05

「避けられてる」


 開口一番にこれだ。拗ねたように頬をふくらませたところで、男がやっても、まったくかわいくない。

 拓斗の言っているのは、ルーチェのことだ。あれ以降、拓斗と和樹がいつものように絡もうとしたところで、全速力で逃げていった。


「臭いんじゃね?」

「ちゃんと昨日、風呂入ったもん」


 適当に返しながら、携帯を開いてみれば、メールが入っていた。それに返信してから、立ち上がると、腕をつかまれた。


「なんだよ」

「だってぇ……あんだけあからさまに避けられるとさすがに傷つく」


 いつも拓斗のテンションに引いて、避けている人は大量にいるが、全く気にしていないこいつに言われても困る。


「結局、自分が一番気にしてんだ。俺たちがどうしようが、変わんねぇよ」


 なおさら頬を膨らませる拓斗の腕をはずそうと、抓ろうと手を伸ばした時に見えた、拓斗の頬に近づく手。その手は、後ろから勢いよく膨らんだ頬を叩きつぶし、吹き出されたつばが腕にかかった。


「げっ……」


 拓斗の服につばをなすりつけながら、頬を叩き潰した奴に目を向ければ、相変わらずマイペースに楽しそうに笑っている。


「いい感じに膨らんでたから」

「俺に被害出すなよ」

「ごめーん」


 全く謝る気のない謝罪に、ため息をついてから、部屋を出た。


「遼太?」


 手伝いをしているのか、荷物を運んでいる弥は不思議そうに首をかしげていた。たぶん、どこに行くのか不思議なのだろう。


「外、行ってくる」

「ついていく?」

「知り合いに会いに行くだけだよ。お前は、ここが襲われそうになった時のために待機な」

「わかった」


 「何かあったら連絡して」とだけ言って、弥も歩いていってしまった。


***


 怪人は悪者です。そして、能力者はヒーローです。悪者は必ずヒーローに倒されて、世界は平和になります。

 そんな当たり前の、絵本や映画にもなるような話。

 母は私に怪人ではないという。だが、そんなはずはない。怪人になる薬を打たれて、分裂はしていないが、遺伝子は変わっている。


「怪人、なのかな……私も」

「違うと思うぞ」


 誰もいないと思っていた場所で呟いたはずの言葉に、返事が返ってきた。驚いて顔を上げるが、やはり通路には、積み上がった非常食の詰められたダンボールだけ。人影はない。

 だが、積み上がったダンボールの隙間から、じっとこちらを見つめる目があった。


「うわァッ!?」


 よく見てみれば、知らない目ではない。先程の声も、ちゃんと知っている人の声だ。


「な、なんでそんなところに……」

「拓斗がかくれんぼしようって、言い出したから」


 積んであったダンボールを、自分が隠れられるように積み直したらしい。もはや、拓斗たちがやること一つ一つに、ツッコミを入れていくのすらめんどくさく感じてくる。

 無視しようかとも思った時、木在の隠れろという言葉に、反射的にダンボールの裏に身を潜めれば、鬼らしい人の足音が近づき、足を止める。


「プリン食べたい人、この指とーまれっ!」


 本当にかくれんぼをしているのか疑問に思うような言葉だが、何も言わずに隠れていれば、その声の主は「いないのか」と呟き、離れていってしまった。


(バカなの……? あの人バカなの!?)


「ふぅ……アイスだったら危なかった」

「食べ物の問題なの!?」

「だって、アイスだと溶けるだろ?」


 そういう問題なのか? そもそも冷凍庫に入れてあれば、アイスも溶けないと疑問には思うが、拓斗なら、もしかしたらアイスを持ち歩いて探すかもしれないと思い、これ以上何を言っても意味がない気がしてきた。

