第7話 仲間を増やしやがりました
どんなに噛んでも顎が疲れるだけで、口の中から中々なくならないパンを必死に飲み込もうとしながら、そーっと扉を閉める。今回はリオルガが足を差し込むという暴挙に出なかったので素早く玄関を施錠し、一気に走り出した。
目指すは寝室。
常日頃から何か起きたとき用にリュックに必要最低限の荷物を詰めて置いてある。それを右手で掴み、左手は部屋の隅に畳んで置いてあった古びた上着を掴む。
寝室からリビングに戻り、子供が一人通れるくらいの窓を全開にしたあと、椅子を窓の側に配置する。行儀は悪いが叱る大人もいないし、緊急事態なのでと、椅子に乗って窓枠に足を掛け、勢いよく飛び出そう……としたのだが。
「危ないですよ?」
飛び出す前にお腹に腕が回され、宙ぶらりんの状態で捕獲されてしまった。
「どこが危ないのよ!ここ一階だから、窓から出ても直ぐ地面!」
「転んで怪我をしたらどうされるおつもりですか。窓枠を掴んだときに手に怪我はされていませんか?」
「過保護かっ!?」
「ほら、危ないですよ」
宙に浮きながらジタバタと手足を動かし、拘束から逃げ出そうと試みたがお腹に回っている腕が緩むことはなく、それどころか小さな子供に対してするように縦抱きにされガクリと項垂れた。
「どうやって家の中に入ったのよ。鍵は閉めたはずなのに……」
「開けてもらいました」
「誰に……」
腰元にある立派な剣でも使って扉を叩き割ったのかと思えば、鍵を開けてもらったと聞き眉を顰めた。この家の鍵を所持している人は限られているからだ。
私は勿論、今は亡き家族とあとは……。
抱っこされたままくるんと向きを変えられ、玄関の方から歩いてくるエドと目が合った。
「そうだった。おばあちゃんがエドに合鍵を渡してた」
「うん。あ、そこの騎士様、リスティア下ろしあげて。そろそろ噛みつくから」
「私は猛獣か……」
「猛獣の方がまだ可愛らしいと思うけど?」
ピシッとエドに鼻先を指で弾かれ唸ると、リオルガが「なるほど」と呟いたので睨みつけた。
リオルガが家に遣って来た日、後から来たエドには私が王女と呼ばれたこと以外は全て話しておいた。
実は父親は存命していて、それを知っていたおばあちゃんが私の保護を手紙で頼んだこと。父親は一応迎えを寄越したが、どうやら私は捨て置かれていた子供で、今更養育してやると言われても信用できないので会う気はないこと。
エドは私の意思を尊重すると言っていたし、もし一人が不安なら養女になればいいとまで言ってくれたのに……。
「裏切り者」
俯きながらか細い声で恨み言を口にすると、私の頭の上にポスッと手が乗せられた。
「誰が裏切ったって?」
「エドが」
「俺はいつでもリスティアの味方だろうが。俺は、お前の、兄だぞ?」
「鍵は?」
「お前から父親の話を聞いた日にさ、夜も遅いっていうのに村の門の前でウロウロしている怪しい男がいたんだよ。遠目からでも身形の良さは分かったから関わらないよう家に戻ったんだけど、翌朝、まだそこにこの騎士様がいたの」
「……」
「話し掛けたらお前の家に用があって訪ねて来たって言うから、あぁ、コレがって。幼い子供が一人でいたら危ないって言うからさ、リスティアには俺がついているから、取り敢えず一度戻って父親にどうするか訊いて来てくださいって言っておいた」
「……」
「そんな膨れっ面してもしょうがないだろうが。お前はまだガキで、保護者が必要な歳だってことくらいは理解してるだろ?」
「エドがいる」
「ん、俺と俺の両親はお前が養女になるのは大歓迎だ。けどな……」
頭の上にずっと乗せられていた手が優しく私の前髪を持ち上げ、しゃがみ込んで話していたエドと初めてまともに目を合わせた。
私の顔を左右から眺めたエドは目尻を下げ、隠していた瞳を見つめながら頭を撫でるかのように何度も私の長い前髪を後ろへ流す。
「一度だけでいい。父親に会って来い」
普段おどけているエドの真剣な眼差しに息を呑んだ。
「遅かれ早かれこのまま顔を隠して生きていくことはできないだろ?俺にできる範囲であれば喜んで助けになるつもりだが、お前のソレに関してはどこまで役に立つか。秘密を守るには強大な権力が必要だろうしな」
「秘密……」
「フィランデルの国民なら、その瞳の色が何を意味しているのか知っているからな。よし!」
「痛っ……!」
上着のポケットから取り出した髪紐で私の前髪を括り、ニッと笑ったエドは剥き出しの私の額を手で叩いた。
「父親がどんな奴でも、血が繋がっていてその証を持っているんだ。勝手につくって捨てたのはあっちで、お前は何も悪くはない。体裁がどうとか言うなら、隠れて生きてやるから一生遊んで暮らせるくらいの生活は保障しろって言ってやれ」
軽薄な見た目と軽い物言いで人を揶揄うことが好きなエド。
街の商家の娘や下級貴族の子女なら喜んでお婿さんに迎え入れるくらい、エドはいい男だ。
普段からこれくらいまともなことを言えればいいのに。
「そんなことを言って消されたらどうするのよ」
「あ、それなら、そこの騎士様が守ってくれるってよ?」
そこのって……その人、国王直属の常備軍なのに。
信用できるわけがないと、黙って私達の会話を聞いていたリオルガに胡乱な目を向けた。
「リスティア様が望むままに、最善の努力をさせていただきます」
「貴方は、国王陛下の命令に逆らうことができるのですか?」
侯爵令嬢だったときのようにグッと顎を引き両手を身体の前で合わせ、お腹の底から声を出した。
「では、リオルガ・クラウディスタの名にかけ、リスティア様が望まれないことは全て私が排除してみせましょう」
私をそっと下ろし、またもや床に膝を突いて首を垂れるリオルガ。
これで二度目だと肩を落とし、この世界で名に誓うという行為がどれだけ重いものかを知っている私は心底彼に呆れた。
この人は、国王と私を天秤にかけたとき、本気で私を選ぶつもりなのだろう。
「エド……」
「いつでも此処に帰って来い」
そう言って抱き締めてくれたエドに別れを告げ、私はリオルガと共に王都へと向かうことになった。
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