04
状況は圧倒的不利、ではない。それぞれ、不満や不安はあるものの、目の前で家族や知り合いが怪人に襲われているのを見て、見捨てて逃げるA級能力者はいなかった。なによりも、対処方法が分かっていることが大きかった。
しかし、怪我人は増え続け、中央管理局が設けた救護所には、B級を初めとする避難誘導や戦闘を行なっていた能力者が運び込まれている。
「お、はなこもいんじゃん」
北東教育機関のA級能力者の顧問である
「陸奥先生のこと、変な風に呼ばないでもらえます?」
「なんだよ。なんでお前がおこ――――あぁ」
突然、怒り出した白菜に不思議そうに首をかしげたものの、白菜もよく遼太たちに別の呼び方をされることが多い。その親近感のせいだろう。
「さすが、ハクサイ」
「しろなです!!」
自分でもよく飽きないと思うが、この二人の反応が良いのが飽きない原因だろう。そのことには、白菜自身も薄々気がついてはいるものの、訂正しないわけにはいかなかった。
「だいたい、人の名前間違えるなんて失礼ですよ!」
「そういうなって、挨拶変わりだろ。……白菜! ここ頼むぞ!」
走り出した遼太は、白菜が答えるよりも早く屋上から飛び降りた。その直後、降ってきたミジンコ。
「先輩!?」
アンテナから飛び降り、屋上からあとを追うように見下ろせば、救護所に落ちるミジンコを、空中で金棒を構えた遼太が、空へ打ち返していた。
「ホォームランッ!!」
遼太の声と同時に、白菜の鼻先を掠めるようにミジンコが弧を描いて、南西方向へと飛んでいく。
そして、打ち返した遼太はというと、そのまま地面に背中から激突していた。
「イッテェェェエエ!!」
さすがに補助なし紐なしバンジージャンプは、全く怪我なく着地というわけにはいかない。背中をさすっていると、慌てて救護所からでてきた怜子。
「遼太君!? だ、大丈夫?」
「ダメダメ。チョー痛い」
「無茶するからよ! 今、治すから」
怜子は手から淡い光を溢れさせると、遼太の背中にその光を当てた。じんわりと温かくなる背中に、息をつく。
「さっすが、はなこ!」
「れいこ! そんなこと言う子は、治さないよ?」
「嘘です! 嘘です! さすがは怜子先生! 慈母のような優しさに涙が止まりません!」
「胡散臭い……」
ふざけている間にも治癒は終わり、遼太は立ち上がると、金棒を担ぐ。そんな様子を心配そうに見つめる怜子に、遼太は思い出したように声を上げる。
「そーだ。俺の話、信じてくれてありがとな。先生」
「当たり前でしょ。生徒を信じない先生なんていないわよ」
「いやいや、普通信じねぇよ。特に出来の悪い生徒の話なんか」
新種の怪人の大群が押し寄せてくるかもしれないから、今のうちに避難の準備と、能力者に警戒をしてもらおうなんて、自分が頼んだとはいえ、根拠もなく信じられることではない。
しかし、怜子は全てを信じて動いてくれた。そのおかげもあって、一番帝国本土に近く、最初に怪人が現れた北東地区の人的被害は抑えられていた。
「やる時はやる子たちよ。あなたたちは」
三年も一緒にいたのだからわかる。基本的に、他人の迷惑は気にしないが、本当に大事なことは迷惑をかけない。怜子のクビがかかれば、出撃していなかった彼らも、出撃だけはするようになったように。
「だから、今回も信じてるわ。自慢の生徒たちの作戦だもの」
微笑む怜子に、遼太は少しだけ照れくさそうに頬をかくが、親指を立てて笑うと、
「そんじゃ、いっちょ、OBとしてがんばるわ!」
その返事に、怜子も安心したように頷いた。
***
衝撃と共に壁にヒビが入る。
「先輩!」
「おうっ!」
桃色の盾と壁に挟まれ、なんとか逃げ出そうと触角を動かしているが、核に突き刺さったナイフから、ワクチンを注入されると、その動きは徐々にゆっくりになり、核が引き裂かれたの同時に、小さなミジンコは原型を留めず溶け、半固形状の山となって沈黙した。
「まずは一体!」
「あとは、あの大きいのですね」
二人が外に出て見上げると、拓斗がミジンコに振り回されていた。
「ちょっ……拓斗ォ! 大丈夫!?」
「だいじょばなァい!! 助けて! ヘルプ! ヘルプミー! なう!」
「余裕そう……ですね」
「だな」
「嘘嘘! 冗談! マジでムリ! 助けてェェエエ!!!」
冗談を言えるのだから、余裕なのではないのか、とか、そんなことが脳裏に過ぎるものの、桃太はいつものことかと、和樹に続いて走り出した。
