第3作戦 帝国騒動
01
「はい。これでよし」
看護師は包帯を巻き終えると、笑顔でそう言ったが、包帯に巻かれた手をじっと見つめていた弥が、おもむろに動かそうとすると、
「動かさない!」
「す、すみません……」
笑顔から一転、怒り、今夜はあまり動かさないようにときつく言った。
「めっずらしぃ~弥が怒られやんの~」
拓斗が笑いながら、弥の頭に腕を乗せて、包帯の巻かれた手を見下ろし、木在と和樹も心配そうに両肩から覗き見る。
先程の戦いの後、弥の右腕の鎧は、もはや鎧としての機能を持たないほど壊れ、露出した腕はところどころ皮膚がめくれ、血も出ていた。しかも、弥の表情も少し辛そうに歪み、そんな表情を見たことがなかった四人は慌てて、地下の避難所に向かい、治療してもらっていた。
「……つん」
木在がそっと腕をつついてみれば、突然、腕を抑え始め、痛いのかと木在が慌てる。
「封印されし右腕が疼く……!」
「ま、まさか太古の昔にこの星を滅ぼそうとした、エンドドラゴンが目覚めようとしているのか……!?」
「な、なんだってー?」
「ならば、この俺の封印された左目の力で――」
「本当に楽しそうですね……」
看護師が半分呆れながら、ふざけ合っている四人のことを笑ってみていた。確かに傷こそ深いが能力者であるなら、すぐに治る。泣きそうな顔で駆け込んできたルーチェも安心するだろう。今は「傷がグロいから、子供は見ちゃいけません!」と言われ、外で待っているが早く伝えて安心させてあげたいところだ。
「つまり、フィードバックっていうよりも、圧縮途中の不安定の付加結晶をムリヤリ使ったからってことか」
遼太が一人、真面目に医者から弥のケガの原因について、話を聞いていた。
本来、付加結晶へ属性を詰め込む際に、中央部分に属性の攻撃を圧縮し、使う際に使用者に負荷がかからないよう、いくつかの安全装置によって急激な広がりを抑える。それによって、使用者もフィードバック以外の負荷がかからないのだが、今回、時間がないと判断した弥は、その圧縮途中で付加結晶を取り出し、安全装置なしの状態で発動させた。
おかげで、間に合いはしたが、代償としてこのケガを負った。
医者が言うには、弥の腕は一日も休めば治るらしい。そのことに安心しながら、茶番をやめていた弥に声をかける。
「でも、一日で治るならよかったな」
「うん」
「まぁ、能力者の方は、人とは体の構造から違いますから、ケガなんてすぐに治っちゃいますよ」
何気なく発した看護師の言葉に、医者が慌てて振り返り、その看護師も慌てて口を抑えたが、もう遅かった。
「それって、どういうことですか?」
遼太の目に、医者も逃れられないと、息を吐き出した。
「そうだね。君たちには救われたこともある。嘘をつき続けるのは、できない、な」
そういうと、医者はゆっくりと能力者について語り始めた。
「能力者について、君たちは特殊な遺伝子を持った人間と教わっているだろう?」
それは当たり前のように習い、常識的なことだ。
「それは嘘なんだ。能力者は、人間とは明らかに違う、異なった種族で、人間を装っているというだけなんだ」
仮面を付けることによって本来の姿となり、本来の能力を取り戻す。
今まで当たり前のように思っていた、変身すれば力も能力も何倍も強くなるというのは、全くの反対のことだ。
誕生の瞬間など、聞いたことはなかったが、医者がいうには能力者は産まれる時、全員が仮面を抱いて産まれる。
「よく産道通ったな……」
「拓斗。ここでそういう話題はやめような」
木在に注意され、素直に拓斗も大人しく話を聞く。
「君たちは、自分たちの防具や武器を調達したり、整備したことはあるかい?」
「そういえば、気がついたら使えたな」
「鎧が壊れても、次使う時には直ってるぜ?」
「洗濯しなくてもきれいだしな」
