04

「研究機関の人が捕まってるゥギュッ……!」

「声がでかい」


 拓斗の長いマフラーの両端を、遼太と弥が同時に引き、騒ぐのを強制的に止める。拓斗の能力である、影に紛れる能力は、そのマフラーを掴んでいる人にも適用されるのだが、騒いでいたらいくらなんでも見つかる。

 先程、遼太から連合諸国統制研究機関が襲われ、数人が捕まっており、それを助けることも依頼の一部ということを聞き、先程の拓斗のセリフに戻る。


「やけに依頼料が高いと思ったら、そういうことだったのか……」

「まぁな」


 それに、このメンバーという理由もすぐに理解できた。

 ルーチェを逃がすなら、明らかに拓斗の能力を使うのが一番だ。口には出さないが、地図が拓斗と和樹では読めないと判断されたのかと思っていたのだが、違ったらしい。


「あれ? 弥から、なんか勘違いしてるような気配が」

「いや、たぶん勘違いじゃない」

「でも、研究機関を襲ったのがバレたら、帝国は他の国から批難を浴びる。それに、乗っ取られてるなら、この静けさは?」


 三人はすでに研究機関に到着し、そこの様子が見える場所で話し合っていた。様子を見る限り、慌てている様子もなければ、外で騒ぎも起きていない。まるで、何事もないようだ。


「今はまだ隠してるんだよ。とはいえ、弥の言うとおり、研究機関が襲ったことがバレたら批難どころか、戦争、多対一のフルボッコも普通にありえる」

「今からルーチェに頼んで、外国のいい場所とか教えてもらうか?」

「それもいいかもしんねぇけど、ここで研究機関の連中を救い出せれば、あとは上が誤魔化してくれる」


 大方、一部の人間が起こした犯罪として処理し、それを能力者を使ってちゃんと解決できたということにするのだろう。犯人さえ捕まえてしまえば、あとの権力争いに能力者が関わることはない。


「でも、ルーチェの方には逃げられた研究員がいるのに、どうして本部に連絡しないの?」


 普通なら、襲われ、人質を取られたとなれば、本部に連絡し、相応の処置をとってもらうはずだ。それこそ、こんな物理的な方法ではなく、政治的な方法で。


「できないんだよ。これまた、動けない超ビックな人質がいるからよ」


 動けない超ビックな人質が指している人は、すぐに思い当たった。ルーチェの父である、ルシファエラだ。

 現在、帝国の能力者教育機関であるヴェーベの病院で、護衛を付けた状態で入院している。その護衛も、もちろん帝国が出した護衛だ。研究機関を襲ったものの息がかかった人がいる可能性は十分ある。


「なら、ここの人を助けても、ルーチェのお父さんが危険じゃ……」

「そこは大丈夫だ。ほら、いるだろ? えげつない能力の後輩が」


 そう言うと、遼太は空いていた手を頭の上に持ってくると、軽く閉じたり開いたりする。

 そのジャスチャーの意味はすぐには思いつかなかったが、拓斗がひらめいたように両手で遼太のポーズをすると、ようやく合点がいった。うさぎのポーズだ。


「なんじゃ、楽しそうに作戦会議かの?」


 突然降ってきた声に、顔を上げれば、長老が楽しげにその様子を見下ろしていた。


「……」


 三人とも驚いたまま、拓斗はうさぎのポーズのまま固まる。


「いやーそれにしても、耳の良い少年の追跡というのは実に厳しいな」


 諜報機関も別れたルーチェたちを追っていたのだが、音が響く地下での追跡はすぐに気付かれ、逃げられていた。関心するように頷く長老に、手に握ったそれを強く引っ張り、指を指す。うめき声が聞こえたような気がしたが、気にしない。


「なんで普通に声かけてくるんだよ!? 老眼で見えないとかやってろよ!」

「そっちの騒がしい少年の能力か……まぁ、なに、見えにくいものを探すのには慣れておってな。いやしかし、最近老眼がひどくてのぉ……昔なら一目で、見つけられただろうに。探すのに五秒もかかってしまったよ」

「ただの自慢にしか思えねぇ……!」

「遼太。そろそろ拓斗が危険」


 マフラーを強く引っ張りすぎたせいか、拓斗が青い顔をしていた。その様子を見ると、遼太は何も言わず、また力を込め始め、拓斗は一層青い顔で首を横に振り出した。


「花畑が見えた……」

「それで、何の用だよ? 邪魔もしないし、手助けもしないって話じゃないのか?」

「遼太? 遼太くーん」

「もちろん、そのつもりじゃが、状況は変わりつつあるのじゃよ。主らに話を聞きたいって言う者がおってな」

「うわぁん! 弥ィ! 遼太が無視するよォ!」


 視界の端で、弥に泣きついている拓斗が見えたが、それは気にせず長老と話を続ける。長老も拓斗のことは全く気にしてないようだった。

 とはいえ、自分たちに話を聞きたいと言っている人に、心当たりはいくつかあった。どちらもできれば断りたい。長老は、遼太たちを連れてくることによって何か得るか、もしくはその相手との会話によって情報を得るのが目的だ。