 座ってしまったからか、すぐに立ち上がる気にもなれず、足を伸ばす。


「みなさんは、いいですよね。能力者で。力があって、みんなから必要にされて、やることだって分かってる」

「ん? そうか?」


 羨ましく思うその気持ちすら、その力を持ってるからこそ気づかない。


「あ……そっか。ヴェーベと違って、こっちは能力者じゃないのが普通なのか」


 ヴェーベと本土では、圧倒的に能力者の比率が違う。ヴェーベなら石を投げれば、能力者に当たる。むしろ、能力者ではない人は、能力者の子供を持っている親くらいなものだ。

 当たり前のように力をもっていて、必要とされる感覚があまりない。もちろん、A級なだけあり、他よりは頼りにされているのかもしれないが、その頼りにされる最大の時期を木在たちは、半分以上棒に振っていた。なにより、


「俺はA級らしくないって、ずっと言われ続けてたからなぁ」


 のんびり屋のマイペース。競争心もない。初等教育の時代からすでに、それについては注意を受けていた。A級能力者として、本格的に活動し始める高等教育に入り、他の能力者の足を引っ張らないように。

 中等教育に入れば、他のA級能力者との差は大きく現れていた。見えない溝のようなもの。それは実力ではなく、志の問題だ。

 はっきり言って、実力は十分すぎるほどあった。なんのいたずらか、木在は“氷” “風” “腐”の三属性を扱うことができた。


「昔、なんでお前なんかが三属性も使えるんだーって、泣かれたことあるくらいだしなー」


 泣かれたところで、持って生まれた能力をどうしろというのかと、その時も首をかしげて同じことを言って、なおさら怒らせたことがあった。


「ただの自慢ですよ。それじゃあ」

「さすがに今、同じこと言われたら、首は傾げないって」

「いや、何も変ってないと思いますよ?」

「じゃあ、なんか怒らせないで済む方法考えてー」


 投げやりな木在に、少し頭をひねらせてみたものの、そう言われてしまっては、何を返したところで怒りそうだ。


「思いつきません。ごめんなさい」

「だよねー前に拓斗たちにも相談したことあるけど、まともな答え返ってこなかったし」

「そうでしょうね」


 容易に想像がつく。むしろ、さらに怒らせるような内容を言い出しそうだ。


「親は二人共、性格はしょうがないって、まぁ、親も変わってたんだよなー」


 能力者の親でも、そうでない親でも、特にA級能力者の親であるなら、子には努力するようにいう親は多い。それが子のためであり、能力者として当たり前のことだった。自身がランクの低い能力者であるほど、期待も含まれ、その傾向が強いと言われている。


「たぶん、ルーチェの気持ちは少しはわかると思うんだ。俺はただの人なのに、何故か能力がある人間だからさ」

「……」

「能力者だって、人の遺伝子が変わっただけだし、それってルーチェと似てるだろ? 本当は、ルーチェは能力者なのかもしんないぜ?」

「でも、仮面はないし、変身できないですよ」

「怪人に新種があるんだから、能力者に新種があってもいいんじゃね?」


 変わらない緩さに、ルーチェが困ったように笑い、口を開いた瞬間、


「みぃーっけぇぇぇえええ!!」


 叫びと共にダンボールが崩れ、ダンボールへスライディングを決めた拓斗の上に非常食の缶が降り注ぐ。雄叫びなのか悲鳴なのかわからない叫びを上げて、拓斗は静かになった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あーぁ……見つかった」

「少しは心配しましょうよ!?」


 どうやらタンコブは作ったようだが、それ以外のケガはないらしく、起き上がると二人を満足気に見た。後ろには、先に見つかっていた和樹がいた。


「なんの音?」


 先程のダンボールが崩れた音に引き寄せられ、弥が顔を出すと、拓斗に「見っけ!」と言われ、首をかしげていたが、なんとなく状況は察したらしい。


「あとは遼太だけだな!」

「そういえば、遼太探すためにかくれんぼしたんだっけ……」

「遼太ならいない」

「何で!?」

「知り合いに会いに行くって、外に行った」


 知り合いなんて本土にいたのかと、驚きながらも、拓斗は「なら、仕方ない」と言うと、和樹を指さした。


「じゃあ、和樹、次、鬼な。十数えたら探していいから」

「オッケー」


 壁に顔を付け、十を数え始める和樹に、全員が一斉に走り出した。ルーチェも拓斗に腕を引かれ、走っていた。


「んじゃ、俺はこっちに隠れるから、ルーチェもがんばって隠れるんだぞー!」

「そっちか!」


 拓斗の声が聞こえたのか、和樹が走ってくる音がする。慌てて拓斗は走りだし、ルーチェも反対方向に逃げようとするが、その前に木在に腕をつかまれ、物陰に引き寄せられる。


「待てーー!!」


 足音のする方へ、狂いなく追いかけられるのは、耳のいい和樹ならではの追いかけ方だ。拓斗の悲鳴と、和樹の声が遠くに聞こえなくなるまで、静かにしていれば、そっと木在が手を離した。