その言葉に、遼太は眉をひそめるしかなかった。それが当たり前で、疑う余地すらなかったが、考えてみればおかしな話だ。誰にも渡されていないのに、常に自分の体に合う武器と鎧を持っていて、勝手に直るなど。
つまり、能力者にとってその鎧と武器は、体そのもので、自身の成長共に成長し、怪我と同じように治る。
『普通の人間、ならな』
伸元の言っていた意味が、今さらになってムダに響いてくる。あの時、人間だと豪語した自分が、ただ外皮を一枚脱いで人間のフリをしているだけなのだから。
「あぁ……つまり、俺たちは、人間の仲間っていうよりも、怪人の仲間の方が正しいのか」
「……そうだね。そうなる」
だからこそ、隠されていた。もし、能力者に怪人を同族、同種と認め、仲間意識を持たれ、人間と敵対した場合、人間よりも遥かに強大な能力者に人間は立ち打ちできず、簡単に支配されてしまうだろう。
それを防ぐため、帝国は能力者は人間側であり、その力は正義のためにあると、そう思いこませた。
「ちょっ、ちょっと待って! 別の種族なのに、なんで突然、能力者が産まれたりするんですか?」
基本的に、能力者は能力者から産まれる。能力の強さに遺伝はないとされているが、犬から猫が生まれないように、人間から能力者だってありえないはずだ。
しかし、和樹や弥の両親はごく普通の一般人だ。その子供である二人が能力者であるのは、その話ではおかしな話になる。
「ある薬物を投与すれば、産まれる」
「ぇ……」
「妊娠前であればいつでも構わない。女性の卵子に蓄えられている遺伝子を、書き換える薬物だ。もし、君のご両親が能力者でないなら、おそらくその薬を投与したのだろう」
和樹は何も言えなかった。
***
人気のない通路で一人、座り込む遼太は、大きくため息を吐き出した。
「冗談きっついよなぁ」
冗談ではないことくらいよくわかっている。今まで、ただの人間として扱われたことは確かにない。必ず、能力者として扱われていたが、だからといって、実は人間ではなかったと言われて、納得できるわけでもない。肯定しかけていた能力者を否定し、ようやく自分が人間だと感じていたというのに。
「なら、今の俺は何者なんだろうな」
鎧を身に付ければ、能力者だ。なら、鎧を着ていない自分は一体何者なのか。
そもそも、何者になりたかったのか。人間、能力者。片方を受け入れられなくて、片方に寄りかかってた。
「遼太?」
顔を出した弥に首をかしげると、長老が来たという。相変わらずの諜報能力に呆れるが、おそらく元から気づいていたのだろう。地下にこんな大きな区画があれば、諜報機関として調べない訳がない。
「しばらくは手を貸すって。増殖君が一撃で倒せるなら、能力者側に味方する方がいいって」
数の暴力。それこそがあの増殖する怪人の一番の持ち味だろう。だが、それが止められるというなら、その判断は妥当だ。
「それから、ヴェーベに何か連絡を付けていたみたいだって。詳しいことは、明日に連絡できるだろうって」
「ん、了解。長老はもう帰ったか?」
「まだいる。今日は泊まるって。何か用があるなら、明日にでも来いって」
「相変わらず余裕かまされてんな……サンキュー。お前はとっとと寝ろよ。そんで早くケガ治せ」
「うん。おやすみ」
それだけ言って部屋に戻ろうとする弥に、声をかければ不思議そうに足を止めて、振り返る。
「お前はさ、自分が人間じゃないって言われて、どう思った?」
「何も。私は、別に……」
なんの感情論もなく、ただ黙々とそう答える弥に、少しイラつく。あの幼馴染のような、普通の能力者で、自分が能力者であることに諦めた、つまらない奴らのようで。
「なんだよ。お前だって、親は普通の――」
そう言いかけて、言葉が詰まった。思い出してしまったのだ。弥の家庭のことを。
「……それはもう決着したこと。気にしなくていい」
「その、悪ぃ……」
