第4作戦 能力協騒
01
「こちら、現場の古河です」
「なに余裕ぶっこいてるんです? 先輩」
殺気にも似たドスの効いた後輩の声に、木在は頭に手をやる。
「いやーだって、暇で」
「私は忙しいんですけど」
「じゃあ、何か手伝えることはある?」
「ありません」
「だろー?」
だったらせめて緊張感を持って欲しいところだが、木在にそれを求めたところで、適当に流されるオチが見える。白菜は音もなくため息をつくと、そっと通路の向こうをのぞき込む。
人こそいるが、能力者は見当たらない。さすがに本土というだけあり、石を投げても能力者に当たることはない。おかげで、潜入はラクだ。なにより、蒼哉の方で起きた騒ぎのおかげで、警備もほとんどいない。
「何か慣れてる?」
「別に、慣れてません」
しかし、白菜の動きに迷いはなく、建物の中をどんどん進んでいく。
「元々、私は先輩たちみたいに、敵を殴って勝つ能力じゃないんで。権力争いのズルに使われるだけですから」
白菜にとっての敵は、怪人ではなく人だった。倒す力も他より劣るなら、自分が能力者としての実力を示すには、強い人間のチームに入らなければいけない。だからこそ、北東教育機関を選び、数少ない枠を奪ったのだ。
自分は決して、大手を振って迎えられる能力者にはなれない。そんなこと、誰よりも自分が理解していた。
「お前も大変だなぁ」
だから、自分が持てなかった力を持っているのに、それを使わない木在たちが恨めしかった。
「殴って解決するのは流血沙汰だけど、白菜なら無血勝利できるって、なんかかっこよくね? 世界の支配者いけるかも」
だが、自分の言いたいこと、やりたいことを偽りなく、なんの得にならなくても、逆に損になるかもしれなくても、迷わず行えるその行動力は、羨ましかった。
「ぜんっぜん! かっこよくありませんし、私を使おうっていう人だって、それくらい警戒してますよ」
「どんなに防御してても、意味ないぜ! 電波、発・信☆みたいなことできないの?」
「はいはい。できたらいいですねーそんな都合のいいこと」
そんな他愛の無い会話をしていると、ようやくそこにたどり着いた。屋上へ続くドアは鍵がかけられており、開かない。
木在が杖を地面に付けると、徐々にドアの留め具が腐敗し始める。金属が軋み出した頃、杖を地面から離すと、ドアの方に向け、強風を吹かせた。すると、ドアは音を立てて外れ、屋上に転がった。
「お、ヘリ、発見」
木在たちがいる建物は先程、白菜が捉えられていた研究施設だった。元々、ワクチンが出来次第、船ではなく、速度の速いヘリコプターを使って空から帰るつもりだったらしい。
その際に、まさか軍のヘリを盗む訳にもいかず、何かいい方法がないかと思っていたのだが、和樹の父親が研究施設の屋上のヘリを使えと言ってくれたのだ。実際、父親はその施設の副主任であり、主任ではなく、貸す権利はないのだが、もうそんなことを言える立場でもない。
遼太の指揮の元、木在たちは三班に分かれ、それぞれの任務をこなしていた。木在たちは、ヴェーベへ帰るための足の確保。蒼哉を助けてからは、時間の猶予はない。早急に奪取しなければならない。
「……で、白菜さ、操縦できる?」
「できると思ってるんです?」
「ですよねー」
どちらもヘリコプターの操縦などしたことはない。笑う木在に、頬をひきつらせる白菜。この施設にいる操縦できる人間を、すぐに洗脳して奪えと言うことなのだろうか。白菜が頭を悩ませていると、二人を助ける声が頭上から降ってきた。
「その操縦。私にお任せ下さい」
その服装を木在は見たことがあった。
「長老のところの!」
「長老? 知り合い、なんですか?」
「帝国の諜報……忍者!」
「諜報機関でしょ。忍者ってなんですか。アニメじゃないんですから」
呆れながらも、その男を見上げれば、ヘリコプターのキーまで持っていた。
「先程、拝借してまいりました。これがワクチンを持ち帰るための足になるなら、我々も協力するとのことです」
「おーありがとうございます」
「一応、味方、なんですね」
「えぇ。ですから、能力は無しで、お願いします」
白菜がいれば、能力者ではないこの男が裏切ることはできない。白菜は頷くと、男も頷き、ヘリに乗り込んだ。
そして、全員の集合場所へ、飛んだ。
***
うっすらと朝日が地平に反射し始めた。その様子に、遼太は目をこすりながら起き上がると、海に浮かぶ港を見つめる蒼哉の隣に立つ。
「様子は?」
「ヘリが止まってからは何も」
「そうか」
向こうはもう使える交渉に使える手はない。それどころか、今までのことをルーチェたちが外へ漏らせば、立場がなくなる。絶体絶命のピンチだ。
