03

「リョウ!」


 その声に振り返れば、伸元がちょうど屋上に降りたところだった。


「おー」

「今のは……」


 伸元が顔を上げれば、アンテナの上に立ち、集中している白菜の姿。呆れたように安心したような半々の複雑な表情をしていると、遼太がニヤリと口端を上げた。


「ココにきて、まさか手伝わねぇとか言わねぇよな?」

「あぁ。お前も言ってただろ。能力者である前に、人間だって」

「……そーかよ」


 もしかしたら、伸元は知っていたのかもしれない。特A級の、しかもリーダーなのだから。

 だが、知っていたとしても、知らなかったとしても、ここにいる堅物がやることは、遼太たちと何も変わらない。


「リョウが指揮を取るんだろ?」

「チャンピオン自らですか。それはとても楽しみですね」

「ほぉ~~? そこまで言うなら、絶対服従、俺の命令は死んでも完遂してくれるんだろうなァ? 特A級様よォ?」


 何故、遼太と陽夜の間で喧嘩が始まりかけているのか不思議に思いながらも、巻き込まれないようルーチェと共に避難していた木在に、突然鬼が振り返ってきた。


「あいつに飛行能力渡せ。怪人突っ込むための、入口作りに行かせる」

「俺、空飛べるの!?」

「そこなんですか!?」

「やったー! 夢がひとつ叶った!」

「いいなァ! ずるーい! 俺も飛びたーい!」

「安い夢ですねぇ……」


 自分の背中に生える翼に、子供のようにはしゃぎ、何度かジャンプし、空に浮かぶと、足を思い切り掴まれる。


「ロミオ、私もお空に連れていって!」

「ジュリエット、残念だけど、これは一人用なんだ。というか、ロミオなの……?」

「いいからゴブリンパン、早く臨海遊楽施設ネバーランドに行け」


 ようやく、茶番が終わったのか、拓斗も素直に降りると、木在も南西方向へ飛んでいった。


「あとは、何人が手伝ってくれるかだな」


 伸元たちのように、白菜の言葉に耳を傾けてくれた人は少なからずいるだろう。だが、全員とはいかない。


「いやー名演技だったなぁ」

「演技いうな!」


 拓斗に怒鳴る白菜の言葉に嘘はない。嘘はないが、その声色、口調、言葉、持ちえる全ての技術は使い、洗脳が効かない能力者であろうと作戦に参加してくれるように話した。


「何故か、ロリコンの怪人は海の生物ばっかだから、海辺まで押し戻せば、被害はそんなにでないだろ。鳥とかいなくてマジ助かった……空からの奇襲とか厳し――」


 そこまで言ったところで、不思議そうに空に顔を向けている二人の視線の先に、遼太も目をやり、白菜と拓斗も目をやった。

 遠い空に、小さな点が大量に飛んでいた。ウミナメほど大きくはない。しかし、鳥の群れにしては大きすぎる。


「あらら……なんだか見たことある生き物ですね」


 弓を使うからか、一番最初にそれを理解して苦笑いをこぼす久代陽夜くしろひよ。そして、すぐに遼太の目にもしっかりと、その姿が捉えられる。

 腕のような触角を回し、それをプロペラのようにして飛んでいるミジンコに、ヒレを動かし飛んでいるクリオネ。


「それ空飛ぶためのもんじゃねェだろォ!?」


 つい叫んでしまったが、白菜から空からの奇襲が厳しいとか言うからだと、文句を言われ、言い返している中、拓斗は一人、頭をひねらせていた。


「拓斗さん?」

「あれって、フナムシだっけ?」

「ミジンコだよ!? フナムシと全然違いますよね!?」

「いや、似てない? どっちも潰せそうだし」

「えぇ……よくわかりません」


 ルーチェが困ったように眉を下げていると、遠くで何か落下した音。一斉に顔を向ければ、土煙が上がっていた。そして、その土煙の中からまた垂直に空に昇っていくミジンコ。第二撃が落ちてくるのとほぼ同時に、遼太は無線と白菜に叫ぶ。


