Aコードコンチェルト

廿楽 亜久

第0作戦 新規邂逅

プロローグ

 スーパーマーケットの詰め放題ゾーンに立ち尽くす少年がいた。


「コレはヤベェ……」


 そこに置かれた、色とりどりのトマトに古河木在ふるかわきさらはそう洩らす。よく見かける赤、それからオレンジ、黄色まではまだよかった。どう見てもまだ青いものに、黒いものまである。木在は、そのトマトバイキングと書かれたその小さなパックに、トマトを詰め込み始めた。

 そして、カゴを持っている湊弥みなとやよいと合流すると、カゴにそのパックを入れた。


「……」

「ヤバいだろ。コレ」


 嬉しそうにいう木在に、つい弥もそれを凝視してしまう。パックに大量に詰め込まれた黒いトマトと青いトマト。赤と黄色なんて生易しい色はひとつも入っていない。


「ヤバい」


 ただただその言葉しか浮かばなかった。



***



 学生たちが各々好きな場所で、好きに過ごす放課後、人気のない校舎の隅に位置する部屋からギターを鳴らす音が漏れていた。


「コレはヤベェ……」


 ギターを鳴らしていた四柳拓斗しりゅうたくとは気づいてはいけない何かに気がついてしまったように、ギターを鳴らす手を止めて呟いた。


「なんかあった?」


 菓子を食べながら、パソコンに向かっていた後藤和樹ごとうかずきは、ヘッドフォンを外しながら不思議そう顔を向けると、


「まぁ、聞けって」


 拓斗はそう言って、もう一度ギターを鳴らし、


「そ、それは……!」

「「すばらしい!!」」


 二人揃って、嬉々とした声を上げた。


「だろだろ!? 俺もコレはヤベェなと思ってさ!」

「ヤバい! ヤバすぎだよ!」

「はぁ……俺ってば、やっぱ天才?」


 先程の興奮から一転し、憂いを帯びながらも爽やかな笑みを和樹に向けた瞬間、雰囲気を壊すようにけたたましい警報が鳴り出した。


≪ 北東ニ番地区に怪人出現。A級能力者は直ちに出撃せよ。繰り返す―― ≫


 警報のおかげで、すっかり先程の興奮が冷めてしまい、二人は先程までと同じように椅子に座り、拓斗はまたギターの練習を始め、和樹もまたパソコンに向き直る。

 しかし、そんな二人とは裏腹に、放送が入ると、周囲の部屋からは慌てたように避難を開始する人の声が響くいていた。そんな騒ぎを聞きながらも、二人はというと、部屋の外と中で別世界のようにのんびりとしていた。


「怪人だって。拓斗」

「俺は~~音楽の才能もA級ぅ~~だぜっ!」


 ギターを鳴らしながら歌う拓斗に、和樹はその歌に言葉を返さずのんびりとお茶を飲んだ。



***



 慌ただしくなった校舎に、拓斗たち以外にものんびりとしている部屋があった。ボードゲームをしながら、頭を悩ませている少年に、その様子を楽しげに見る少年。この部屋もまた、外の喧騒とは別世界のようだった。

 すると、その部屋に、頭を悩ませている少年にそっくりな少年が入ってきた。


赤哉せきや。避難誘導指示がでた……って、先輩、何してるんですか」

「よっ。アオ」


 先程の放送で出撃命令が出たはずの先輩、日向遼太ひゅうがりょうたが、のんびりとボードゲームをしているのだから、少しは驚く。


「いかなくていいんですか? 出撃命令、でてますけど」


 しかし、双子の弟である赤哉は、そのことに全く違和感を覚えていないらしく、次の一手を考えている。


「今から行ったってどーせ間に合わないし、いいだろ。別に。超能力での怪人ぶっ飛ばしただけで、人の価値を決められねぇよ」


 この街、いや、この島は帝国本土から離れた人工的な島“ヴェーベ”。

 人を襲う“怪人”と呼ばれるモノを倒すことのできる、特殊な遺伝子を持った子供たちが集められ育てられる島。たとえ、本土で産まれようと、遺伝子を持っていれば、このヴェーベに移住し、帝国の防衛を任される。

 

「いや、それを否定されるとそもそもの制度が……」


 遼太の言葉に、蒼哉もつい苦笑いをこぼしてしまう。

 能力者は、生まれたその瞬間からAからDまでの四段階で分けられる。中でも、A級能力者となれば、怪人と戦い、倒すことが使命とされ、前準備として各教育機関ごとにチームが作られ、チームで怪人を倒し、貢献度を競い合っていた。

