第3話 二度目



二度目の人生は、本当に何も持っていない少女だった。

産まれて直ぐに捨てられた私に両親はなく、家は孤児院、家族は院に居る子供達。

前世の呪詛が神に届いたのかと苦笑し、それなら記憶も消してくれたら良かったのにと悪態を吐くが、前の人生よりはマシだと納得していた。



『それ、そんなに面白いの?』

『うん。今、すーっごく流行ってるんだから!』


毎晩遅くまで小さな灯りを点けて熱心に何を読んでいるのかと思えば……。

同室者兼友人が分厚い本を片手にベッドの上で暴れていたので上から覗き込む。てっきり漫画だと思っていた本は割とちゃんとした読み物で、つい面白いのかと訊いてしまった。


――それがいけなかった。


怒涛のように面白さを語りだし、嬉々として何冊もあるその小説を勧めてくる友人を止める術はなく、気付けば私の手の中に本が積まれていた。


深夜二時、恋愛小説を手渡され今直ぐに読めと催促されている私……。


本はどのジャンルであっても好きで読むが、こんな時間に受験生が読むような本ではない。参考書や教科書は?受験まであと少しでは?と詰め寄るも、友人はニヘラと笑うだけ。


『分かった。よーく、分かったわ』


友人の将来を心配した私は、仕方がなく交換条件という形で恋愛小説を受け取り、代わりに参考書を手渡した。

嫌々ながらも参考書を開く友人を横目に、椅子に座り本を読み始めた。


(へぇ……よく調べて書いているのね)


平民の少女が貴族位を持つ騎士と恋に落ちるというストーリーは悪くない。

国にもよるが、王族の護衛騎士以外の騎士は、貴族位を持つ者であっても街に出て同僚と酒場に行ったりもする。

この小説もヒロインとヒーローの出会いは酒場の外で、酔っ払いに絡まれていた少女を騎士が助けたことによって互いを認識し、そこから恋に発展していくというものだ。

好みの容姿や性格なら初対面から惹かれて当然のこと。


机に向かって涙目でペンを動かす友人の姿を確認しほくそ笑みながらページを捲ると、そこには筆者のお礼書きが……。

いつの間にか読み終わってしまった小説を友人のベッドの上に置き、いそいそと寝る支度をしていた私は、今から寝るベッドの上に置かれた小説を発見して動きを止めた。


『……一冊読み終えたわよ?』

『うん。でも、ソレが一番のおすすめなの。私が寝るまで寝かせないからね』


まるで死地に向かうような顔で宣言され思わず頷いてしまう。

またしても恋愛小説だろうかと本を手に取りベッドの中に移動する。眠くなったらそのまま寝てしまえば良いと思いながら読み始めた物語は、眠気を吹っ飛ばすほど最悪なものだった。


大国の男爵家に生を受けた少女は王家が主催した式典の最中に迷子になる。

泣きながら王宮内を彷徨い歩き少女が辿り着いた場所は庭園内にある噴水。歩き疲れその場に座り込んだ少女は眠ってしまった。

揺すり起こされた少女が目にしたのは煌びやかな衣装を着た王子様。

目を見開いたり、顔を赤くしたり、くるくると表情を変える少女がとても愛らしくて、「手の掛かる弟ではなく、妹が欲しかった」と呟いた王子に、少女は「私が妹になるわ」と破顔した。愛らしい少女はその日から王子のお気に入りとなり、王宮内に部屋を与えられ他の王家の者達とも親交を深めていった。いつしかその輪の中には国王が加わるようになり、長い月日をかけ本当の家族のようになっていく。

王子二人に愛された少女は、広い世界を見てみたいと言って隣国へ遊学することにした。そこで出会ったのは婚約者のいる麗しい王子。

互いに一目で恋に落ちた二人は、様々な試練や陰謀に巻き込まれながら結ばれていく。


「……嘘でしょ?」


物語は少女と王子が結婚して終わっていた。

少女を愛していた自国の王子達も、遊学先の王子の婚約者だった者のことも、どうなったのか何も書かれていない。


『どうしたの?面白くなかった?』


友人の声にハッとし、乱暴な手つきで何度もページを捲ったが内容が変わるわけもなく、何度確認しても物語の少女の名前はメリア・アッセン、その相手は前世の私の婚約者。


『ふふっ、ふっ……っ』

『え、ちょっと、どうしたの?な、何で泣いてるの!?』


作り物の世界。

その他大勢の脇役で、主人公の恋を盛り上げる為だけに存在していた侯爵令嬢。

コレはどういうことなのか、今世もまた私は何か別の物語の一部なのだろうか。

また誰かの幸せな未来の為に捨て駒にされてしまうの?


友人が熱心に集めている本を広げ、私と同じように前世の記憶を持つ小説を読み漁った。


二度目の人生。

疑心暗鬼になり心を閉ざした私の側から、一人、また一人と親しかった者達が去っていった。

一度目よりはマシだと、コレが私の望んでいた幸せなのだと自身に言い聞かせ、愛情に飢えていることを否定し続けた、虚しく孤独なものだった。


『……』


死ぬ間際に頭を過ったものは何だっただろうか。

思い出せないが、決して叶うことはないと諦めていた私を待っていた三度目。


それは、神が私の望んだ人生の度合いを間違えた、とんでもないものだった。










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