珍しく手を合わせて謝る遼太に、弥は少しだけ表情を柔らかくすると、頷いた。
弥がいなくなった通路で、遼太は頭を抱えた。
「あ゛ー……マジでアオとアカがいなくてよかった……全力でぶん殴られるとこだ。いや、いっそのこと殴られたほうが気がラクかもしんねぇ……」
しばらく頭を抱えていたが、どこからか聞こえてくるギターの音と歌声に、呆れたように顔を上げた。
なんとなく、携帯を開き、パスワードを入れなければ見れないフォルダを開く。そこには一枚だけ、写真が入っていた。
この五人が初めて会った時に、記念として拓斗が撮った写真。真ん中で大部分に入ろうとした拓斗の顔を和樹と遼太で押さえつけ、その様子を無表情で見つめる弥に、ちゃっかり隅でピースしたものの少し見切れている木在、怜子は残念なことに顔が見事に全て見切れ、慌てた様子の体だけしか写っていない。
「結局、このあと全員まともに撮ろうとしなくて、取れなかったんだよな……」
これ以外に、辛うじてでも五人が一緒に写っている写真は一枚もない。ある意味、奇跡的な写真だ。
「俺たちらしい……か」
遼太は携帯をしまうと、その音の鳴る方へ向かった。
案の定、拓斗が、なぜかダンボールを積み上げた上に立ちながら、ギターを弾いて熱唱していた。その前にはルーチェが座っている。
「近所迷惑だぞ。朝やれ。朝。ニワトリ代わりになるだろ。あと、子供の睡眠妨害は良くない」
「俺様のスター性で、夜は安眠、朝はお目々パッチリだ!」
「スターじゃ、眩しくて夜寝れないだろ」
「た、確かに……! そこに気づくとは、もしやお主、天才か!?」
「おー天才だ。まったく、お前は変わんねぇな」
遼太が呆れたように言えば、拓斗は不思議そうに振り返り、そして笑った。
「当たり前だろ! 俺様はなんたってスターだぜ? 能力者とか人間とかそんな小さな枠に収まってねーっての」
そうだ。初めて会った時から、拓斗は能力者なんてものに固執したことはない。それどころか、最初から最後まで一貫して、ミュージシャンを目指していた。
「どうせなら、S級能力者ってのが欲しいくらいだ! なぁ、天才なら、S級を作るいい方法思いつかないか?」
「実際にスターになるしかないな。そりゃ。そしたら、きっと誰かが勝手に呼び出してくれるぜ?」
「そっか!」
なんの疑いもなく、ただ拓斗は満面の笑みで、ギターを鳴らした。
「じゃあ、ルーチェ、明日から俺のことはS級能力者って呼んでくれよな! スターのSだ!」
「えー……」
明らかに嫌そうな顔をしたルーチェに、頬を膨らませながら、ギターをかき鳴らす拓斗に、なおさら困ったような表情になる。
「そういや、なんでルーチェがいんだ?」
「ルーチェにちゃんと、俺のギター聞かせてなかっただろ?」
本当にそれだけの理由らしい。ルーチェの顔には、涙の跡が残ってはいたが、その目にもう涙は浮かんでいない。呆れて、困って、でも、楽しそうに笑っていた。
***
「なんかさぁ……やっぱり傷つくよな」
和樹がため息をつきながら、椅子の上で膝を抱えていた。その前では、木在がのんびりとした様子で茶を飲んでいた。
「能力者の話? 俺はあんま実感ないから、別に何も感じないけど」
「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて……薬使わないと、能力者は生まれないって話」
医者の話では、確実に産むならば、一度ではなく数回の薬の投与が必要らしい。逆に、一度でやめれば奇形児となる可能性が上がるため、一度打ったら必ず最後まで打つことになる。
「つまりそれってさ、能力者の子供が欲しかったってわけでしょ?」
自ら薬を投与し、人間が産まれるところを能力者にするのだから、普通はそういう意図があるに決まっている。
「なのに、なんで俺の親はヴェーベに来てくれなかったんだろ……」