 その貢献度が低ければ、A級とはいえ、弱い、臆病、薄情というレッテルを貼られることになる。

 だからこそ、普通は怪人が現れたと聞けば、すぐに倒しに行くのだが、極稀に、それらを全く気にしないA級能力者もいる。


「とにかく! 僕たちは、住人の誘導を」


 実際に怪人と戦うのは、死傷者を減らすため、最上級生と決められており、いくらA級能力者であっても、最上級生でなければ立場としてはB級能力者とほとんど変わりはない。避難誘導が主な仕事だ。

 変わるとするなら、同じ教育機関の上級生がやられた時、代わりとなり怪人と戦い、避難誘導の際の貢献度は来年に加算されるくらいだ。


「ちょっと待って。蒼哉そうや。この一手読み違えると、負けるんだ」

「そんなこと、どうでもいいでしょ」

「よくない! 避難誘導なんてもん、みんな慣れて、勝手にやってるだろ」


 赤哉の言ったとおり、この街の住人なら避難は慣れているし、能力者の学校ともなればなおさらだ。それに、怪人が暴れている場所がまだ遠いため、学校の周囲はまだすぐに誘導がいるほど混乱はしていなかった。


「にしても、こんだけ強いのに、なんでブッチギリでランク最下位なんですか」

「そりゃ、同条件で戦えばって話だろ。俺たちのチームに遠距離攻撃ができる奴はいねぇし、空飛べる奴もいねぇ。ついでにいえば、高速で移動できるようにするような奴は……いない。しかも、全員それなりに運がいいからか、目の前に怪人が現れるアンラッキーもない。俺にはこれでどうにかなるやつがいたら、見てみたいな」

「超絶強い怪人が現れて、先輩たちしか戦える人が残ってない」

「それなら、まぁ……戦えはするな。勝てるかは別で」


 二人は動く気がないらしい。残念なことに、この北東教育機関のチームは、他の教育機関に比べて二倍以上の差を付けて、貢献度は最下位だ。

 主な原因は、見てのとおりではあるのだが、そもそもやる気を出したところで、他の教育機関のチームには遠距離で攻撃できる人がいたり、素早く現場にたどり着ける人がいたりと、確かになにかと初動が遅く、間に合わないところは否めない。


「ま、今からがんばったところで、先輩たちのダブルスコアをダブルスコアじゃなくすることくらいしか、できなさそうですしね」

「いっそのこと、トリプルスコアってのがいいんじゃねって話もあるぜ?」

「それは、怪人がくる頻度とどこに出るかってのがわからないから、難しくないですか?」

「そうなんだよなぁ……いくら俺でもどこから出てくるかわからない奴らの所に、うまい具合に当てるってのは難しい」


 ボードゲームそっちのけで、トリプルスコアにする方法を本気で悩み出している遼太に、蒼哉もため息混じりに、外を見た。住人の避難誘導は、すでに他の人がやっているし、自分たちが出る必要はそれほどなさそうではある。廊下にも、もう人はいないだろうと顔を向ければ、教室のドア、しかし、普通のドアではなく下に付いているドアから人が侵入してきていた。


「……何してるんですか? 四柳先輩」

「ば、バレた!? やはり、俺の隠しきれないスターオーラが……」


 澄ました笑みを浮かべているが、床に這いつくばって上半身だか教室に入った状態でやられたところで、全くかっこよくはない。


「大スターなのに、地べた這いつくばってていいんですかね?」


 興味がないのか、一度も拓斗に目を向けず言う遼太に、赤哉は拓斗の姿を見て、そっと腰を下ろした。なにか、見てはいけないような気がした。

 拓斗は何事もなかったように、立ち上がると、今度は普通に教室のドアが開き、和樹が入ってきた。


「お・ま・た・せ☆」

「誰も待ってないから」

「まぁ、そういうなって。俺たち、これから出撃しないといけないんだよ」

「今から行ったって意味ないだろ」

「それは、俺らもそう思うんだけど……」

「さちこちゃんが」「ひさこちゃんが」

「「貢献度稼がなくても、せめて出撃の皆勤賞目指してー! って」」


 二人して全く別の名前を言ったが、指している人物は同じであり、ここのA級能力者の顧問である陸奥怜子むつれいこのことだ。なんでも、貢献度が最下位なのは、もはや確定事項であるため、出撃はしていたが近距離中心であるため、間に合わなかったという言い訳ができるようにしておきたいらしい。この学校のためにも、本人たちのためにも。