突然の浴びせかけられる大量の水と衝撃に、ミジンコは拓斗を振り回すのをやめ、足元の二人に目をやった。どうやら、和樹と桃太の方が危険だと感じたらしい。拓斗を投げ捨てると、二人に向かって触角を振り回し始めた。
「拓斗! 早く!」
「急かすなよ! ヒーローは遅れてやってくるってもんだろ!」
放り投げられた拓斗は、素早く体制を立て直すと、ミジンコの核がある背中に回り込み、ナイフを核に向かって投げた。
ナイフは狙い通り、核に向かい、その手前で止まった。
「……切れ味悪いナイフだな」
「真面目にやってください!!」
ルーチェにまで怒鳴られ、拓斗は慌てて走り出すと、能力で限界まで加速し、ナイフの柄に向かって飛び蹴りをした。
押し込まれたナイフは、核に刺さるとワクチンが注入され、苦しそうな声を上げる。
「先輩、離れて!」
声と同時に、桃太は槍をミジンコの胴体目掛けて投げ込むと、次の瞬間、ミジンコを爆風と共に四散させた。
小さなミジンコ同様、飛び散った破片は再生することなく、半固形の状態でその場に山を作った。これで、近くにはもう怪人はいない。
「今のうちに!」
また降ってくる前に、できる限り避難させようと、全員が動き出す。動けない人は担げる人が。互いに助け合いながら、避難場所へ向かう。通路に入ってしまえば、怪人が降ってきてもドアを閉めてしまえばいい。
ルーチェも避難を手伝う中、父親の姿を見つけ、その心配そうに見つめる目と確かに目があったが、話しかけることはせず頷くと、逃げ遅れている人がいないか、探しに向かった。
「――――けて」
声が聞こえた。辺りを見渡しても、ガレキがあるだけで、誰もいない。
「どこ!? 誰かいるの!?」
声を上げるが、聞こえない。もう一度、声を上げようとした時、肩にかかる重みに顔を上げれば、和樹が人差し指を立てて、静かにとジェスチャーをしていた。その意味に気がつくと、ルーチェは頷き、じっと和樹が動くのを待てば、すぐにあるガレキの山を見た。
「たぶん、あの下。モモ、手伝って!」
二人がガレキを退けると、現れたのはルーチェよりも小さな少年だった。桃太が担ぐと、ルーチェが折りたたみ式の車椅子を出してきた。
「これなら、私でも運べますから、お二人は他の人がいないか、探してもらえませんか?」
自分では、ガレキを退かすことはできない。しかし、少年くらいだったら、運ぶことはできるはずだ。桃太は頷くと、少年を車椅子の上に乗せた。
***
ヴェーベから少し離れた人工的に作られた島。
島というよりも、水中に作ったドームが、少しだけ海面に顔を出している建物だ。中に入るための扉は、もちろん人間サイズなわけで、どうがんばっても、ウミナメが通ることはできない。
杖の先からは、鉄が錆びたような色が島の中央に向かって伸びていた。島の中央には、円形の模様。
「……っと、地獄への門完成かな?」
小さく息をつくと、木在は杖を持ち直し、少し離れる。杖の先の宝石の色が、赤褐色から薄緑へと変わる。
「おっちゃーん! ちょっと、強い風吹くから、気を付けて――」
漁船にいる船長に注意している途中、その漁船に向かって飛んできた大きな何か。
「うぉぉっ!?」
慌ててそれを受け止めるようと、風を吹かせ、それを先程作ったもろい部分へと叩きつけた。
「誰だよ! 人の迷惑も考えないで……って、なんだこれ」
天井を突き破り、遊楽施設に入った怪人を凍らせると、見たこともない怪人だった。
「ミジンコ?」
そういえば先程、新しいのが増えたとか言っていたと、ヴェーベの方に振り返れば、なにか小さなものが空を飛んでいる。
「まさかアレなわけないよなー。ミジンコは空飛べないし。てか、多くね? めんどうだなぁ」
なんとものんきなことを言いながら、木在は冷凍庫完成の報告と手助けのために、また船に乗った。
***
時折、物が倒れている場所もあり走りにくくはあったが、泣いている少年を励ましながら、ルーチェは必死に走っていた。
「大丈夫。拓斗さんたちが……ヒーローは、必ず勝つっていうでしょ!」
「ヒーロー……?」
帝国本土では、能力者のことをヒーローとも言うことがあった。自分たちが持つことのない力を持ち、悪の化身である怪人を倒す。まさに、ヒーローだと。本土の子供たちの憧れの的だ。
「うん! そう! だから、絶対、大丈夫! みんなを信じて!」
「……うん」
怪人がいなくなったため、避難場所へのドアのロックは外され、一斉に人々は避難場所に向かっていた。まだ避難通路に入らず、外にいるのは元からここの警備をしていた能力者たちと、数名の医師と看護師。