「こう見えても、俺たち忙しいんだけど」

「知っておるとも。あの中で、捕まっておる研究員を救出するのだろう? わしらの知らぬところで、あのような大事されると困るのじゃがなぁ」


 帝国としても、この事態はよくない状況だ。ここは、利害が一致している。手を貸してもらおうとすれば、貸してくれるだろう。


(それが目的、こっちの報酬か……)

「安すぎる」


 遼太の言葉に、長老はその笑みのまま、目を細めた。研究員の救出は、この三人でも十分に可能だ。元からこの三人でやるつもりだったのだから、手を貸される必要はない。


「というわけで、丁重にお断りさせていただきます。アンタたちが邪魔してくるっていうなら考えるけど、できねぇもんな? 長老」


 口端を上げる遼太に、長老は静かに目を伏せると笑った。


「やはり食えぬ奴じゃな。しかし、危険物が帝国から出荷されるのは、見過ごせぬぞ」


 その目は全く笑ってはいなかった。鎧を身に付けた状態ですら、首に刃を当てられているような錯覚をするような殺気。能力者とはまた違う実力、人類の敵である怪人ではなく、同じ人を葬ってきた力。

 ここ数十年、戦争という戦争が起きていない帝国のどんな強い能力者でも、これほどのプレッシャーをかけられる人はいないだろう。こんな目を向けられ、震えて、逃げ出したくなる人が大半だろう。しかし、遼太は、


「大丈夫だよ。そんなこと絶対にありえねぇから」


 そう笑って答えた。


「……そうか、では、サボっておる研究員のことは、主らに任せよう」


 それだけ言うと、長老は路地に歩いていってしまった。長老が消えてから、数秒、遼太はようやく息を吐き出した。


「長老といると、胃が痛ぇ……」

「お小遣いくれないしな」

「全くだ」

「それで、どうやって救出する?」


 さっそく本題を切り出した弥に、遼太はなんとも言えない表情をしたが、すぐに切り替え、作戦を語りだした。

 脱出先としては、研究機関内部に地下へ脱出する場所がある。そこまで、研究員を誘導し、脱出させる。脱出中の時間稼ぎは弥が行う。


「単純だろ?」


 すぐさま、拓斗の能力で、セキュリティールームを制圧してしまった。監視カメラの映像が映し出されているが、牢屋はなく拘束されている人もいない。


「で、その人質ってのは……」

「長老が言ってただろ。サボってるって」

「サボるといえば、保健室だな!」


 医務室の監視カメラの映像を映し出せば、外人らしき人も映り、何をするわけでもなくただソファやベッドに座っている。


「よし。拓斗は静かにこの人たちを助けて、脱出口に連れてきてくれ。俺は先に脱出口を確保しておく。弥は、騒ぎになりそうになったら潰してくれ」


 一応、セキュリティー自体は止めたが、騒ぎとなる前に止めることは必要だ。頷くのと同時に、全員が一斉に動き出した。

 医務室に降り立った黒い姿に、最初こそ動揺したものの、能力者だと気がつくと安心したように息をついた。全員にマフラーを掴ませると、研究員の案内で脱出口を目指す。


(電車ごっこみたいだ……)


 研究員はそう思いながらも口には出さず、「シュッポッポッ」と言い出した拓斗について行く。脱出口での道筋には、倒れている人はいたものの、全員気絶しているだけのようだ。


