第4話 三度目から始まる幸せ


ガンガン照りつける日差しの下、地面がアスファルトでなくて良かったと額の汗を拭う。

自分で作った簡易農園帽に長袖シャツと長ズボン。日焼け防止の完全武装で、築ウン十年は経っている我が家の小さな庭の草むしりに精を出しているときだった。


――ベキッ、ミシッ……。


板が割れて折れ曲がるような音を耳にして、(あぁ、まただ)と天を仰ぐ。


村の外れに隠れるように建つ古い我が家。その周辺に民家は一つもなく、人通りなど皆無である。とても無駄に静かな場所なので、こんな所に態々やって来る人間は限られているのだ。


「よいしょっ……と」


立ち上がり軍手を投げ捨て玄関の方へ向かうと、建て付けの悪かった玄関前の柵は見事に壊れており、その残骸を手に持ち唖然と立ち尽くしている青年が居た。


「エド……」

「あ、あー、壊れた?」


持ち上げて見せてくれなくても分かっている。

エドは村にある商店を経営している夫婦の一人息子で、月に二、三度、我が家に配達をしに来てくれている。

けれど、その度に家の柵や玄関、果ては窓や家具まで破壊されるという事故が絶対に起きてしまう。本人曰く力加減が難しいらしく、決して態とではないらしい。


多分、遠回しに我が家がオンボロだと言いたいのだろう。


「柵……柵だよな?押したら、そのまま倒れていったんだけど」

「柵だよ。ちょっとボロだけど立派な柵だし、元から壊れていたわけじゃないから」

「ちょっと……これで、ちょっとなのか?」

「もう、一昨日直したばかりなのに!」


質より値段を考慮し安いからと薄い板を使っているからか、何度も直しているとヒビが入って修復不可能になってくる。

新しく厚い板か、村の大工さんに頼んで作ってもらえばいいのだけれど、生憎とその資金がない。

数年前に大好きだった母が亡くなり、現在は祖母と私だけの生活。ご飯が食べられないほど貧乏ではないが、日々暮らしていけるだけのギリギリな生活を送っている。


「ほら、貸してみろ」


玄関前に置いてある愛用の金槌を持つと、横からエドに奪われてしまった。


「俺が壊したから、特別に直してやるよ」

「当然でしょ」


しゃがみ込んで作業するエドの頭をベシッと叩き、配達してくれた食料などの荷物を持って家に入った。彼は作業を終えたら勝手に家に入ってくつろいで帰るから放っておいても大丈夫。

先に軽い物から片付け、重い荷物を引き摺って短い廊下を歩いていれば、奥から出て来たおばあちゃんが手伝ってくれる。


「またエドが何か壊したのかい?」

「今日は柵だよ」

「この家も古いからねぇ……」

「おばあちゃんが子供の頃から建っているから、まぁ、古いよね」

「ごめんね、リスティア」

「何で謝るの?こういう家は味があるって言うんだよ。それに、この家にはお母さんとおばあちゃんとの思い出が沢山あるんだから」

「でも、もっといい暮らしをさせてあげたかったわ」


このくらいの暮らしならその辺に沢山いるのに、何故かいつも悲しそうに謝るおばあちゃんに胸が痛む。

私を愛してくれる家族がいるだけで、貧乏でも辛くはない。お金があっても、家族と呼べる人がいなくて誰にも頼れず一人ぼっちよりは、今のこの生活がいい。


「大好きなおばあちゃんと暮らせて私は幸せだよ?いっぱい長生きしてね」

「あらあら、それならリスティアがお嫁に行くまでは頑張らないと」


小さく細くなったおばあちゃんの身体にギュッと抱き着くと、優しく抱き締め返してくれる。甘えるように頬を擦り付け離れずにいれば、ギシギシと床を鳴らして歩いて来たエドが、金槌を片手に呆れた顔をして私達を眺めていた。


「リスティアが嫁にいくのは、早くても八年後くらいか?いや、そもそも嫁に貰ってくれる奴がいるかどうか……」

「おばあちゃん、エドが虐める」

「リスティアはこんなに可愛いのだから大丈夫よ」

「ばあちゃんがそう言うなら可愛いんだろうけどさ。前髪で顔を覆っているから俺には可愛さが分かんねーよ」


ジッとエドからの視線を感じ、農園帽を深くかぶり直してそっぽを向いた。


「それだと前が見にくいだろ?切っちゃえばいいのに」


鼻先まで長く伸ばした前髪。

家の中では前髪を頭の上で一本に括り、視界をクリアにしているから問題はないのだ。


「顔に傷があっても、俺もお袋達も気にしねぇよ?」


エドは、生前母が口にした「生まれつき顔に傷がある」という言葉を信じているが、本当は傷などなく、前髪で隠したいのは顔ではなく瞳の色だ。


私の瞳の色は人と違うから隠して生きていかなければならないと、家族から言い聞かされてきた。

二度の転生とその記憶を持っていた私は、祖母と母の真剣な眼差しと切迫した声音に、何か良くないことが起こるのではないかと、理由は訊かずに約束を守り続けている。


「エドがどう思うかなんて、私には関係がないよね?」

「ばあちゃん、リスティアが俺にだけ可愛くない!」

「そうねぇ、流石にエドとは十も歳が離れているし、私はちょっと応援できないわ」

「エドって幼女が好きだったんだ」

「ナニコレ、二人から俺が虐められている?」


まだ八歳だった私の世界はとても狭いものだったけれど、大切な人達が側にいてくれてとても幸せだった。



――翌年。


祖母が亡くなって悲しみに暮れていた私の前に、父親の代理だと名乗る使者が現れるまでは。

その人によって、私の三度目の人生が全く別なものに変わることになった。



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