その状況で、考えられる手立ては二つだ。一つは、ルーチェたちを一斉に始末する方法。緊急の脱出口である港の破壊は、一度失敗したとはいえ、有効といえば有効だ。ただ二度目も防がれる可能性を考える必要は十分にあるが。
そして、もう一つは、何よりも早く、能力者よりも怪人が強いことを証明することだ。これまでに起きた、白菜の洗脳や弥の蒼哉の処刑妨害を、人として思考ができる故の奇行だと結論づけ、思考せず愚直に戦う兵器となりえる人工の怪人を戦わせるべきだと、国王に納得させる。その中で最も重要なのは、兵器としての人工怪人と能力者の力の差を、はっきりと帝国中に見せつける必要がある。
逃げて現状維持か、一発逆転の大勝負か、どちらにしろ、もうひと悶着、今日中にあるだろう。
「先輩。僕は、やっぱり間違っていたんでしょうか……」
少しだけ恐ろしく思いながら、遼太を見れば、至極めんどくさそうな表情をしていた。
「ぇ……」
「お前ら、兄弟揃ってめんどくせェな! 正しいも間違ってるも、そんなもん状況次第で変わるに決まってんだろ。お前は、チェスやってるのに取った駒を自分の駒として使うか?」
「え、あ、使いません」
「だろ? 世界ってのは、ルールが変わりすぎるせいで、わかりにくいがな」
しかも、今は大きな変わり目になりつつある場面だ。確かに存在するはずのルールが見えにくくなる。
「でも、先輩たちはいつでも正しくあるじゃないですか」
「知るかよ。たまたまだろ。
……ま、あいつらは、世界のルールじゃねぇ……もっと大事な、ルールを守って、それが運良く正しかっただけだ。まぁ、融通は効かねぇけど」
胸に軽く当てられる拳に、蒼哉は困ったように少しだけ笑った。
「もし、わからなくなったら、弥お姉ちゃんに殴られねェ選択をするんだな。あいつに殴られるとマジでイテェーから」
そういうと、遼太は足早に部屋から出ていく。誰も見ていない廊下で、一人暑そうに、赤くなった顔を煽いだ。
***
ヴェーベ、特に北東教育機関は混乱していた。能力者の権力者でもあるはずの蒼哉が反逆罪として捕まったことは、能力者の今までの努力を全てムダにする可能性が多いにあった。隔離された施設に住むことを強制され、その施設をでるための手段である政府を裏切った。もはや、一人の問題ではない。能力者全員の問題だ。
故に、なぜ止めなかったのかと、同チームである赤哉や桃太まで糾弾されることもあった。特に赤哉は半身でもある蒼哉を失ったためか、ひどく落ち込んでいた。
「桃太君。赤哉君についててあげて」
「はい」
ここは、教室から離れたある部屋。去年まで、ギターの音や騒がしい声が響いていた部屋だ。生徒から忘れ去られたこの場所なら、少しは安心できるだろう。
「今日、またあなたたちに頼らないといけないかもしれない……でもね、無理してそこから出てこなくてもいいのよ。生徒が辛そうな顔をしてるのに、戦えなんて言わないわ」
「でも……」
「気にしないで! そこは、サボり部屋なんだから!」
怪人が出ようと、自発的に出ていくことはなく、いつも怜子が怒らなければ、出ていくことはなかった。手の掛かる子供で大変だった。
一歩下がって、教師としてだけど、一緒にいた三年間は、騒がしくも明るく、その明るさは気が付けばこの学校全体に伝わっていて、他の学校の顧問には緊張感がないと、嫌味を言われることもあった。でも、能力者であっても子供で生徒。なら、大人で教師の私が守るのは当たり前だ。
『ヴェーベにウミナメみたいなのが現れるかもしれないから、警戒しといてくれ』
初めて大仕事をしている一人の生徒が、突然そんな連絡を寄越してきた。卒業したというのに、相変わらずの生徒たちに、怜子は苦笑いをこぼすしかなかったが、安心もしていた。
「がんばらないと……! 私は先生なんだから」
混乱の中でも、やることは決まっていた。
部屋は小さなものだ。椅子が足りないとか、テーブルの上に物が置かれすぎていて、ほとんど機能していないとか、そもそも全て荷物置いていったのかと、色々と言いたくなる部屋が先輩たちらしかった。
「俺がやってたのは、全部、ごっこ遊びだったんだ……本当にやらないといけない時に、何もできない……人に押し付けて……!」
「赤哉……」
「二人を殺した奴を殴ることもできないで、一人で閉じこもって、かわいそうな奴みたいに……二人を見捨てたのは俺なのに……でも、でも、怖くて……」
「怖いなら、戦わなくていいよ」
優しい桃太の声に、赤哉が顔を上げたその瞬間、いい音と共に衝撃が頬にぶつかる。
「!?!?」
あまりにも予想外の出来事に、目を白黒させながら桃太を見上げると、桃太は珍しく怒ったように表情を険しくしていた。
