02

 最初に怪人が現れたのは北東地区。A級能力者がすぐさま向かったが、そのすぐあとに北地区、東地区と次々と怪人が現れ、人々は怪人たちのいない、南へと逃げていた。


「アレ……?」


 南西地区の最も外側。漁港で海をのぞき込んだ、少年の目に写ったその赤黒い足。その足は、海から飛び出してくると、少年ごと港を叩き壊そうと、大きくしなった。

 少年が言葉を発するよりも速く、その足は目の前に迫ったが、少年に触れる直前にその足は消え去った。


「子供に手ェ出すとはいい度胸じゃねェかァ!!」


 大きな包丁に似た剣を握る厳つい大男は、海面から姿を現したタコ型の怪人に吠える。


「ここは俺に任せて、早くいきな。危ェぞ」

「は、はい……!!」


 少年が走り出すと、男も先程切った足から現れた小さなタコに、眉をひそめた。新種の怪人の特徴通りだ。


「ちょっ……船長! B級なんだから、あんま無理すんなよ!」

「オメェらはいいから、女子供らを避難させてろォ!」

「いや、だから、船長もさっさと逃げろって! ここだけの問題じゃないんだよ!今、ヴェーベ全体が怪人に襲われてるから、助けを期待できねぇんだから――」

「だからこそだろ!」


 大剣を振り上げながら、怪人を見つめる男は、頑としてその場から逃げる気などなかった。


「助けが来ねェから、怪人にビビって、ここの奴らを見捨ててテメェだけを守ってる腰抜けが、漁になんて出てられっかよ!」


 護衛こそ付けるときもあるが、基本的に怪人が現れるかもしれない海に漁師は常に出ている。怪人が怖くて漁なんてできない。


「あいつが帰ってきた時に、聞かせてやる武勇伝程度にはなってくれよ? タコツボ」


***


「いったい何匹、隠し子がいるんですかねぇ? あのロリコン」


 携帯でヴェーベの状況を聞いていた遼太は、怒気をはらんだ声色で呟き、その鬼のような薄ら笑いを浮かべた横顔に、全員が顔を背けた。古来、笑顔は威嚇のためだと言われていたが、それを身をもって実感したくはなかった。

 そして互いに目だけでお鎮めしろと、伝え合うものの、全員が全力でそれを断っていた。そんな恐怖と困惑の表情を、絶望的状況にさすがの拓斗たちも気が滅入ったのだと勘違いしたらしく、ルーチェが声を上げた。


「大丈夫! 大丈夫です……!!」


 その言葉に、遼太も驚いたようにルーチェに顔を向ける。


「だって、みなさんはヒーローだから! 本当に、強くて、かっこよくて……だから」


 私には何もできない無力な人間だけど、拓斗たちの力を信じることは誰よりもできる。


「ヒーローは負けないって、それが、お決まりで……!」


 希望を捨てちゃいけない。どれだけ、先が真っ暗でも、この人たちは必ず照らしてくれた。


「そんでもって、遅れてやってくるのもなァ!」


 ギターをかき鳴らす音と共に、拓斗が叫ぶ。


「そーそー。ヒーローが来るまでは、絶望的な状況になってもらわないと、話が盛り上がらないしな」


 木在が相変わらず危機感があるのかないのかわからない様子で笑い、


「これは漫画でもアニメでもないんですけど」


 白菜が呆れたようにため息をついたが、和樹の声にかき消される。


「現実なんとやらってやつだな!」

「現実は小説よりも奇成り」

「よく今の翻訳できたね……弥」


 弥、蒼哉と、相変わらず楽しげに話す七人に、自然と口端が緩む。


「んでもって……全員、ハッピーエンド志望だろ?」


 そして、呆れているのか楽しんでいるのか、遼太の言葉に、全員が頷き返す。


「なら、やることは決まってるな? 終わりよければ全て良しだ! 結果さえあれば、あとはどうにでもしてやる! 死ぬな! どんな形でも生きて勝て! 死んだら、ゾンビになれ! 復活の呪文は覚えたか?」


 その言葉に呼応するように、ギターの和音が響く。


「復活の呪文ッ!」


 笑う拓斗に、「ここで使うなよ」と呆れる遼太に、「俺ら使えなくね?」と慌てる木在、その言葉に今更ながらに気がつき慌てる和樹に、「死ななければ問題ない」と諭す弥。呆れかえる白菜は最早、見慣れた光景だ。