 それを理解していても、実際に行うかは別であり、遼太は頬杖を付きながら、


「めんどくせぇ」


 たった一言だ。

 自分たちの評価など、それよりも学校の評価が下がるなど、もっとどうでもいい。拓斗も和樹もそれについては、遼太と同意見ではあったが、ひとつ問題があった。


「それが、あまりに俺らがひどいと、ひさこがクビになるって」

「それはまずい。なんの罪もない、はなこがクビになるのは避けねぇと」

「だろ? だから、さちこのために、出撃だけはしておこうぜ」

「もう先輩たち、“○○こ”だったら、陸奥先生のことになるんだね……」

「不憫だな」


 後輩たちの呆れた視線に反応することなく、三人はそれぞれの仮面を取り出すと、別名の同一人物の顧問のために、出撃することに決めた。


「レボリューションッ!」


 拓斗がカラスを模した仮面を装着すると、黒を基調とした動きやすそうな軽装の鎧を身にまとい、最後に長いマフラーが現れた。


「へーんしんッ!」


 和樹が西洋の兜の前面を切り取ったような仮面を装着すると、黄色と白の重厚な鎧と槍、盾が現れた。


「モデルチェーンジッ!」


 遼太が鬼を模した仮面を装着すると、赤を基調とした鎧と大きな斧が現れた。

 そして、それぞれが変身を終えると、流れるように拓斗を中心に決めポーズを取った。それまでのバラバラさとはかけ離れた、最後の決めポーズの息の合い方に、なんとも言えない拍手が赤哉から送られた。



***



 その頃、木在と弥がいるスーパーは騒然としていた。近くに怪人が現れたという情報が入り、客も従業員も皆一斉にカゴを置いて、出口に走っていた。


「ど、どうしよう……!」


 木在が慌てて周りを見るが、レジにはもう誰もいない。こういう時は、買い物をやめて避難し、怪人にスーパーが壊されなかった時には、また戻ってきて買い物の続きをするのだが、時々、タイムセールなどで競い合って取った商品が、戻ってきた時に奪われるなどの事件が発生する。


「このトマト奪われたら……」

「絶対奪われないから」


 そんな黒いトマトを、しかも安いわけでもなく、詰め放題できるのだから、誰も取らない。店長らしき人が、避難していない二人に駆け寄ってくると、裏口に案内された。


「あちらで、怪人が暴れているそうなので、お客様は向こうへ避難してください」

「貴方は?」

「私はもう一度、お客様が取り残されていないか確認してまいりますので」


 店長はそれだけいうと、また店の中に戻っていった。裏口から出されたおかげで、そこは路地裏だった。二人以外に誰もいない。変身するにしても、規定として、関係者以外の前で装備を装着、つまり変身してはいけないというものがある。ここでなら問題なく変身し、怪人と戦いに行くこともできるが、


「トリプルスコア目指すって言ってたけど」

「それよりトマト」


 スーパーが壊されては、戻って買い物もできない。二人は仮面を取り出すと、


「装着ッ」


 木在が高らかに叫びながら、幾何学模様の入った仮面を装着すると、緑を基調としたローブに身を包み、その手には杖の先に氷のような宝石が埋め込まれたロットが握られていた。


「……」


 弥は何も言わず、青のゴーグルを付けると、動きやすそうな軽装の鎧を身にまとい、手には手甲が現れた。

 この変身に掛け声は全く必要なく、必要な行為は仮面をつけるだけなのだが、何故か弥の周りには掛け声を付ける人が多かった。ただ、かっこいいからという理由らしい。

 二人が怪人がいるという路地にでると、まずその大きさに驚くことになった。巨大なウミウシのような形で、その大きさは建物よりも大きい。歩くだけでも、その怪人の道となった場所には踏み潰された車や家が並ぶ。


「ん? 俺ら一番?」

「みたい」


 どうやら場所が近かったためか、まだ他のチームは来ていなかった。


「なんだっけ、アレ……海にいるやつだよな。ナメクジみたいな」


 ウミウシの名前が出てこないらしく、木在は頭をひねらせていたが、弥がその怪人に向かうと、手に握った杖を振った。氷のような宝石が、冷気をまとい、その周囲の水を凍らせ光を反射しながら、その怪人の背中に氷柱が突き刺さる。

 突然、痛みに襲われた怪人は、動きを止め、悶えるように自身の背中を見ようとするが、その横顔に炎を纏った拳が突き立てられた。


「ウミナメ、氷の方が効くみたいだな」

「ウミナメ……」


 木在にウミナメと名付けられた怪人は、小さな口を開き、目の前にいた弥に液体を吹き出してきたが、それを避け、素早く視界の外に外れると、ウミナメは弥を追いかけるように体を反転させた。体を反転させれば、自然と木在が視界の外になり、簡単に攻撃を加えられる。

