第8話 絶対に触れません
王都の王宮に居る父親の元へ乗り込むと決意した矢先、逃亡用の荷物をリオルガに取られ、村の外に待機していた馬車に乗せられていた。
「決意が揺らぐ前に行動を起こしたほうがよいかと」
リオルガの邪気のない笑みに負けた私は、初めて村の外に出た。
門から少し離れた場所にある木の裏に隠すように置かれていた馬車は、貴族が乗る馬車のように無駄に華美なものではなくシンプルなもの。高給取りである常備軍の部隊を任された貴族が使う馬車ではないが、恐らく身バレしないように敢えて質素なものにしたのだろう。
その考えを裏付けるように、馬車の内装は外装からは想像できないほど凝った作りになっていた。
背中があたる壁には手触りの良い布、椅子には毛足の長い厚手の敷物と、埋れるのではないかと思うほどの沢山のクッション。馬車本体は良いものなのか、揺れが少なくお尻や腰に負担がないので長時間乗っていても苦ではない。
長旅になるので立ち寄った街で沢山遊びましょうと提案してきたリオルガは、何やら計画を立てていたらしく、手元の計画書を熱心に読んでいる。
その奇妙な姿を眺めながら記憶を掘り返し、クラウディスタが伯爵家だと思い出した。
一度目の人生で王妃教育を受けていた私は、隣国であるフィランデル国についてもそれなりに把握していた。
フィランデル国といえば、広大な土地に多大な資金力、そのうえ軍事力も他国を圧倒するものだった。戦争で土地を広げてきたフィランデル国は、支配下に置いた国を抑圧することなく統治し、王族の血を絶やし完全に滅ぼすわけではなく、上を挿げ替えより良い国へと導くと教わった。
そんなことができるのは最早人間ではなく神だと、当時の私は話半分で聞いていたのだけれど、実際に自分が住んでみて、この国を統治している者の凄さを実感した。
王政国家に不満を持つものはおらず、過去一度たりともクーデターはなく、王都や街ならまだしも、辺境の村に至るまで飢えて亡くなる者は一人もいない。
歴代の王の中で最も優秀だと謳われている、イシュラ・シランドリア王。
彼は王位を継いだあと王妃と側室との間に三人の王子を儲けている。
正妃の子は第一王子のソレイルと第三王子のクリス。側室の子は第二王子のミアルガ。
その三人の王子達が一心に愛情を注ぐのが、男爵令嬢のメリア・アッセン。
王子達は何かと理由をつけメリアが遊学先に選んだクレイア国に会いに来ている。王太子の婚約者として何度か彼等の姿を目にしたが、三人共恐ろしく綺麗な顔をしていた。
私の婚約者だった王子も見目は良かったが、メリアに骨抜きにされ、彼女の話しを鵜呑みにするのだから、頭の中はスカスカの駄目王子だったのだろう。
「私の顔に、何かついていますか?」
どうやらジッと見つめ過ぎてしまったらしい。
困惑しながら自身の頬を触るリオルガが可愛らしくて口元が緩む。
「暇だったから」
「眠ってしまっても構いませんよ。もう遅い時間ですし、宿に着いたらそのまま抱き上げてお連れいたしますので」
「頑張って起きています」
何故だろう?と首を傾げるリオルガは鏡を見たことがないのだろうか?
貴公子、絶世の美男子と称されていても驚かないほどの美形だというのに、子供相手とはいえ何てことを簡単に口にするのか。
騎士だからか体格も良く、性格だって今のこれが偽りのものでなければ完璧。伯爵家の跡継ぎでなかったとしても、ご令嬢方からは凄まじく人気があると思う。
それなのに、物語の中にリオルガという人物は存在していなかった。
これほど王子達に引けを取らないような人が、何故ヒロインであるメアリの側に居なかったのだろう?
物語に出てこないのだからリオルガについての情報はなく、侯爵令嬢だったときに隣国の貴族名鑑を読まされ、注視しなければならない家名として教わった程度。
国王直属の常備軍って騎士の中では花形だし、少し小悪魔的な美形騎士ってメインキャラでもおかしくはなさそうなのに……。
――あれ……?
当然のようにリオルガの役職を受け入れていたけれど、待って。
「えっと、リオルガさん」
「リオルガと呼び捨てください」
「でも、それは……」
「リオルガと」
「……」
「どうぞ」
「リオルガ」
「はい、リスティア様」
爽やかな笑顔で優しく呼び捨てろと言われたのに、私の背筋が凍ったのは勘違いだと思いたい。圧を感じ内心泣きながらリオルガの名を呼べば、彼は心底嬉しそうな顔をして返事をする。
「リオルガって、偉い人なの?」
名前と役職しか知らないと言えば、リオルガが何でも訊いてくれと言うので遠慮なく質問することにした。
「偉いと仰られているのが何を指してのことなのか……。そうですね、リスティア様から見れば、私はその辺に生えている雑草のような者でしょうか」
「どうして雑草に例えた……」
「王政国家ではこういった考えを持つ者が大半です。国王を至上とし、その次が次期王候補。その下に王位継承権を持たれている王家の方々。そこから下は比べるまでもありません」
「貴族達の中での順位付けは?」
「そこは他国と変わりはありません。ですが、王の矛と盾と称されている家だけは特殊と言いますか……」
「矛と盾?」
「はい。どちらの家も伯爵家ですが順位は関係なく、貴族の上位に位置している公爵や侯爵家であってもその二家に手を出すことは許されません」
国王陛下から私の迎えを命じられた伯爵家の子息。
今話題に出た家と関係があるのか、または本人なのか……スルーしよう。触れてはいけない問題だ。
「ですので、国王の血を受け継ぐリスティア様は、何処でどのように育てられていようがこの国の王族であり、誰も貴方を否定などできはしません」
要は卑屈にならず、堂々と王族として王宮へ入ればよいと。
リオルガなりの励ましと、これから起こるかもしれないことへの布石なのだろう。
――本当に、優しい人なんだ。
捨てられた王女に肩入れしても何の得もないのに、騎士の誓いまでしちゃうのだから。
「追い出されたら、拾って元の場所へ戻してくださいね?」
「拾って持ち帰ってもよいのでしょうか?」
「……」
「冗談です。しっかり報復したあと、貴方の家族の元へ送り届けますよ」
リスティア様ではなく、敢えて貴方と口にしたリオルガに肩の力を抜いた。
この国の王女か、ただのリスティアか、どちらになるかはまだ分からないが、この人が側にいるうちは気を張らなくても大丈夫かもしれない。
「よろしくね」
「はい」
微笑むリオルガに頷き馬車の外へと視線を移す。
イシュラ・シランドリアが統治するフィランデル国の王族に、王女は存在していなかった。だからこそメリアは可愛がられ王女のような待遇を受けていたのだ。
それに、王子達の年齢を踏まえて考察すると、確実にメリアはもう王宮にいる。
何が楽しくて、前世での因縁の相手が手を広げている場所へ向かわなくてはならないのか……。
見慣れない景色をぼんやり眺めながら、もう村が恋しいと大量のクッションに身を沈めそっと目を閉じた。
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