「とうちゃーく」


 部屋に入れば、また倒れている人に金棒を抱えた鬼もとい遼太が振り返り、数人が小さく悲鳴を上げた。


「おっそろしくシュールだな……」


 拓斗のマフラーに研究員が全員捕まっている光景は、やはり少し違和感があった。

 一人が装置の下に潜り込むと、スイッチを押す。すると、一部の床が動き出し、地下へと続く通路が現れた。


「すっげぇ……」


 感心しながらも拓斗が降りて、安全の確認をすると次々と研究員も降りていく。あと数人というところで、鉄の拉げる音と共にドアが変形した。


「な、なに!?」

「気づかれたか……いいから、早く脱出を」


 ひしゃげたドアは、もう自動で開くことはないだろう。無理矢理、叩き壊すしかない。その分、時間は稼げる。おそらく、ドアを壊したのは弥だ。

 驚いて足を止めている研究員の背中を押すと、不安そうにドアを見つめながらも、降りていく。部屋に遼太一人になると、ドアに近づき、小声で話しかける。


「弥。一人で行けるか?」

「大丈夫。問題ない」

「脱出できた。全力で、逃げろ」

「了解」


 ドアの向こうの足音が離れていく。弥は、その音が消えるのを確認するのと同時に、飛び退くと炎をまとった弾丸が飛んできた。能力者だ。


「逃げないで。ここで暴れたら、大事なデータがパー、ですよ? それは、あなたにとっても困ること――」


 言葉の途中だというのに、曲がり角から投げられたそれに、苛立ちながらも撃ち落とせば、圧縮されたガスと共に白い粉が吹き出す。


「消火器!?」


 あっという間に辺り一面が白くなり、視界が遮られる。無闇に撃てば、ほかの人まで巻き込んでしまう。弥が逃げ出す最後に聞こえてきたのは、大きな舌打ちだった。

 逃げ出した拓斗たちが下水道を歩いていると、一人が不安そうに弥のことを聞く。


「この辺で、落ち合うはずなんだが……」


 まだ来ていないのかと、振り返ろうとした時、上から逆さまになった弥の顔が降ってきた。


「わっ」


 大して大きな声というわけでもない、棒読みのようなその声に、その場にいた全員が硬直した。はしごに足をかけて、ぶら下がっているだけではあるが、暗がりでそんなことをされたら誰だって驚く。


「上で長老たちも見てた。たぶん処理はしてくれると思う」


 ほかが全員驚き固まっている中、それを起こした本人は何事もなかったように降り立つと、向かっていく方向に足を向ける。


「頼むから、驚かせるだけ驚かせて、そのままスルーすんな!」


 遼太がどうにかツッコミをいれるが、弥は不思議そうに首をかしげるだけだった。


***


 アルコール綿で傷口を抑えていると、慌てた様子で駆け込んできた研究員に、自然とみんなが顔を向けた。


「全員、救出成功です! 今、能力者の方々と到着して――――ルーチェちゃん!?」


 気が付けば、足は駆け出していた。和樹と木在が休んでいる部屋に。

 近づけば近づくほど、あの騒がしい声が耳に入り、視界が霞む。その勢いのまま、部屋に飛び込めば、目の前が真っ暗になり、衝撃と一緒にうめき声が聞こえたルーチェ自身も尻餅をつきながら、前を見れば、地面に倒れている拓斗がいた。


「うわぁあ!? ごめんなさい!!」

「たくとォォオオ!!」


 謝るルーチェを無視し、和樹が倒れた拓斗を抱き上げると、拓斗は弱々しく笑い


「俺はもうダメだ……あとのことは、頼ん、だ……ぜ……ガクッ」

「死ぬなッ! 死ぬな! 拓斗ォォオオオオ!!」


 いつの間にか浮かんでいた涙も引っ込んでいた。この数日ですっかり慣れてしまった。いつもの茶番だ。


「ここって粗大ゴミの日あるっけ?」

「ゴミなんざ、袋に詰められたら燃えるゴミの日で十分だろ。てか、海に還そう」


 「そうだなぁ」なんて、言っている遼太と木在、それに奥でキッチンの中を見て回っている弥は、避難所にこれだけのものが揃っていることに驚いているらしい。あまりにも変わらない様子に、座り込んだまま惚けていれば、和樹が心配そうに見つめて、驚いて腕を持ち上げた。


「血出てる!?」

「あ、これはさっき採血したから」

「採血?」


 言ってしまってから失言に気がつき、口を押さえたが、すでに拓斗も和樹も不思議そうにこちらを見ていた。なんとか誤魔化そうと、部屋を見渡し、置いておいたギターを手に取ると、拓斗に押し付けるように渡す。