 これは楽勝かもしれないと、思い始めた矢先、木在の氷に貫かれて剥がれ落ちたウミナメの一部が、蠢きだし、小さなウミナメとなって歩きだした。


「……マジで?」


 増殖する怪人など聞いたこともない。新種だ。ウミナメ本体の気を逸らせていた弥も、その小さなウミナメに気がつくと、表情を強ばらせた。どういう条件で増殖するにしろ、無闇に攻撃を与え続ければ、増える危険がある。一撃で仕留めなければならない。

 自然と視線は木在に向き、木在も同様に弥に向いていた。圧倒的な攻撃力を持つのは、弥の方だ。木在は、杖を振ると、今度は氷柱を作るのではなく、冷気そのものがウミナメを包み込み、一瞬にして凍りつかせる。冷気が漂うウミナメの正面に弥は立つと、ポーチから八面体の結晶を取り出し、三つの結晶を放ると、その結晶ごとウミナメを殴った。

 その大きなウミナメの体が浮き上がると同時に、撃ち込まれた拳が爆発し、爆発は手前から徐々にウミナメの中にもう二回爆発し、ウミナメの体は空に飛んでいった。


「たーまやー」


 凍らされた上に、内部からあれだけ爆発を受ければ、大抵の怪人は死ぬ。加えてあの巨体だ。地面に叩きつけられて、体が砕けて終わりだ。

 ちょうど到着した他のチームも、上空で飛んでいくウミナメを見ながら、ため息をついた。


「アレはもう手を出すまでもないな」

「あらら……出遅れた」


 その場にいた能力者の予想通り、ウミナメはいくつかのビルを巻き込みながら地面に叩きつけられ、その巨体は粉々に砕けた。


 しかし、それでは終わらなかった。


 砕けたウミナメの一部が、小さなウミナメとなって動き出したのだ。

 その後、全てのチームがウミナメを倒しにかかったが、切ったり叩いたりでは、ウミナメを増やすだけだった。塵ひとつ残さないよう燃やして、ようやく倒すことができる。


「って、それを俺らにどうしろって!?」


 和樹が泣き叫びながら、ガレキの上で小さなウミナメと戦っていた。小さくなってしまえば、それほど力は強くはなく、槍で突くだけなら分裂することもなかった。時間が経てば再生はしてしまうものの、これ以上増えることもなく、時間稼ぎはできる。

 仲間の方を見れば、鬼の面を付けた遼太が武器をしまってこちらに向かって走ってきていた。


「悪い! 大量に増えた!」


 遼太の後ろを見てみれば、もはや小銭サイズになっているウミナメが大量に遼太を追いかけていた。どうやら、小さくなると素早くなるようだ。


「って、こっちくんなァァアア!!」

「ダチ見捨ててんじゃねェよ!」

「ダチ道連れにすんなァ!」

「死ぬまで一緒だって約束しただろ!」

「してない! 見送りはするから、死ぬなら一人で死んで! お願い!」


 遼太が和樹を追うおかげで、いつまでも鬼ごっこは終わらない。いい加減、追いつかれそうになったその時、遼太の背中に熱気が渦巻いた。

 二人が振り返れば、地面に拳を付けた弥がいた。その隣に、尻餅を付いた木在。他には何もいない。二人を追いかけていた、小さいウミナメは一匹もいなくなっていた。


「さっすが! 弥! やっぱ持つべきは、弥だな! こんな薄情なヤツじゃなくて」


 後ろでひどい顔をした和樹がいたが、鬼が振り返ると、途端に両手を上げて「弥さまー」と讃えあげる。


「つーか、お前らどこまで買い物に行ってたんだよ」

「病院まで」

「ってことは、拓斗に会った?」

「会ったよ。うめこがクビの危機ってのも聞いた」


 大変だよなぁ。なんて、全く大変そうじゃなさそうな口調で木在が言うと、弥も同じように頷いていた。


「まぁ、細かくすれば弥でも焼却処分にできるなら、俺と和樹で細くする。焼却は二人頼むぞ」

「でも、もう炎付加の結晶少ない」

「そこは、木在が風を巻き上げて炎の勢いを強めて、やることやったら、帰ろうぜ」

「「「了解」」」


 こうして、A級能力者たちの手により、新種の怪人、ウミナメは姿を消した。

 この大量に増えたウミナメを倒したことで、その年の貢献度は他の年に比べ、随分と高くなったが、全八つの教育機関の内、圧倒的最下位は七位に比べて三倍の差を付けられたという、その年は二つの歴史が刻まれたのだった。

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