自分の息子、つまり和樹が能力者だとわかり、本来であるならば両親と共にヴェーベにくるはずだったのだが、仕事を抜けることができず、祖父母と共にヴェーベにやってきていた。そのため、一度も実の両親と会ったことはなかった。
手紙でのやり取りは何度かしたことがあったが、顔を合わせたことはない。
「でも、仕事の都合だったんだろ?」
「そう聞いてるし、一緒にいたいとか言われたこともあるけど、なら、なんで能力者にする必要があったのか、不思議でさ」
「うーん……大人の事情ってやつじゃね?」
まだ暗い顔をする和樹に、木在は思いついたように湯呑を置くと、
「なら、実際会って聞けばいいんじゃね? ここにいるんだろ?」
「ぇ」
「ちょうど俺らが本土にいるんだし、長老たちも帝国のことで知らないことは何もないって言ってたし、聞いてみようぜ」
いざ決まってしまえば行動は早かった。長老は、和樹の両親の居場所を調べておくことを約束してくれた。
「さて、子供はもう寝る時間じゃぞ」
「あ、そういや、明日の朝の当番、弥だ」
あの腕では朝の用意はできないだろう。そうなると、自然と木在がやることになる。
「俺も手伝う!」
「おう。じゃあ、明日、少し早く起きろよ」
「がんばる!」
二人は、早々に眠りについた。
***
その翌朝のこと。遼太は早めに起きて台所に向かえば、人の気配があった。木在が弥と交代して朝食を作っているのだろうと、あくび混じりに台所に入れば、大きく開いた口が塞がらなくなった。
「何してんだ!? お前!」
「朝食作ってる」
そこにいたのは、不思議そうに首をかしげる弥だった。腕は固定されたまま。片腕だけで、器用にベーコンを焼き、卵を割って目玉焼きを作っているところだった。
「今日は私が当番だし」
「当番とかそこじゃなくてだな!」
「大丈夫。片手で作れる」
妙に自信満々な笑みで答えられ、遼太が言葉を失っていると、木在が同じように眠そうな目でやってきては、弥を見て固まった。
「い、生き霊?」
「幽体離脱はしてない。たぶん」
「ケガした時くらい休めよ」
「でも、当番は持ち回りで――」
「このカッチリキッカリ人間! お前は、ミニトマトがうまく取れなくて、ダセェ! って、笑われる準備だけしとけばいいんだよ」
今だに不思議そうな表情をする弥を、強制排除しようと肩をつかめば、ちょうどいいタイミングで和樹と拓斗が来た。
「ちょうどいい。このバカ、そっちのイスに座らせといてくれ」
「任せろ! って、弥!?」
「弥はなんでもちゃんとやりすぎだって。少しはサボったっていいんだぜ?」
「そうだよ。拓斗のサボりと弥のマジメさを足して二で割れば、ちょうどいいくらいなんだから」
和樹と拓斗にイスに座らせられ、ちょうど起きてきたルーチェも弥の隣に座らせられ、何故か向かい合わせにされる。
「ルーチェ。弥の膝に手を乗せて、弥が立たないようにしといてくれ」
「え? あ、はい」
寝起きで頭が回っていないのか、拓斗のよくわからない頼みに素直に従うと、弥も不思議そうに首をかしげるしかなかった。
「お、目玉焼き? ケチャップでスター描こうぜ」
「オムライスじゃないんだから……」
「じゃあ、醤油で描くか!」
そういって、醤油をかけたものの、形が残るわけもなく、ただの醤油をかけた目玉焼きになった。
「あれ……? 私、何して……?」
「わからない」
わからないまま、ルーチェは椅子の向きを直すと、弥の腕を見た。
「痛い?」
「痛くない。たぶん、もう動くと思う」
「ちゃんと後で検査してからだからな。悪化されても困る」
「わかってる」
前に置かれた醤油のかかった目玉焼きに、いつの間にか、いつもと何も変わりない騒がしい日常が始まっていた。
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