「全地区の病院に盾持ち向かわせろ! あと至急、病院にいる奴も避難させろ! あんなの落ちてきたら建物ごとペチャンコだ!」


 すぐさま白菜が新たな怪人と、先程の指示を能力者に伝え、着いてすぐに援護に向かわせた和樹も病院に向かう。伸元たち、飛行能力を持つ能力者たちは、一斉に空にいるミジンコとクリオネの討伐に向かう。

 病院は動かすことが不可能な病人もいるため、基本的に避難はさせない。そのため、常にA級能力者が一チーム以上が守る契約を結んでいる。怪人が近づけば、病院から離れるように誘導するか、倒すか、とにかく病院に被害がないようにするのが当たり前だが、今回の落下は防ぎようがない。


「拓斗! お前も避難の手伝いにいけ! 最悪、ナイフ使ってでも倒せ!」

「ラジャ!」


 拓斗も北東病院に向かおうとする中、視界に映ったルーチェの不安気な表情。北東病院にはルーチェの父であるルシファエラもいる。

 拓斗は足を止めると、ルーチェに手を差し出す。


「一緒に行くか?」

「ぇ……いいんですか?」

「ネコの手も必要だろ? こういうのは」

「でも、私じゃ足遅いから……」

「ノープロブレェムッ! 女の子は羽のように軽いからな!」


 仮面で見えないが、ウインクをするとルーチェの手を取り、抱え上げると、ビルから飛び出した。


「うわぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 遠ざかるルーチェの悲鳴に、白菜が聞こえないであろうが拓斗に怒り、遼太は楽しそうに笑った。


***


 南西地区の海岸で、巨大なタコの足に何度も叩きつけられ限界に近い男に、トドメをさすため振り上げられた足。男は悟ったように目を閉じたが、衝撃はいつまで経ってもくることはなかった。

 ゆっくりと目を開ければ、凍りついたタコと見覚えのある緑色のローブの能力者。


「お前、拓斗の……」

「へ? 拓斗?」


 突然、思ってもみなかった名前を出され、驚いたものの、拓斗の出身地は南西地区の港町。まさにこの辺だ。知り合いがいてもおかしくない。ましてや、交流範囲が広い拓斗の知り合いなど多いはずだ。


「助かったよ。ありがとな、ボウズ」

「どういたしまして。って、おっちゃん一人でここ、守ってたんすか?」

「当たりめェだ」


 木在が関心している間にも、白菜から空を飛ぶ新たな怪人に注意という情報は入ってくる。


「こっちも急がないとな……おっちゃん。修学旅行に使ってる施設って、どのへんにあるかわかります?」

「それなら、連れていってやるよ。船、乗りな」

「いや、俺には翼が――って、無い!?」


 振り返ってみれば、いつの間にか翼は無くなっていた。通信で聞いてみれば、木在に分けていた能力は、新たに現れた怪人を倒すために、他のメンバーが使っているため、今は渡せないと返ってきた。


「でも、おっちゃん、ひどいケガですけど」

「こんなんかすり傷だ。子供が大人のこと心配してんじゃねェ。ヤンチャして心配させるぐらいがいーんだよ。わかったか?」

「なんかよくわからないけど、了解っす!」


 有無を言わせない雰囲気に、親指を立てて頷けば、船に向かった。船に乗れば、本土に行った時の船とは段違いのスピードに加えて、怪人が暴れているせいか波も荒い。何かに捕まってないければ、海に落とされそうだ。木在の情けない悲鳴が、海にこだまする。


「子供の成長ってのは、早いもんだな」


 荒れ狂う船だというのに、平然としている男は昔のことを思い出しながら笑う。


「ちょっと前まで、守ってる側だったのに気がつきゃ、守られる側か……」


 初めて出会った時から、怖がって逃げることもせず、それどころかそれから毎日のように遊びにきては、自前のギターと歌を港に響かせていた。

 スターになるのだと、島の反対にいても毎日のように名前を聞くような、そんなスターになるのだといって出ていった明るい少年。


「懐かしくて仕方ねェなァ……」


***


「スターな俺の歌を聞けーーッ!」


 朝市が終わる頃、毎日のように響く歌声。その声の主は、たとえ歌っていなくても、どこにいるかはすぐにわかる。少年がいる場所はいつだって、騒がしく明るい。

 この南西地区の数年振りのA級能力者だった。年の近いA級能力者がいなかったからだろうか、少年はいつも大人に混じっていた。いや、誰にもすぐに馴染み、気が付けば、少年を中心に人は集まっていた。

