02

 人の手が加えられなくなってから十数年は経とうとしているが、まだいくつかの非常灯はうっすらと光を放っていた。そんな廃線された地下鉄だというのに、ドアは錆び付くことなく、簡単に開く。どうやら本当に長老たちが使っている通路ではあるらしい。

 黒い仮面がそっと顔をのぞかせ、周囲に人影ないことを確認すると、通路に躍り出た。


「うっひゃー! 広い!」


 声を上げれば地下鉄いっぱいに、拓斗の声が反響する。


「ヤッホー!」

「山じゃないんだから」


 予想通りの拓斗に木在が呆れるものの、もう一人同じように騒ぎ出しそうな和樹が騒いでいないことに気がつき、振り返ってみれば、ルーチェに涙目で鎧を掴まれ、少し困ったように笑っていた。


「え? なに……どうしたの?」

「あー……木在は、その、知らないと思うけど……」


 つい先程のことだ。長老の家からこの地下鉄に繋がる道へ降りる際、案内されたのは垂直に地下につながる穴だった。行きのような崖登りとは違い、明らかな取っ掛りはなく、どう見ても地獄への一方通行にしか見えないその穴は、長老曰く諜報機関の人間であれば“簡単”に登ることもできるらしい。

 しかし、拓斗たちにそんな芸当できるはずもなく、自然とその穴は一方通行になるのだが、ハシゴはもちろん、紐一本すら見当たらない。

 つまり、飛び降りるしかなかった。木在の風の能力を使えば、高所から降りことだけはできると全員わかっていたし、実際、拓斗とルーチェはそれで救われていた。

 しかし、実際に飛び降りろと言われて、簡単に飛べる人間はそうおらず、ルーチェも足がすくんで動けなかった。拓斗や弥が先に飛び、安全であることは伝えたものの、それとこれとは話が別で、一歩が踏み出せないところ、遼太が突き落としたのだった。


「あぁ……どうりで」


 拓斗や和樹でもないのに、本当に死にそうな悲鳴を上げていたわけだ。

 しかも、少女を無慈悲に地獄へ放り投げた鬼は、楽しげに笑っている。


「あの人危ない……あの人危ない……」


 うわ言を繰り返すルーチェに不憫に思っていると、和樹はルーチェの肩に手をやる。


「そうだよ。あの鬼は俺たちの中で一番やばい奴なんだ」


 安心させたいのか、させたくないのかわからないことを言い出したが、誰もそれは否定できなかった。


「そういえば、結構騒いでるけど平気なのか?」


 先頭で懐中電灯で辺りを照らしながら、拓斗が珍しくまともなことを聞けば、遼太はルーチェのからかうのをやめ、頷いた。


「別に構わねぇよ。どうせバレてるだろうしな」

「え゛」

「バレてんの!?」

「言ってただろ。長老がどっちの味方もしないって。まだ帝国に利益になる方を量りかねてるとこなんだろうよ」


 ルーチェがウミナメの情報を持ち帰り、解析すれば、それは能力者側の利益となる。そのため、本来なら諜報機関が手を貸すのは、拓斗たち側だ。しかし、それは、能力者が怪人よりも強いことが、今までの歴史から証明されているからこそであり、もし怪人が能力者よりも強く、意のままに操れるとなれば、それが帝国の外ともいえる連合諸国統制研究機関に届けられ、データが発表されることは好ましくない。

 とはいえ、ウミナメはヴェーベで能力者に倒されてしまった。試作だとしても、今だに能力者の方が強いことに変わりはない。故に、まだ諜報機関はどちらに肩入れするか、決めかねていた。

 だからこそ、どちらにも協力し、貸しを作っておく。それが、拓斗たちでいうこの地下通路の存在を教えたことと昨日までの休息だ。そして、向こうにはルーチェの居場所、そして護衛している能力者の情報。


「でも、それだと長老は向こうの味方でもあるから、牢にいた理由がない」

「あっちも諜報機関なんて信じてるようで、信じてないんだろ。とはいえ、無下には出来ないってことで、機密事項とか言って、調べが終わるまではって、牢屋に入れられたんじゃないか? ほら、長老は手錠してなかったし、牛乳とかの差し入れも一人分少なかっただろ」