ルーチェを見つけると、早くと声を上げた。能力者が手伝おうと、近づいてきた時、目に映った、それ。思わず足を止め、ルーチェも不思議そうに振り返り、目に入ったそれを理解した瞬間、車椅子を力いっぱい押した。
「おねぇ、ちゃん……?」
思い切り押し出され、車椅子から落ちた少年が振り返った先にあったのは、抉れたコンクリートの床とすぼまった多数の触手だけだった。
誰が初めに動いたかはわからない。ただ、避難通路に少年と医師たちは放り込まれ、ドアには再びロックがかけられた。
「うそ、だろ?」
和樹は先程の光景を、まだはっきりと理解しきれていなかった。触手に絡み取られ、クリオネに口の中に吸い込まれていったルーチェの姿を。その現場こそ、桃太は見ていなかったが、和樹の様子だけで、何が起きたかを理解することはできた。
しかも、クリオネはここには用がないかのように、どこかに飛んでいこうとしている。
「待ちやがれェェエエエ!!」
飛んでいるクリオネの腹部にブーメランが突き刺さり、それに取り付けられた鎖の先には、拓斗がしがみついていた。
「食い逃げは許さねェからなァア!!」
クリオネは邪魔そうにもがくと拓斗ごと飛び上がっていってしまった。和樹と桃太は呆然と、その光景を見ていたが、ようやく状況を理解すると、同時に通信をいれる。
熱いような、痛いような、そんなよくわからない感覚で目を覚ませば、そこは真っ暗だった。水のような何かが足元に溜まっていて、足を動かしてみれば、靴が半分溶けていた。
「ひっ……」
小さく悲鳴を上げたものの、そのおかげで、つい先程までのことを思い出せた。
「私、食べられたんだ……」
真後ろに迫った触手に、少年だけでも助けようと。
少年らしいの影がないところを見ると、少年は助かったのだろう。よかったと思うのも束の間、今度は腕に痛みが走る。大きな切り傷だ。血もずいぶん出ている。足とは違う、溶けるのではなく鋭利なもので切らた痕。よく見てみれば、この空間を突き破るように鎖が一本通っていた。
なんだろうかと、見上げていると、突然天井に穴があく。そこから差し込む影は、騒がしい声と共にルーチェの元に降ってきた。
「器用過ぎだろォ!? なんだよ!? あの食い方!」
「拓斗……さん?」
すぐに天井の穴は閉じたというのに、はっきりとわかるその影。
「おぉ! ルーチェ! 無事だったか! よかっ――」
言い終わる前に、拓斗はルーチェを抱き上げると、そのまま抱きしめた。
「よかった! 心配したんだぞー! スターが来たから、もう安心だ!」
「く、苦しいです……!」
強く抱きしめられ、ルーチェは本当に苦しそうに拓斗の腕から逃れようとするが、拓斗は絶対に逃がさないというように、強くルーチェを抱えていた。
「た、拓斗さん……!」
「ヤダ」
いい加減、怒鳴ろうかとした時だ。先程の半分溶けた靴が脳裏に過ぎる。ここはクリオネの怪人の胃の中。食べたものを消化するために、胃液が出ている。足元に溜まっている液体も胃液で、壁からも天井からも時折降ってくる液体も胃液だ。
奥に見える落とした帽子は、靴と同様に液体に浸かったところから溶けている。
「また、私……」
私が食べられなければ拓斗さんが食べられることはなかったし、こうして庇われて、拓斗さんの方が辛い思いをしている。
「だァーー!! 俺の方が鎧あるから消化に時間かかるだろ! それだけだって! あいつらが助けに来るまでの辛抱だから! なんなら小骨みたいにつんつんするか!?」
拓斗が必死に言ったところで、ルーチェの目から溢れてくる涙は止まらない。
「だって、だって……私、守られてばっかり……やっと、誰かのために、ヒーローみたいに、守れたのに……」
ヒーローに近づけたような気がしたのに、また守られている。
「ふざけんな!」
「ッ」
初めて聞いた、心から怒った声。
「誰かを守って自分が死ぬなんての、ヒーローじゃねェ! ヒーローなら、全部守って最後に決めポーズとって、笑って終わりだ! それができないなら、そのへんのおっさんとか、何かよくわかんないのだ! わかったか!?」
あまりにもひどい、偏った考えだ。
だが、ルーチェの涙は止まっていた。あるのは、微かに鼻をすする音と笑った声。
「最後、意味わかんない……」
だが、拓斗らしかった。
「なんだよ。ひっでぇな……」
悪態はついていたが、その表情は穏やかで、いつもと変わらない。仲間を信じて疑っていない表情だ。
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