第5話 不審者現る



親戚や知人すら居らず、村から離れ人と交流していなかった我が家。

祖母の葬儀を子供である私が一人で行えるはずもなく、途方に暮れていればあっという間にエド一家が全て手配してくれた。

葬儀とはいってもとても些細なもので、献花に訪れる人もなく直ぐに終わってしまう。

暫くは村にあるエドの家に泊まるよう言われたが、逆に暫くは我が家に居たいと我儘を言って、誰もいない独りぼっちの家の前に立つ。


普段と同じ外観。小さな庭には祖母と作った畑があって、オンボロ柵はそろそろ柵の意味をなしていない代物となっている。


いつも通り。

それなのに、玄関の先には、もう誰もいない。


「また、独りになっちゃった……」


物音ひとつしない静かな家の中に入り、ふらふらとリビングに足を進める。

ギシッといつも以上に響いて聞こえる音に肩が跳ね、音の発生源である足元に視線を落とす。そっと乗っても軋む床は、うっかり飛び跳ねたら底が抜けてしまうだろう。


「修繕出来ないし、そうだ、電灯も切れそうだった」


少し暗い電灯は私の背丈では交換することができないので、これもエドに頼むしかない。


「エド一家には頼りっぱなしだなぁ……」


今回のように母のときも手を貸してくれたことを思い出し、足を向けて眠れないと苦笑した。


「困ったな」


椅子に座り、天井を見上げながらこれからどうしようかと考える。

まだ成人前の子供が独りでどう生きていけるのか……。

幸い母が残してくれたお金があるので、贅沢をしなければ暫くは生活していけるだろう。食材云々も今迄通りエドの家にお世話になるとして、問題は成人してから働く場所だ。


「ううっ……寂しいよ、お母さん、おばあちゃん」


色々考えていたら不安になり、もう今日は無理だと祖母と一緒に寝ていたベッドに横になり、毛布に包まってその日は泣き続けた。




「ふあぁー……お腹空いた」


人間というものは逞しく、どんなに悲しくても空腹が勝る生き物なのだ。

欠伸を噛み殺したあと毛布から這い出て、腫れぼったい瞼を濡らした布で冷やしながら、調理することもせず日が経って固くなったパンに齧りつく。

着替えないでベッドに入ったので服は昨日のまま、髪はぐちゃぐちゃ。


こんな格好で食事をしていたらおばあちゃんからお小言が飛んでくるのになぁ……。


ぼんやりしながらパンを口に詰め込んでいたときだった。

トントン……と控えめな感じで玄関が叩かれ、外から微かに男の人の声が聞こえた。

我が家にやってくる人なんてエドくらい……寧ろ、エドしかいない。

昨日の今日で来るのが早すぎるのではないかと思いながらも、人恋しかった私は頬を緩ませ玄関まで走った。


何も警戒することなく、パンを片手に扉を開けたのだが……結論から言うと、外に居た人はエドではなかった。

では誰だ?と問われたら、私が訊きたいと答えるだろう。


「どちら様ですか……?」


村から外れた古い家の玄関前に、身形の良い長身の美形が立っていたら、驚きや恥じらいよりも恐怖が勝る。一瞬、借金取り?と馬鹿な考えが脳裏を過ったが、堅実かつ謙虚がモットーの我が家に借金など存在しないはず……多分。

それなら、子供しかいないと何処かで知った人攫いかもしれない。


そっと扉を閉めようとすると、私を見つめたまま動かなかった美形が、瞬時に扉の隙間に足を差し込んだ。


――あ、コレ、絶対ヤバイ人だ。


「失礼ですが、リスティア嬢でお間違いありませんか?」


丁寧な物言いはとても好感が持てるものだが、現状ガリガリと好感度が減っているのでマイナスだ。

私は腕の力を緩めるどころか更に力を入れているので、子供の力とはいえ差し込んだ足はかなり痛い筈なのだが、当の本人は足が挟まったまま涼しい顔で平然と話しを続けている。

無理に開けようとしないので、扉の僅かな隙間から問い掛けられ恐怖しかない。


「違います。そんな人、此処にはいません」

「年齢は八歳前後で、髪はブロンド、瞳の色はバイオレット。リスティア嬢でお間違いありませんね?」


見知らぬ人に「はい、そうです」なんて返事をするわけがない。


「そんな人、その辺にいっぱいいますよね?足、その足を、退けて!」

「確かに金の髪はいますが、その瞳の色を持つ方はこの世界に二人だけです」


まだ何か言うか!と不審者認定した男の足先を踏みつけていたら、何か恐ろしい言葉が聞こえ、恐る恐る顔を上げた。


「あぁ、やはり美しいバイオレットですね」

「ひっ……」


隙間から覗く青い瞳とバチッと目が合い、数度瞬きしたあと頭に手を伸ばし、指先に結んである前髪が触れ悲鳴を上げた。

急いで紐を解き、長い前髪を顔の前に持ってきて、頷く。


――これで大丈夫。


何が?とエドがこの場にいたら指摘されそうだが、生憎彼は此処にいない。

前髪を装備したことで安堵した私は両手が扉から離れていたことに気付かず、キィィィィ……と甲高い音をさせながら勝手に開いて行く扉に目を見開いた。


「……」


ゆっくりと開かれた扉の外から不審者が中に入って来る気配はなく、玄関の外で背筋を伸ばし綺麗な姿勢で立っている男は、私の様子を観察しているような気がした。


「名前も名乗らない無礼な人と話すつもりはありません。お引き取りください」


ここ数日は水を浴びていなかったから少し小汚いが、これでも一度は侯爵令嬢を経験している身だ。目元を隠す髪が邪魔で見えないだろうが、キッと目の前の男を睨みつけながら背筋を正して声を張り上げた。


「やはり、血筋は争えませんね」

「……は?」

「大変失礼いたしました。私はフランデル国王直属常備軍第三部隊を任されております、リオルガ・クラウディスタと申します」

「……何て?」

「国王陛下の命により、リスティア王女殿下をお迎えにあがりました」

「ち、ちょっと待ってください、王女って……!」

「貴方様のことです」


誰が?私が?いやいや、嘘でしょ?







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