第6話 今更必要ありません



リオルガ・クラウディスタと名乗った男が、呆けていた私の前に跪いて頭を下げた。役職からしてとんでもなく凄い騎士が、辺鄙な村の小汚い娘に礼を尽くしている。ぎゅっと頬を抓ってみたが、どうやら夢ではないらしい。


「あの、立ってください。本当に人違いだと思います」

「人違いではありませんので、お構いなく」

「絶対に違いますってば……!もう、立ってよ!」


何だか申し訳なくなって腕を引っ張って立たせようとするがびくともせず、下を向いたまま動かない男の肩をバシバシと叩いた。

国王陛下とか王女殿下とか聞こえたが、今世の私の人生からは縁遠い。

それに、母が亡くなったときに国王陛下からは何の接触もなかった。一時だけとはいえ情を交わした相手と我が子を、王都から遠い地に放置するだろうか?


「王女殿下、その瞳の色はとても貴重なものです。人々の間では、神から与えられた宝石とも呼ばれています」

「王女殿下とか止めてください。背中が、こう、ぞわっとします」

「では、リスティア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「……もうそれでいいです」


これ以上は譲歩しませんという強い意志を感じ、私が折れた。

この人意外と頑固かもしれないと溜め息を吐きながら、床に腰を下ろした。


「瞳の色が珍しいということは分かりましたけど」

「フィランデル国の王族しか持たない色です」

「……何を?」

「その瞳の色を?」


いやいや、その神からうんたらの宝石を、一般平民の子供が持っていますが?


「似た色かもしれないし」

「間違えることはありません。私は普段同じ色を王宮で見ていますので」


フィランデル国、国王陛下、国王直属常備軍。

平民とはいえ、自分が住んでいる国の名前くらいは知っていた。

今でこそ冷静でいられるが、初めこの国の名前を母から教えられたときに「また!?」と絶望したものだ。

エドに頼って自分なりに色々調べた結果、王都から馬車を乗り継いで一月以上はかかる村に住んでいたから安心していたのに……。

実は国王陛下の娘なので王都へ行きましょうと言われても、嬉しくないし困る。

二度目の人生で本を読んだから分かるが、もうあのメリア・アッセンは王宮に住み着いていて、王子二人が籠絡されている頃なのだから。


「どうして今更迎えなんて寄越したのですか?」


色々訊きたいことはあったが、真っ先に口から出たのはこの言葉だった。

もしかしたら国王は母と私を多少は気に掛けていて、今迄監視していたのかもしれない。それとも何かどうしても母と私を隔離しておかなければならない事情があったと、私は何か期待していたのだろう。


「手紙が届いたからだと、そう仰っていました」

「手紙って……もしかして、おばあちゃんが?」


半年前くらいに、祖母がエドに手紙を渡している姿を見た。

人と距離を置き、親しい者を作らず生活していたおばあちゃんが?と驚きはしたが、すっかり忘れていたあの手紙が国王陛下宛てだったの?


「はい。急な連絡でしたので、私が確認と保護を命じられました」

「確認?」

「……はい」


話している最中一切顔を上げないリオルガは、仮王女に礼を尽くす真面目な騎士なのかと思っていたが、どうやら理由はそれだけじゃないらしい。


「その確認とは、生存確認ですか?それとも、私が本物の王女であるかどうかの確認ですか?」


どちらだとしても禄でもないが。


「その、どちらもではないかと……」


捨てた張本人ではないのに言いにくそうにするリオルガに苦笑した。

この人は、優しい人なのだろう。


「おばあちゃんの手紙に何て書いてあったのかは知りませんが、私達親子を捨てた人の元へ行くことはありません。親ではなくただの他人ですから」

「そのようなことは……!」


勢いよく顔を上げたリオルガに肩を竦めて見せ、立ち上がった。


「父親の話は母からもおばあちゃんからも聞いたことはありません。私もいないものだと思っていたし、これからも必要ないので、今迄通り放って置いて構いませんとお伝えしてください」

「リスティア様」

「貴方のような人がこの辺をウロウロしていたら妙な噂が立つかもしれません。迷惑なのでさっさとお帰りください」


家の外を指差すと、ゆっくり立ち上がったリオルガは何か言おうとして口を噤み、その場で頭を下げ背を向けた。

開いたままの玄関にすがりつき、リオルガの姿が見えなくなったのを確認して素早く扉を施錠する。


恐らく、身寄りがなくなる私を心配したおばあちゃんが助けを求める為に手紙を出したのだろう。

でも母と私を簡単に捨てた男が、手紙一つで捨てた者を保護などするのだろうか?

正妃がいて、跡継ぎである王子が二人もいるのに?


――絶対に有り得ない。


きっと喜んで王宮までのこのこと遣って来た娘を消そうとしているに違いない。

前世で読んだ本では妾の子が邪魔になった話とか多々あった。

絶対に王都には近付かないし、王宮になんて行かない。王族なんて関わりたくもない。


「おーい、生きてるか?」


乱暴に叩かれた扉の外から聞こえたエドの声にホッとし、あの騎士もあれだけ言えばもう来ないだろうと思っていた私が馬鹿だった。




二月後、またもやパンを片手に開けた扉の先には……。


「お久しぶりです。リスティア様」


穏やかに微笑むリオルガが立っていた。





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