「そういや、ロリコンの部屋に俺以外に隠れてるのいたぜ?」

「それ、長老の部下だろ」


 おそらく表向きには、見ていないということにしたが、裏ではしっかりとその機密事項を調べていたのだろう。


「バレてるのにこのまま進んで、平気なんですか?」


 和樹の鎧はつかみ、隠れながら、ルーチェが恐る恐る聞けば、その様子がおもしろいのか、持っていた懐中電灯と顔の下から当て、薄気味悪い笑顔を浮かべながらルーチェに振り返った。


「「ぎゃぁぁぁああ!!」」


 恐ろしい鬼に和樹とルーチェが悲鳴を上げ、抱き合う。ちなみに拓斗は準備している段階から見えており、木在は目をそらしていた。


「いやーホント、からかうとおもしろいよな」

「もうやだもうやだもうやだァ! 私がマジメに聞いてるのにィ!」


 今にも泣きそうなルーチェに、腹を抱えて笑い出してしまった遼太は、しばらくその質問には答えられなかった。


「んで、さっきのことだけど、地下の方が都合がいいんだ。常に変身した状態でいられるってのがな。地上じゃ、常時変身ってわけにはいかない。新幹線みたいな権力の暴力やられたら、弥以外戦力にならないしな」


 変身していなければ、全員それほど強いわけではない。木在に限っていえば、ルーチェと同程度だ。しかし、今だに腹を抱えながら、時折思い出したように笑いそうになる遼太に、ルーチェは素直に納得できなかった。


「それに、長老がルーチェの護衛はA級能力者だって伝えてれば、考えなしにまた襲ってくるようなことはねぇよ」


 ただでさえ、能力者は一般人とは別格の強さがある。それがA級といえばなおさらだ。そんな能力者が、万全の状態で待ち構えているような場所に、策もなくやってくる訳がない。

 考えられる策は、同じく能力者を派遣し戦わせる、もしくは怪人に襲わせる。この二つだろう。他にも、この通路ごと爆破や毒ガスを充満させる方法もあるが、ガスは元々地下鉄だっただけあり換気はできているし、爆破は地上にも影響がでるため隠密にはいかない。

 可能性のある二つの方法も、それぞれ問題はある。完全に敵側の能力者であれば、ルーチェを襲うことに疑問はないだろうが、普通の能力者であれば多少の疑問はでる。そのあたりをごまかして利用しなければならない。

 ふとルーチェを抱きしめる腕が強くなった。


「和樹さん?」


 見上げれば、和樹は不思議そうな顔で天井を見上げている。自然と、ルーチェも天井を見上げるが何もいない。


「まぁ、つまり、しばらく俺たちのやることといえば」


 換気口の網が大きな音を立てて外れ、現れたのはウミナメに似ているが、体の半分溶けたような奇形の怪人ばかり。


「実験に失敗した、ウミナメモドキの廃棄処分の手伝いだな」


 ウミナメモドキの再生増殖能力は、本家より劣っていた。分裂しようとして、自滅するものまでいる。分裂するため、数は少し多いものの、それほど強くはなく、ウミナメのように必ず弥が処分しなければダメというわけではない。

 多少、進むのが止まる程度で、ウミナメモドキが明らかな邪魔にはならなかった。


***


 小人内は、昨日からずっと拓斗によって壊されたデータの復元を行なっていたが、今やそれは終わり、壊されなかったサンプルを手にまた研究を進めていた。


「私の研究所がひとつな訳がないだろう……! あのガキ共……! しかし、まぁ、これが壊されなかっただけマシだ」


 その手にもっていたのは、試験管に詰められた血。それを笑いながら見つめていると、通信が入る。


≪お見えになりました≫

「あぁ。今行く」


 通信が切れると、小人内は試験管を置くと、また笑った。


「あのタヌキジジィよりも、金と使命で利用できる方が何倍もラクだな」


 一人そんなつぶやきをもらすと、部屋を出ていった。誰もいなくなったはずの部屋に、一人の老人がモニターの前に降りてきた。


「タヌキがどこにおるかも知らんで、よぅしゃべる」


 長老は画面を見ると、そこには来たという人間の姿が映っていた。そして、ため息をついた。


「あやつはこっちの才能はないの」


 呆れながら、パソコンを操作し始めた。


***


「よぉーし。集合!」


 遼太の号令に、不思議そうに全員が文字通り集まり、円になって座る。

 これまで数度ウミナメモドキに襲われ、鎧は多少汚れてはいるが、大きな損傷もケガもなかった。ウミナメモドキたちは、配水管や通気口を通ってこの通路に来ているようだが、ひしめき合い、ただでさえ脆い体を崩しながらやってくるため、近づいてくれば和樹がすぐに気がつく。