「よし。こっからは敵味方なしだからな」

「これ、かくれんぼですよね……?」


 きっとツッコミを入れたら負けなのだろう。ルーチェは急いで隠れる場所を探しに向かった。


***


 首都近くの大きな駅の有名な待ち合わせ場所に、伸元は立っていた。平日の昼間とはいえ、有名な場所なだけあり、それなりに待ち合わせをする人がいる。時計を見れば、待ち合わせ時間は少し過ぎていた。相手のことを考えれば、少し遅れることは想定内ではある。そもそも、この人数ですぐに見つけられるとも思えない。伸元が視線を巡らせれば、こちらに走ってくる花を頭に付けた、見知った顔。


「ごめーんっ待ったぁ?」


 気持ち悪い猫なで声に、鳥肌が立たせながらも、腕は寸分の狂いなく、その男の頭につけられた花をむしり取る。


「そんなに怒るなって。五分も遅れてないのに、怒る小さな男はモテないぞっ☆」

「その気持ち悪い声やめろ!!」

「えぇ~わたしぃ、もともとこういう声だしぃ~」

「殴るぞ」

「暴力反対」


 ようやく普段通りに戻った遼太に、伸元は胸をなでおろすが、周りの視線がどうにも痛く、早々に遼太と共にその場を離れた。

 表通りから少し外れると、人通りはずいぶんと減る。それなりに繁盛している喫茶店に入ると、伸元は早速、疲れたようにため息をついた。


「まったく……なんだったんだ。さっきの」

「待ち合わせの時はやるだろ?」

「やらねぇよ」


 拓斗たちと待ち合わせをすれば、最後に来る人は必ず何かを仕込むのが当たり前だった。最初は、ただの遅刻した理由をごまかすためだったが、いつの間にかそれが恒例と化していた。基本的に、やるのは拓斗と和樹だが。


「そういや、お前、まだいたんだな」

「今日の午後には戻る。俺たちが来た意味はなかったみたいだしな」

「特Aは無駄足も嫌いですか? さすがだねぇ」

「そうだな。もう少しで、本土の軍に推薦がもらえるかもしれないんだ。無駄足は避けたい」


 いくら帝国軍とはいえ、空きがなければ特A級能力者も本土に呼ぶことはない。それこそ、人手が足りないか、優秀でない限り。その点、伸元たちの世代はウミナメのおかげで、実力も申し分ないとされ、帝国のために戦う姿勢さえ伝われば推薦は容易いと言われている。現に、伸元は高等教育機関を卒業して、二ヶ月も経たないうちに推薦の話が出ていた。


「軍に、俺が実力を認める能力者を上げろと言われた」


 伸元と同じように帝国軍に入り通用する実力がある者を上げろと、そう言われたのだ。


「お前の右腕はいいんじゃねぇの?」


 貫通の弓を射る、飛行能力を持つ伸元の右腕とも言われている能力者、久代陽夜くしろひよ。伸元のチームの参謀でもあり、その飛行能力は自分を含め三人に一時的に与えることができる。飛行能力を他人に与えられる能力は、十分すぎるほどに使える。実戦でも、自身は動かず地上から弓で攻撃し、味方に飛行能力を与え直接攻撃する、という連携は十分通用する。


「もちろん、あいつは上げた。それから、リョウ、お前もな」

「……」


 その言葉に、遼太のコーヒーを口に運ぶ手が止まった。


「今でこそ、あんなチームにいるが、お前は十分な実力がある」


 幼いときからすでに大人顔負けの頭脳を持っていた。とりわけ、戦術を考えることについては、群を抜いていた。戦闘力も十分にある。“震”の属性をもつ金棒を振れば、コンクリートの壁すら容易く粉砕する。


