容赦なく「アホ」というお叱りを受けることになった。
「つーか、お前そんなもん渡してたのかよ。俺らに無断で」
「先輩たちが頼りないからです」
文句を言い合いながらも、目の前のクリオネに教育機関で使うペイントボールを投げつけ、印をつけると走り出す。
「まぁ、もう一回助けてもらってるし、実際助かった」
上空から降ってきたミジンコが、木在にぶつかる直前、フードが引かれ首を絞められながらも、足の先をミジンコがかすめていく。
「とはいえ、あの笛って確かに発信はできるけど、どっちかの意識がないと吹けないよね?」
笛というのは、前に白菜がルーチェに渡したピンク色のホイッスルのことだった。アレは、白菜の能力を元にした笛で、吹けば音と共に脳に直接電波が届く。ただし、白菜の能力とは違い、ちゃんとした言語ではなく、感情の衝撃が届くだけだ。その感情すら、同系列の能力者でなければ読み取ることはできない。
しかも、その電波の強さは、吹いた瞬間に込められた思いによって左右される。つまり、適当に吹けば、ただのホイッスルとそれほど変わらない。逆に何か強い思いと共に吹けば、強い衝撃が相手の脳に直接届くことになる。一度、小人内にルーチェが捕まりそうになった時、ホイッスルを吹き倒れたのは、これが原因だ。
「ア、アオさん……ぎ、ギブ……!」
今だにフードを引かれた状態だった木在が、空気を求めてもがいていた。謝りながら、手を離せば、必死に空気を吸い込んでいる。
先程から、クリオネを見つけては、白菜が体内に向かって「笛を吹け」と電波を飛ばし、しばらくして返ってこなければペイントボールで印をつけるという作業を繰り返しているが、未だに当たりはない。
「ルーチェはともかく、拓斗の打たれ強さは折り紙つきだぜ?」
「でも一応、胃酸まみれとかですよ? いくら打たれ強くても……」
遼太の言葉に、後輩たちはなんとも言えない表情になるが、和樹が笑う。
「弥の腹パン受けて気絶しない」
「あ、絶対大丈夫ですね」
赤哉を筆頭に全員が納得した。その言われた張本人はというと、特に気にした様子もなく、辺りを見渡せそうなビルの上に登ると、視界の隅で鈍い光が走った。
***
熱いような、冷たいようななにかに、包まれるそんな感覚に目を開ければ、半固形状の何かが周りを被っていた。
「拓斗さん!」
貿易港を襲ったタコツボや病院でのことを考えれば、この状況になることも十分想像できたはずだ。逃げ場もなく、クリオネだったそれが二人を押しつぶそうと迫ってくる。それでも、ルーチェたちが押しつぶされていないのは、拓斗がルーチェを守るように四つん這いになり、じっと耐えているからだった。
「ごめんなさい……! 私――」
「喜べって。クリオネオン倒したんだぜ?」
「でも!」
狭い誰も助けがこない空間で、二人きり。やせ我慢して、大丈夫だと微笑んでいる相手。それは、本当にあの時と似すぎていて、声も手も、何もかもが震える。
「私……私……」
何もわからなかった。ただ涙が溢れてくる。自分が死ぬ恐怖よりも、また守られ、大切な人を失うかもしれないという恐怖。自分は何も変わってなんていなかった。
だが、彼はいつもと変わらない、明るい声を出す。
「前から思ってたけど、ルーチェの声ってすっげェ通るし、いい声だよな! 今度、ボーカルやらねぇ?」
しゃくりあげながら、拓斗を見上げれば、口端を上げて笑っている。
「俺たち、バンドやっててさ、俺と和樹がギターとボーカルしてて、まぁ、和樹の奴はほとんど弾けないからエアーなんだけどな。遼太はキーボード、木在がドラム、弥がベース。あ、作曲は和樹担当な」
なんて返せばいいのかわからず、ただ見つめていれば、拓斗は喋り続ける。
「意外か? まぁ、俺たちも三年の学祭で、ようやく全員が弾けるようになったって感じでなぁ。今でもたまにライブやってるんだぜ? 一応、CDもあるし。だから、今度ルーチェも歌わねぇ?」
「ここから、でられるかもわからないのに、ですか?」
「出られる。外にはあいつらがいるんだぜ?」
こんな状況でも、拓斗は仲間が助けに来ることを疑ってはいなかった。
「またルーチェが助けてって言えば、すぐに来てくれるよ。頼むぜ。ルーチェ」
ここで声を上げたとして、外まで届くかどうかはわからない。だが、拓斗の力はもう限界だった。元々、筋力がある方ではない。素早く動くのも、能力を使って筋肉への伝達を速くするといった方法を使っているのだから、限界は簡単に来る。
拓斗のように、すぐに「頼まれた!」と返せるほど、ルーチェは強くはなかった。信じる拓斗から逃げるように、うつむき視線を下げれば、首から下がったホイッスル。
「……」
自分の声よりもずっと大きな音が出るはずだ。
諦めたくない。
ルーチェは小さく頷くと、大きく息を吸い、ホイッスルを吹いた。大きな音が響き渡り、内側からホイッスルは破裂し、砕け散った。
その瞬間、バランスを崩したのか、肩肘をつき、苦悶の表情を浮かべる拓斗。
「拓斗さん!?」
「ちょ、ちょっとびっくりした……」
鼓膜が破れたわけではないが、頭に衝撃が襲った。一度、崩れた均衡は戻すことはできず、どうにかこの場で踏みとどまりながら笑う。
「スターは不滅だって、誰か言ってた」
自己暗示のような言葉。ルーチェも初めて聞いた、拓斗の弱った声に驚き、目を見開く。怖いのも、辛いのも、自分だけじゃない。一人ぼっちじゃない。
一度目を閉じ、深呼吸をしてから、ゆっくりと目を開け、拓斗に精一杯の笑みを向ける。
「大丈夫! だって……だって、仲間がいるんですから!」
ゆっくりと、二人に柔らかい光と、騒がしくも温かい声が降り注いできた。
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