「こ、これ! お返しします!」

「お、おう。サンキュー」

「それじゃあ、みなさんもう疲れてるでしょうし、部屋は自由に使ってください! 私は――」

「あーそうそう。今後のことだけど」


 ルーチェの言葉を遮ったのは、遼太だった。誰かを見るわけでもなく、湯呑を傾けながら、この場にいる全員に聞こえるように続ける。


「ここの臨時研究所から、サンプルをヴェーベに持ち帰ることになってる」

「サンプル? そんな話、俺たち聞いてないけど」

「言ってないしな。だから、そのサンプルが出来上がるまで、ここで待機」

「出来上がるって……まだできてないのかよ」

「そりゃ、大元になる材料がさっき手に入ったんだしな」


 チラリと向けられた視線は、ルーチェの腕を見ていた。自分が言わなければ、遼太が言ってしまうことは理解していた。しかし、言葉にできなかった。


「そうだろ? ルーチェ」


 これが最後のチャンスだと、言葉のない問いかけが行われる。

 しかし、その問いに答えることはできなかった。首を縦に振るだけなのに、それができず、口からは「違う」という言葉が溢れ出てくる。


「私は、怪人じゃないッ……!!」


 気が付けば、部屋から飛び出していた。ぶつかりそうになった母が驚いて声をかけるが、走っていってしまった。


「いじめはよくないぞ。遼太」


 逃げないように遼太の足を拓斗が捕まえ、


「どこがいじめだ」


 遼太が掴まれていない足で拓斗の腕を蹴る。


「ルーチェちゃん、泣いてたな」


 和樹が拓斗の腕を蹴る足を掴み。


「怪人ってどういうことだ?」


 空になった遼太の湯のみに、木在がお茶を注ぐ。


「サンプルと関係ある?」


 弥がテーブルの傍に立つと、包囲網が出来上がった。遼太はたまに見せる連携に、ため息をつきながら、お茶を一口飲むと答えた。


「ルーチェの遺伝子が、ウミナメの増殖を止められるワクチンになるかもしれないってだけだ」


 その言葉に驚く四人に、苦笑いこぼした人がいた。


「本当に、何も知らされていないのですね」


 ルーチェの母親だった。


「別に、護衛したり持ち運んだりするのに必要がなければ、わざわざ話す必要はないですから」

「でも、今は話せよ」


 拓斗に足をひかれ、遼太はため息混じりにルーチェのことを説明し始めた。

 ルーチェは小人内の研究室で、ウミナメを作り出したところを目撃し、それを伝えるためにデータを盗み出した。しかし、途中で小人内に捕まり、ウミナメを作り出した薬物を打たれた。その後、届けられた情報では、早くて数日、遅くても一ヶ月でウミナメと同様に分裂、増殖ができる人型の怪人になるとあった。

 そして、ルーチェが怪人となってしまった場合、それを速やかに処理することが可能なヴェーベに連れていくことが決まった。ルシファエラも、ウミナメの情報を届けると言う名目で、それについてきていた。

 しかし、一ヶ月が過ぎても、ルーチェは分裂の症状を起こさず、検査が行われたが、確かにルーチェの元のDNAとは変わっていた。 


「でも、ルーチェの体に異常はないんだろ?」

「ない。だから、ルーチェはウミナメの増殖を止める遺伝子を持ってるかもしれない、っていう仮説が立てられた」


 その仮説を証明するための研究が、ヴェーベにて行われていたが、帝国の能力者教育機関ヴェーベでの研究は、小人内の耳にも入り、再三その情報の開示及びサンプルの提出を要求してきた。そこで、ヴェーベはそれまでの研究の成果の報告は行なったが、ルーチェについては人権、連合諸国統制研究機関の人間であるため保護や同意の必要などを理由に断った。

 そして、行われたのは、研究機関の襲撃。ヴェーベは、連合諸国統制研究機関と、ルーチェ、ルシファエラの護衛と研究員の救出の引き換えに、分裂を止めるワクチンで取引を行なった。


「俺が聞いたのは、これだけだ。あぁ、それから……」


 遼太が拓斗のギターを取り上げると、中身を出す。ギターに張り付けられた小さな小瓶を剥がすと、母親にそれを渡した。


「これも届けるようにって言われてたんで、たぶんウミナメのサンプルだと思います」

「まだ残ってたのかよ……」

「アオが、ゴキブリみたいに残ってるって言ってた」


 一応、全てのウミナメを倒したということにはなっているが、粉砕された小さなウミナメは物陰に隠れて、今も生き残っており、見つけ次第、燃やすか捕まえるかしてほしいという連絡が回覧板に書かれていた。


「あの、ルーチェのこと、普通の人のように扱っていただけませんか?」


 「お願いします」と頭を下げる母親に、五人とも驚いたように目を見開き、笑った。


「普通の人って、ママさん! 俺たち、能力者っすよ? 人の遺伝子がちょっと変わってる。似た者同士仲良くするってのが筋でしょ!」

「そうそう。ルーチェちゃんはルーチェちゃんだし」


 拓斗と和樹の言葉に、頷く弥と木在。


「でも、拓斗が能力者が人の遺伝子が変わったってのを覚えてる事実に、俺は驚いた」


 遼太の言葉にも頷く、弥と木在に怒り出す拓斗。その楽しげな姿に安心したように、ルーチェの母親は笑みをこぼした。

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