「お前さぁ……それ、会うたびに言うよな。アレか? 彼女と会ったら、『今日もかわいいね』っていうやつか? それとも、ただの洗脳か? あーでも、お前の家の挨拶が『おはようございます。お前は実力がある子だね』っていう挨拶なら諦める」


 遼太は一息で言い切ると、コーヒーを一口含み、伸元の様子を伺うが、微妙な表情をしていたものの、幼馴染なりに慣れているのだろう。気にした様子はない。

 考えるまでもなく、昔から、遠野伸元はこういう人間だった。幼い時から既に、誰よりも能力者らしかった。“A級能力者に自由はない”誰が言い出したかわからない、その言葉。誰が言ってもおかしくない、その言葉。理解した上で、そのレールを歩く以外にA級能力者には、道はない。

 A級能力者だけではない。能力者であれば、その力ゆえに、ヴェーベから出ることは許されない。ヴェーベから出ることが許されるのは、帝国軍へ入隊する場合か、本土での依頼のどちらかだ。そして、それが可能なのはA級能力者のみ。それ以下能力者では、ヴェーベから出ることができる可能性は、ほぼ無いに等しい。

 故にB級以下は、狭いヴェーベだけで暮らすのが決められている。しかし、A級能力者は、その小さな島から出ることができるチケットを最初から持っている。言い換えれば、B級以下は怪人と戦わず、ヴェーべにいることは許され、A級は怪人と戦うことが義務であり、その見返りが小さな島からの脱出だ。そして、彼らは、自然とヴェーベから出ることが出来る、数少ないチケットを巡り、戦うしかない運命を辿りだす。

 だからこそ、A級能力者には手と手を取り合い、仲間で一緒に、という思考を持つ者は少ない。あわよくば自分の功績にし、能力者としての格を上げる。それが当たり前のことだ。


「リョウには、まだ一度もゲームで勝ったことがない」


 昔から挑んでは負ける。しかし、遼太もわざと負けることはしなかった。いい加減面倒になってきて負けたくなっても、手加減をして負けたところで、伸元は気がつく。結局、本当に伸元が勝つまでは付き合うしかないのだと。


「いい加減諦めねぇ? 現実はこんな敵も味方も、同戦力なんてありえねぇんだ。理不尽な攻撃だって、数の暴力もありだし。ゲームで俺に負けたところで、ノブにはなんのデメリットもないだろ」


 それでも、伸元は諦めず、何度も挑戦してきた。そして、中等教育機関に入学する頃、遼太はついに言った。


『つまらねェ……』


 何もかもが面倒だった。


『もうこんなゲームしてもつまらねぇから、やめる』


 能力者として生きることも、ゲームをすることも。だから、全てを放棄した。そこからの記憶は、楽しいも、悲しいも、さみしいも、なにもなかった。ただただ、つまらなく退屈なだけの日々。