 安心してその様子を眺めていると、遼太がようやく話を戻した。


「で、問題だ。ロリコンの隠し子の数が多すぎて、冷凍保存の場所に困ってるんだが、誰か巨大冷凍庫持ってる人知らねぇ?」


 本来は漁港などにある大きな冷凍庫を使おうと思っていたらしいのだが、怪人の数、大きさを考えるとそれでは足りない。


「海にいれとけばいいんじゃね?」

「それ結構溶けるぜ?」

「そうなの?」


 拓斗に言われ、和樹が驚いたように聞き返せば、頷き返される。冷凍された魚介類を流水で解凍すると、早く溶ける。と言い出し、驚いた顔をしていた五人の顔が納得したように頷く。


「なら、臨海遊楽施設を使うのはどうですか?」

「あ゛ー……アレか」

「そんな楽しそうな施設あったっけ?」


 木在の質問に、和樹も拓斗も白菜も首をかしげたが、弥だけは思い出したように声を出す。


「修学旅行に使ったあそこ?」

「うん。そうだよ」


 その言葉に、四人はしばらく口を開けて思い出すと、表情を歪め叫んだ。


「「「「アレのどこが遊楽施設だァ!?」」」」


 能力者の体力、精神力、チームワークを鍛えるために行われる修学旅行と題した、必修課題。能力者のランク毎に期間は変わるものの、A級能力者であれば、約一ヶ月に渡るサバイバル授業。極寒、灼熱などの極限状態を人工的に作り出し、過去の記録から作り出した怪人ロボットを倒すことで課題クリアとなる、最も過酷な課題。


「一応、本来の目的は能力者のための娯楽施設だったんですよ」


 ヴェーベからなかなか外に出られない能力者のために、娯楽施設を作ったものの、設備を充実させていく過程で、一部の教育機関が能力者の訓練に使いたいと言い出し、気が付けば名前しか残らない、遊楽施設となった。


「まぁ、冷凍庫としての役目も広さも十分だな。よし。それで行こう。全員で怪人を南西地区の外側に誘導、もしくは押し出す。避難はできる限り中央に近づくように誘導。白菜」

「はい!? なんで私……?」

「状況がごちゃごちゃしすぎてて、連絡取れたり取れなかったりなんだよ。お前の能力なら、そのへん無視で、直接連絡できるだろ」

「は、ハァ!? そんな無茶な!? 第一、A級に私の能力は効かな――」

「効かなくても、言葉で伝えるのはできるだろ?」

「…………ま、まぁ、伝えるだけなら」


 洗脳以外に使い道はないと思っていたこの能力を、通信の為に使うなど、考えたこともなかった。


「頼むぜ? お前が伝え間違えたら、終わりだからな」

「そんなバカみたいなことしませんよ。でも、距離的に、ヴェーベの中心に行かないと全域は無理ですからね」

「どっちにしたって、このヘリの行き先は中央管理局だよ」


 ちょうどその頃、ヘリはヴェーベの北東地区に入った。ウミナメが初めて来た時のように、建物は壊れ、一本の大きな道が出来上がっている。しかし、今回は一匹ではないらしい。操縦士から、前方にウミナメが二匹いるという連絡が入る。

 どこの地区も、増殖をできる限りさせないように戦うのには骨を折っていたが、他に比べて、北東地区は内部まで侵入されていた。

 

「ずいぶん侵食されてね?」

「そりゃ、ここにいるメンバー考えればな」


 本来の主力である今年の教育機関の最高学年である蒼哉と白菜。加えて、次に守りを行うはずの去年の卒業生が全員ここにいるのだ。現状、最も戦力では手薄だ。


「戦ってる……」


 前を進むウミナメが何かと戦っていることは、遠目から見てもわかった。そして、戦っているとすれば、赤哉と桃太だ。蒼哉は、拳に強く握ったその時、背中から強い風が吹き荒れた。