「今はいないか?」

「いないであります! 隊長!」

「お腹すいたであります! 隊長!」

「左に同じであります。隊長」

「お昼にしましょう。隊長」

「昼の許可を、隊長」

「えぇ!? 私!?」


 てっきり遼太のことだと思っていたルーチェは、ふざけ始めた五人の様子をただ見守っていたのだが、最後に遼太がルーチェのことを隊長と呼ぶと、全員がこちらを向いた。あたふたと助けてくれそうな、和樹を見たが、今回は助けてくれそうにない。

 むしろ、許可が欲しいとばかりに、鎧の下からでもわかる笑顔だ。

 自分で決めるしかないと考え始めた時、口ではなくもっと下で大きく音が鳴り、はっきりと答えた。


「~~ッ」


 自分の腹を抑えるが、既に遅い。遼太はニヤニヤと笑っていた。


「さっすが、隊長。許可の仕方が違う」

「腹は口ほどモノを言うってやつだな!」

「なんかピクニックみたいだな」

「ピクニックなのに、こんなところで昼食いたくないなぁ」


 こんなジメジメとした場所ではなく、公園の木陰で、と言い出す木在に、弥が「冒険」と言えば、拓斗と和樹までもが目を輝かせた。


「トレジャーハンター的な?」

「いいじゃん! お宝探し!」

「盛り上がってきたァ!」


 楽しげに笑いながら、持ってきたおにぎりを食べていると、拓斗がギターを取り出したところで、遼太がそれを手刀で止めた。


「なんだよォ……! これから盛り上がるって時に」

「それやりだすと長くなるだろ。その前に、これからのことについて話す」


 そう言われてしまうと、文句は言えず、大人しく座った。


「このあとだが、二手に分かれる」

おとり?」

「囮っていっても、目的地バレてるならあんまり意味なくないか?」


 いくら別の方向へ囮が誘導しても、行く先はわかっているのだから、そこは警戒されているはずだ。それほど有効な手段とは思えない。


「ルーチェ届ける場所が、連合諸国統制研究機関じゃないから、それは問題ない。本当の目的地に行くための地図は今、書くからちょっと待て」


 なんでもないようにそんなことを言い出すと、数枚の紙にそれぞれ違う地図を書き始めた。一瞬、当たり前のように地図を見ていたが、すぐに声を上げた。


「ちょっと待って!?」

「どういうことだそれ!?」

「ナチュラルに流そうとするな!」

「ルーチェ、聞いてた?」

「聞いてないです!」

「そりゃ、今言ったし」


 誰かが口を滑らせないようにするには、できる限り知っている人間は少ないに限る。それが今回は遼太だけだったというだけだ。


「ルーチェには、和樹と木在が護衛な。何か不審な音がしたら全力で逃げろ。俺、拓斗、弥は当初の予定通り、研究機関を目指す。つまり囮だ。文句は受け付けないが、覚えられなかったらもう一回言うけど、覚えたか?」


 さすがに、たった二つのチーム分けを覚えられないことはない。

 遼太は無言の肯定を確認すると、地図を全て重ね、懐中電灯で下から照らし木在に見せる。複数の地図が重なって見えにくいものの、ある一点を指される。


「ここが、その目的地。下水道とか使ってない道とか、色々通って、この場所に行ってくれ。地図はこの線で合わせて使えば使えるから。ルートとしては、これがいいだろうが、それは現場判断で頼む」

「わかった」


 木在はもう一度、地図で現在地を確認するとしまった。


「集合は?」

「俺たちがそっちに行って合流」

「んじゃあ、和樹。俺のギター持っていっといてくんない?」


 囮となれば、姿を隠したり、素早く移動する必要や、大げさに立ち回る必要があるだろう。戦闘も必然的に多くなる。ギターを持っていては不利になることもあるだろう。なら、なんで持ってきたのかと、文句を言いたくなるものの、拓斗だから仕方ないと頷いた。