 そう。拓斗バカが窓から飛び込んでくるまでは。


「どうした?」 


 気が付かないうちに笑っていたらしい。伸元が不思議そうな表情をしていた。


「いや、なんでも。昔のこと思い出してただけだよ」


 眉をひそめる伸元に、遼太はテーブルに置いてあった、こども向けの『嘘つきは誰だ』と書かれているボードを引き寄せる。


「こうして話す機会も減ったなぁ」


 そして、アンケート用に置かれていたペンと紙ナプキンを取ると、ボードを見ながら、ペンを動かす。


「お互い忙しいからな。お前は、訳が分からないことをやっているようだが」

「訳が分からないって言ってやるなよ。人生、楽しむことは悪いことじゃないだろ?」

「普通の人間、ならな」


 能力者は別だ。怪人を倒すためだけに生まれ、育ち、戦う。それが義務であり、それ以外に能力者は必要とされていない。

 遼太はペンを置くと、ため息をついた。


「あー……つまんねぇ」


 そう言うと、問題の書かれたボードを伸元の方へ置くと、使っていた紙ナプキンをひっくり返し渡す。


「能力者だって人だろ。退屈しのぎに、こども向けのクイズをやるくらいの楽しみを奪われた記憶はないぜ?」


 そして、ペンを置くと言った。


「やってみろよ。お前、こういう暇つぶしやったことないだろ? 案外、楽しいぜ?」


 じっとそれを見下ろすと、伸元は少しだけ口元を緩め、ペンを手にとった。


「時々、リョウたちが羨ましく思うよ」


 遼太たちのチームは異質だった。誰一人として、積極的に怪人を倒しにはいかず、誰一人として貢献度を気にしたことがない。A級能力者の唯一の行き先であり、生き方だというのに、自ら別の何かに向かっていた。

 だからこそ、チームであっても個人戦である伸元たちとは違い、仲良く、友人としていられるのだろう。


「飯の時、テレビの音がよく聞こえるくらいだ」

「倦怠期の夫婦みてぇだな。まぁ、クイズ番組ではしゃぎすぎて、テーブルひっくり返るよりマシだとは思っとけよ」


 クイズ番組だけではない、なんの番組であっても、拓斗と和樹のテンションが上がれば、テーブルがひっくり返る危険はあるし、ひっくり返ると木在が怒る。ある意味、暴走した拓斗、和樹、遼太の三人を止められる存在でもあるが、本人はもちろん自覚はない。


「ひっくり返るのは嫌だが、まぁ、たまには仕事以外で会話をしたいってのは、贅沢か……」

「世間話が贅沢品とは……『おかえりんご』『ただいまんもす』とか言い出したら、天変地異の前触れかなんかか……?」


 あまりにも違いすぎる感覚に、額を抑える遼太は、言ってる意味が分からないとハテナを浮かべている伸元に、更に頭痛がひどくなりそうな気がした。

 その時、何かが揺れたような気がした。はっきりとは感じられないが、直感がそれの訪れを感じ取っていた。二人の直感を裏付けるように、伸元の携帯が鳴る。それを取ると、数回の受け答えで通話と切った。


「怪人が出たそうだ。俺は行くが、お前はどうする?」

「場所によるな。一応、別任務中ではあるし」

「そうか」


 伝票を手に喫茶店の出口に向かう伸元を、横目に見送りながら先程まで伸元いた席に置かれた紙ナプキンを手に取る。そこには、伸元によって書かれた小人内の情報が書かれていた。さすがに詳細とまではいかないが、不審な依頼をだしただけあり、調べはしたらしい。

 サンプルがようやく手に入ったと言ってから、部屋に篭もりきりで、ろくに話せず、依頼についての話も聞けなかったという。


(データは拓斗がぶっ壊したって言ってたが、サンプル? 毛髪でも拾ったか? いや、待て。そもそも、あの拓斗アホがデータの元になる血液をぶっ壊してるはずがない)


 妙に確信が持てるその仮説。データ諸共、機械を破壊したとは聞いていたが、ほかの物を壊したとは聞いていない。


「壊すなら全部壊してこいよ……あいつ」


 おそらく、データは吹き飛んだが、ルーチェの血液か何か調べられるものが残っていたのだろう。それを発見し、それの分析に勤しんでいるのだ。愚痴りそうになるが、それを飲み込み、その紙ナプキンをポケットに入れると、外に出る。

 ちょうどその頃、避難警報が出ていた。放送に耳を傾ければ、なんでも海上に怪人が現れ、暴れているという。


「海上?」

「湾内の貿易港じゃよ」


 降ってきた声は、案の定、長老だった。


「やっぱいたのかよ。長老」

「主らの動きは常に警戒しておるからのぉ。監視に気がついておったから、筆談にしたのじゃろ?」

「まぁな……老眼で見えないだろ? それより、コレは長老の仕業じゃねぇよな?」

「諜報機関がこんな派手なことはせんよ。まぁ、これが見極める最も良い機会とは思うがの」


 笑う長老に、遼太は怪人が暴れているであろう方向を見つめた。


「あぁ……なら、老眼鏡つけてバッチリ見極めろよ。長老」


 遼太は人の流れとは反対方向に駆け出した。

 

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