 振り返れば、青いゴーグルを手に、ヘリのドアを開けた弥がいた。行く気満々だ。


「弥……」

「みんなを、アカたちを助けに行く。アオも行く?」


 変わらない弥に、蒼哉は頬を緩め、立ち上がった。


「ウミナメ二匹だぞ。使い切る気か?」


 止める気はない。だが、一応確認のために聞けば、


「あの距離なら、ひとつで十分」


 当たり前のように返してきた弥に、遼太が頬をひきつらせ、木在も仮面を取り出しながら、落下の補助をしようとしたが、首を横に振られた。


「クッションある。問題ない」

「もしかしなくても、ウミナメのことだよね……?」

「同情、しようか?」

「大丈夫です……慣れてます」


 そして、二匹目のウミナメの背中が見えた瞬間、二人は飛んだ。


***


 赤哉の鎧はところどころ溶けていた。元々、真正面から戦うようなタイプではない。それでも、ここで引いたらいけないと、ナイフを握り続けていた。


「赤哉! 僕の後ろに」

「平気! 俺が気をそらせるから、モモはもう一匹の様子をちゃんと見とい――」


 一瞬、目を離した。それだけだった。目の前に迫るウミナメが吐き出した液体が、赤哉を覆う。酸なのか、鎧が溶け出すが、その粘液は簡単には剥がれず、その場から動けない。ようやく捕まえたとばかりに、ウミナメはまた大きく口を開けた。桃太も慌てて駆け寄ろうとするが間に合わない。


「赤哉ッ!!」


 叫ぶ声と、目の前のウミナメが突然弾け、形を失ったのは同時だった。

 目の前の状況に、全くついていけなかったが、そのウミナメだった物の上から飛び降りてきた、自分と対照的な青色の鎧を身に付けた姿に、視界が霞む。


「アオっ!」


 粘液が切られ、体が動くようになった瞬間、蒼哉に抱きついた。


「よかった……! よかったっ……!! ごめん、俺……!」

「僕の方こそ、ごめん。アカ。ありがとう」


 でも、これからが大変なんだから、泣いちゃダメだよ。と言われ、今更ながら、もう一匹のウミナメのことを思い出し、顔を上げてそちらを見れば、すでにいなかった。


「うわぁ……本当にやったんだ……」


 蒼哉すら苦笑いになるそれに、赤哉も容易に想像がついた。弥だ。

 すぐに戻ってきた弥に、赤哉はまたこみ上げてきた涙を抑えながら、怒る。


「弥のバカッ!! なんであんなムチャするんだよ!!」

「もうアオに怒られた……」

「俺にも怒らせろ!」


 仮面で隠れていてもわかるくらいの、泣き叫び声に、先日同様、蒼哉に助けを求めるように視線を送るが、桃太に作戦を伝えていて、助けてくれる様子はない。


「南西地区に誘導するの? 結構、遠いね……」

「怪人の出現情報はもう止まった?」

「うん。南西の情報が出てからは」

「ってことは、やっぱり本土に一番近い北東が最初。最後は移動に時間がかかって、南西に現れたって可能性が一番か。それなら、もう新しい怪人は出てこない可能性が高い」

「とりあえず、海辺の方に行った方がいいんじゃない?」


 現れるならそこからだ。蒼哉も頷き、赤哉と弥にも声をかけると、ようやく解放されたとばかりに先に走り出す弥。

 まだ不満そうではあるものの、先程までよりずっと嬉しそうな赤哉に桃太は頬を緩めた。


「よかったね。赤哉」


***


 複数現れた怪人たちに、どの地区の能力者たちも苦戦し、帝国本土からの援軍が来ないことに、見捨てられたのだと叫び出す能力者までいた。


「帝国から見捨てられたら、俺たちに価値なんて……!」

「生きてる意味なんて……」


 目の前に迫る怪人と戦うこともせず、立ち尽くす能力者をウミナメが押しつぶそうとした時、頭に大剣が突き刺さる。


「遠野さん……?」

「戦う気がないなら、誘導に戻れ!」

「でも、戦ったところで……」

「……こんなの忠義じゃねぇ、ただの依存だ」


 能力者であるなら、人のために貢献し、その功績を認められ、本土に迎え入れられる。しかし、その結果が崩壊すれば、過程すら放棄する。それが、A級能力者が生まれてから唯一の生きがいなのだから。今までの人生が無駄だと言われたようなものだ。

 自分には何もないと、なんの価値もないのだと。


「逆だろ……ッ」


 唇を噛み締め、逃げない後輩たちを守るため、増殖しないようにウミナメを攻撃し、足止めする。

 その時、脳に直接響いてきた声。


≪ 北東教育機関、宇佐美白菜です。ヴェーベに住む、全ての人にお伝えします ≫


 中央管理局の屋上に取り付けられたアンテナに降り立ったうさぎを模した仮面を着けた白菜は、指を頭の横に持ってくると、集中し、ヴェーベ全域に電波を発信する。


≪ 裏切り者の私の言葉を聞きたくなくても、無理にでも聞いてもらいます。真実から目を背けて戦って、勝てる相手ではありません。だから、どうか手を貸してください。我々が……私たちが生きるための作戦を ≫


 

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