「囮なんて……危険です」

「でも、このままみんなでわいわい行くわけにもいかないし」

「そうだぞ。さすがの俺でも囮の必要性はわかる」


 拓斗までもが頷きながら、ルーチェに言うが、ルーチェは服の裾を握り締めながら、首を横に振った。


「それって、戦力の分散になって、もっと危険になるかもしれませんし、囮のみなさんの方には、あの怪人がもっとたくさんくるかもしれませんし、それにまた私のせいで――」


 まだ続けようとするルーチェの肩を、赤い手甲に包まれた手が叩く。


「とりあえず、護衛対象は大人しく護衛されとけって」

「そうだぜ? 今のルーチェは、女の子が夢見る、五人の騎士ナイトに守られたプリンセスなんだからさ! あぁっ……騎士さま、どうかご無事で……! って言っておけばいいんだぜ?」


 二人の言葉に頷く弥は「それに」と続ける。


「遼太に屁理屈じゃ勝てない」


 その言葉には全員が頷いた。しかし、ルーチェは納得はしていないようで、うつむいたままだ。


「そもそも、危険とか、そんなもん一ヶ月遊んで暮らせる大金もらって依頼受けてるんだから、当たり前だろ。それに、その金は俺たちのためだけじゃねぇ。お前が、その情報を持ち帰った後の利益も、全部ひっくるめて釣り合う金額なんだぜ?」

「珍しく遼太が気を使ってる……」

「つまり裏があるんだな!」


 和樹と拓斗が驚き、その言葉の裏を考え始めると、遼太は妙に爽やかな笑みを浮かべる。


「なんだとぉ? 俺は優しさしかない裏表のない善人だって知らないのかぁ?」

「善人はそんなこと言わない」


 「そうだそうだ!」と拓斗が言う中、何かに気がついたように木在が声を上げた。自然と全員の視線が木在に向く。


「俺たちの方が危険かもしんない」


 普通ならば囮の方が危険なはずだ。しかし、囮が気づかれた場合、ルーチェのいる方に敵が向かう。そうなれば戦うことになるのだが、


「弥がいない」


 このチームの中で飛び抜けた戦闘力を持つ弥がいないのは、確かに不安ではある。そのことに和樹が納得し、弥の方を見れば、すでに両肩を拓斗と遼太に組まれていた。


「俺たち、スタートリオだから」

「ズッ友だから」


 全く渡す気はないらしい。そもそも、囮の方が危険なことにかわりないので、わざわざ弥を奪い取るようなことはしないが。

 昼食を食べた場所から少し歩き、壊れた非常灯の下に屈んでやっと通れるようなドアがあった。ここから分かれることになっている。もう一度、目的地の場所とルートを確認する遼太と木在。


「お前、微妙に方向音痴なのがなぁ」

「地図グルグルしながら進むから平気だって」

「ルートさえ木在が覚えてくれれば、俺も確認して進めば大丈夫っしょ」


 ルートは最早覚えられる気はしないらしい和樹に呆れながらも、一応、和樹もいれ三人で確認していく。その後ろで不安そうに見守るルーチェに、拓斗が声をかけると和樹に渡す約束だったギターを差し出す。


「このギター、ルーチェに預ける! スターな俺様がぜーったいに取りに行くから、受け取ったってサインするまで絶対に捨てんなよ?」


 差し出されたギターと拓斗をしばらく交互に見ると、おずおずと手を伸ばし受け取った。


「私、楽器弾けないし、あっても困るだけなんで、ちゃんと取りに来てください」

「おう! 任せとけ、んでもって、俺のギター、今度こそ聞かせてやるからな!」


 そういえば初めて会って以来、一度もギターを弾いたところを聞いたことがなかった。強く頷くと、それを肩にかける。

 三人がドアの向こうに移動すると、顔だけこちらに向ける。


「それじゃ」

「おう」

「がんばって」

「そっちもな」

「俺様にかかればイチコロよ!」


 拓斗がルーチェにウインクすれば、困ったように目をそらし、小さな声で、


「ど、どうかご無事で……」


 本当に小さな声だったが、全員の耳にしっかり入ったその言葉。言ってみたものの恥ずかしいのか、真っ赤な顔を横に振っているルーチェは、別の言葉にしようと声を上げようとしたが、その前に隣から猫なで声が響いてきた。


「王子さまぁ! どうか、白馬で私を迎えに来てくださいね!」

「ハッハッハッ! もちろんだよ。プリンセス。どこかの将軍のように、白馬で現れることを誓うよ」


 拓斗の高笑いと共に、ドアは閉まった。そして、木在は一人、ルーチェに悪影響を与えているんじゃないかと、少し不安になったのだった。

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