「赤哉が落ち込むのもわかるよ? でも、蒼哉と先輩が死んだって決めつけるのは、別だよ」
「でも――」
「二人のことを誰よりも知ってるのは、赤哉でしょ?」
ずっと昔から一緒にいた二人のことを、赤哉はよく知っている。そう簡単に、死ぬ人間じゃない。
ゆっくりと頷く赤哉に、桃太はいつものような柔和な笑みを浮かべた。
「なんだか、ないがしろされた気がする……」
突然そんなことを言い出した白菜に、和樹は首をかしげるが、木在は自分が作ったスープを見て、気がつき慌てたように声を上げた。
「やっぱり、共食いはダメか」
「木在さん。
すぐにルーチェに否定されてしまった。
「やっぱり、変な影響与えてるじゃないですか……」
静かに、ため息をついたのだった。
長老たちと見張りを交代し戻ってきた拓斗たちと混じえて、状況の報告をしあう。ワクチンは全部で五本。その内、二つは付加結晶に圧縮し、弥が持つことになった。残り三本は、和樹、遼太、拓斗が各一本ずつを持つことになった。
戦いがあるかもしれないと聞いた研究員が、気を利かせてすぐにでも使えるよう、ワクチンを刺せば中に注入できるようなナイフに充填していた。
「俺はともかく、アオは持っといたほうがいいんじゃないの?」
近接戦闘は蒼哉も得意だ。防御重視の和樹よりも、必要になる場面はあるかもしれない。
「いえ、それよりも、先輩の予想通りに、相手は持ちえる全ての怪人を出してくる可能性がある状況である今、五本というのはさすがに少なすぎます。それに、できればサンプルとしてひとつは残しておきたい」
「最悪、精製方法は分かってんだ。使い切っても構わねぇだろ」
「あ、あの! 足りないなら、私の血をもっと取って作れば――」
「もうルーチェの血液は、限界近くまで取ってるから、無理なのよ。あなたの気持ちはわかるけど、抑えて」
血を抜きすぎて、死んでしまったら元も子もない。今のところ、唯一あの増殖を止められる手立てなのだから。
悔しそうに顔を俯かせるルーチェに、遼太がまたウミナメの時のように足りない分は、燃やせばいいと言うが、内心焦りはあった。ウミナメは一体だけだった。だが、今回は違う。複数いるはずだ。
「あ、ならさ。冷凍保存は?」
「それだ!」
「よくわからんけど、それだァ!!」
拓斗の口を和樹が塞ぎながら続きを促す。
「前の戦いの時に、全身が凍りついた奴らは増殖はしなかった。まぁ、溶けたあとは増殖してたが。だが、一時的にそれで時間稼ぎをして、ワクチンを作ったあとでも、なかったとしても、少しずつなら対処もできる。冴えてんな! 木在」
「おう。たまにはな」
となれば、と遼太が、元顧問である怜子に電話を電話をかけると、すぐに表情が曇った。そして、要件を伝えると、電話を切り、全員に向き直った。
「怪人共が、ヴェーベに複数現れたらしい」
それは、総攻撃の始まりを意味していた。全員、立ち上がると、出口に急ぐ。だが、一度白菜が足を止める。
「一応、ここが襲われた時のために誰か残ったほうがいいんじゃないですか?」
「いえ、みなさんは行ってください。私にも少し宛があります」
「父さん……?」
和樹が心配そうに見つめるのを、父は力強く頷くと、和樹も頷き返した。
「遼太さん」
「なんすか?」
「ルーチェを連れていってもらえませんか? もしものことがあった時、私たちではこの子を守れません」
「ママ!?」
「大丈夫よ。向こうにはパパもいるから」
しかし、危険な場所にルーチェを連れていくのは、さすがの遼太も顔をしかめていた。そんな遼太を見かねたのか、ルーチェの母は笑いながら、
「ルーチェを研究所まで護衛する。それが、あなたたちにお願いした依頼です。ここは避難所ですよ?」
押しの一言だった。
「こりゃ負けだー! ルーチェ! 一緒にパパ助けに行くぞォー!」
「え、えぇ……!? でも、ママは!?」
「ったく! 安心しろ! ママたちいなくなったら、帝国的にもよくねぇから長老たちが守ってくれる!」
引かれる腕に、困惑しながらも母を見れば、手を振っていた。
「いってらっしゃい。ルーチェ。パパをお願いね。そしたら、三人でまたピクニック、しましょうね」
ピクニックなんて懐かしいなぁなんて、腕を引いてる拓斗が自分の過去を思い出しているのか、つぶやいていた。そして、ルーチェの方を見ると、笑った。
「いってらっしゃいって言われたら?」
その笑顔は自然と恐怖心を無くしてくれる。これから、どれだけ辛く苦しい状況になるかもしれないか、わからないというのに。絶対に大丈夫だと、信じさせてくれる。
「いってきます! ピクニック、約束だよ!」
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