 しかし、同時に少年は孤独だった。両親にも、もう少し真面目に勉強や訓練をしろと言われていたが、少年がいれ込んだのは音楽だった。


「拓斗。お前、今楽しいか?」

「おう! すっげェ楽しいぜ!」


 数年ぶりのA級能力者というだけあり、大人たちには期待され、友人たちはどこか拓斗と距離を置いていた。いくら、幼馴染とはいえ、やはりA級能力者とは歳をとれば、自然と距離を置いてしまう。拓斗の場合、それは他が感じているよりもずっと遠かったのかもしれない。

 もう何度目だろうか。拓斗の両親から、拓斗にもう少し真面目になるように言うように頼まれたのは。この輝くような少年の笑顔をなくしてしまうような、頼みごとをされたのは。


「……もうすぐ中等部卒業だろ? 高等部はどこにいくことにしたんだ?」

「北東!」

「反対か」

「んでもって、こっちまで届くくらいのスターになってくる!」


 昔から変わらない拓斗に安心したような、少しは利口になるべきだと諭すべきか、複雑な感情が渦巻く中、拓斗は困ったように笑った。


「頭が良くなって、ギターが弾けなくなるなら、俺、バカでいい!」


 生きづらくなるとしても、それだけは譲らない。譲れない。呆れたようにため息をつくと、拓斗の頭を強く撫でた。


「それなら、スターになるまで帰ってこねェつもりで行ってこい!」

「おゥよ!」

「帰ってきたら、うめェ魚たんまり食わせてやるからな! 他に欲しいモンあったらいいな!」

「タイとサザエ!」


 見ていた人が呆れるくらい、大声で答えた。

 それから、しばらくして北東教育機関に入学式の日。全員が教室に入った後、拓斗はドアの前で開けるタイミングを計っていた。

 あの時、言えなかった欲しいもの。

 叶うならば、一緒にバカなことをして、呆れて、笑って、信頼できる仲間であり親友。

 ここでドアを開ければ、もしかしたら手に入るのかもしれない。でも、それはまた偽りかもしれない。


「……よし」


 信頼するならこちらから。自分のしたいことをしよう。

 拓斗はギターをドアの傍らに置き、走り出した。


***


 病院が見えてくると、一部崩れた病院からまた飛び上がるミジンコの姿。まだ和樹たちはついてないらしい。ミジンコはゆっくりと上昇すると、また狙いを定めている。


「ヤベェ……!!」

「右手! 右手切って!」


 ルーチェの言葉に、すぐさまブーメランを取り出すと、ミジンコの右の触角に向かって投げた。刃のついたブーメランは、狙い通りミジンコの右の触角を切断する。すると、ミジンコは大きくバランスを崩し、病院の庭に倒れ込むように落ちていった。


「ナイス! ルーチェ!」


 戻ってきたブーメランをキャッチしながら、病院の屋上にルーチェを降ろすと、少し照れくさそうに頬をかいた。


「でも、一匹増えちゃいましたね……」

「それはスター性でどうにかするから、任せろ!」


 全く根拠はないが、それが彼らしくて頷き返し、病院の中へと向かった。

 病院の中は騒然としていた。避難の為に、医師や看護師が走り回り、患者たちもパニックに陥っている。


「落ち着いてください! 拓斗さんが、能力者がここを守ってくれてます!」

「あんな出来損ないのA級が――」

「出来損ないなんかじゃない!!」


 その気迫に、その人は言葉を失う。ルーチェがとにかく強引にでも、手を引いて避難させようとしたその時、崩れた場所から入ってきた小さなミジンコ。先程切り落とした触角から再生した怪人だろう。

 その姿を認識した瞬間、その場にいた全員が息を呑み、ミジンコの口が開くのを見ていた。捕食するため、大きく腕を広げ、かき集めるように中へ、中へと触角を動かす。

 ミジンコの近くにいた看護師が捕まれ、口へと運び込まれていった、その時、その口から溢れる程、大きな盾が口を塞ぎ、大量の水がミジンコを吹き飛ばした。


「ギッリギリセーフッ!」

「和樹さん……!」

「ルーチェちゃん!? なんでいんの!?」


 手伝いだと言えばすぐに納得し、辺りを見渡す。


「結構いるなぁ……早く、シェルターに――」

「そ、それが、シェルター内部から怪人が近くにいるから、開けたくないと」

「ハァ!?」


 病院はシェルターに直接繋がっている通路がある。そのため、もし怪人に侵入されたら、シェルター内部に怪人が侵入することと同じではあり、ドアのロックは内部にいる人間からの操作が最優先にされている。


「ドア壊します?」

「モモってば、案外大胆ね」


 桃太が冗談なのか本気なのか、そんなことを言い出し、和樹も困ったように眉をひそめた。

 このまま入れなければ、常にこの病院にいる人は危険にさらされる。かといって、ドアを壊すのはもっての外だ。細かくなればなるほど、確実に倒すのは難しくなる怪人相手に、ドアを閉められなくなるのは不利だ。


「そんなん、このダブルミジンコ倒して、すぐにシェルターに避難すればいい話だろ?」


 もう一方の大きなミジンコの気をそらしていた拓斗が、単純なことを言い出した。それにざわついたのは、他の人たちだった。


「お前らが、倒す? この新種を? どうやって」

「新種は燃やして、ようやく倒せるんだ。君たちの能力じゃ」

「いいから、早く避難の準備してろって。スターな俺は、電光石火で決めるぜ!」


 和樹も桃太と頷き合うと、ワクチン入りのナイフを取り出す。核らしくものはしっかりと見えている。あとは確実にワクチンを注入し、倒すだけだ。


***


 ワイヤーに感じた手応えに、ナイフをワイヤーの上に滑らせれば、滑らせた方向に冷気がワイヤーを伝い、ワイヤーに引っかかったミジンコの触角を凍りつかせた。


「小物だから、まだなんとかなってはいるけど……」


 ウミナメやタコツボと同等の怪人が現れれば、ワイヤーなど無理矢理切ってでも進んでいくだろう。最悪、相手は自分を切断して進んでも問題ないのだ。だというのに、こちらは属性が編み込まれたワイヤーを使い、動きを封じることを主に戦っている。そのワイヤーですら、硬化させすぎて怪人を切れる硬度にしてはいけないのだから、加減が難しい。

 ワイヤーに足場にして戦う弥を見上げれば、ポーチの方を少し確認していた。


「弥?」

「氷の結晶の数、足りないかも」


 付加結晶の数には限りがある。しかも、この場に氷を使える能力者は誰もいない。なくなってしまえば、弥に残された攻撃方法はワクチンの付加だけだ。

 それだけは最後の手段として残しておきたい。かといって、蒼哉と赤哉の使う属性を編み込んだワイヤーにも数に限りがある。


「やっぱり、ジリ貧かよ……できる限り、弥は俺かアオのトラップに何体か放り込んで!」


 空を飛ぶ怪人を見上げると、先程よりも少なくなった怪人の群れ。飛行能力を持つ能力者が、足止め、炎を使える能力者ができるかぎり数を減らしている。


「培養が簡単だったのかな?」

「アオ、のんびりしすぎ!」

「あはは。先輩たちのノリが移ったのかな?」


 こんな危機的状況だというのに、慌てる様子もなく、いつもと変わらない双子の兄に呆れそうにもなるが、その上のワイヤーに降りた弥が、親指を立てながら、


「大丈夫。問題ない」


 そんな根拠もない自信を見せるものだから、もう笑うしかない。


「わかってるよ。あ、でも、弥。それ、なんか死亡フラグに聞こえる」


 負ける気はしなかった。



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