第18話 運ばれています
「おい」
「っ、はい」
ダイニングルームを出る前から記憶が曖昧で、混乱し過ぎて頭の中がふわふわしていたが、間近から聞こえたイシュラ王の不機嫌そうな声で我に返り瞬時に返事をした。
「お前ではない」
では誰なのだ……と胡乱な目を向け、バッチリ目が合ったところで再び固まる。
これはもう仕方がないことで、母子を捨てた冷酷非道な人が自分を抱き上げ運んでいるのだから、混乱どころの騒ぎではない。
来た道を戻ることなく統括宮の中を進んで行くイシュラ王に抱っこされ為す術なし。
頼みの綱であるリオルガは側に居るが、私を見てニコニコしているだけ。
「リオルガ。お前はどこまでついて来る気だ?」
お腹に響くような重低音に肩が震えれば、一瞬何か考えたイシュラ王が私の背中を、ポンポンと優しく叩く。
これはもしかしなくても、私をあやしているのだろうか?
父親という存在は一度目の人生にはいたけれど、機嫌を損ねてはいけない上司のような人で、私は父親の都合の良い人形だったと思う。
だからこうして抱っこされたことも、優しくあやしてもらったこともないので、どう対応すればいいのか分からない。
「どこまでですか?リスティア様が行かれるところまでずっとお供します」
「もう必要ない。自身の持ち場へ戻れ」
「戻れと仰られても、私の居場所はリスティア様のお側なので」
「臨時専属護衛騎士の任は解く。さっさと部隊に戻れ」
「それなのですが、実はまだ陛下にご報告していなかったことがあります」
「……何だ?」
「自身の名にかけてお守りいたしますと、リスティア様に騎士の誓いをさせていただきました」
「……」
「ですので、臨時ではなく専属にしていただけると嬉しいです」
「おい、本当なのか……?」
王直属の常備軍の一部隊を任されている人が、会ったばかりの子供に騎士の誓いをしたと何でもないように言うのだから、これを聞いた人は誰でも今のイシュラ王のように驚きと不信が混じった複雑な顔になるだろう。
大切な部下が国王より私を優先するということなのだからこの顔も納得出来るが、私の所為ではないのでそう凄まないでほしい!
「……っ、はい」
「陛下。リスティア様が怖がっておられます」
「怖がる?何もしていないだろうが」
「お顔が怖いのでは?」
「……顔?」
目を見開き私の顔を覗き込むイシュラ王に必死に首を左右に振る。
この逃げられない状態で猛獣を嗾けないでとリオルガをキッと睨むが、本人はどこ吹く風である。
「顔ではないそうだが?」
「では声でしょうか?リスティア様は私の顔と声がお好きなので、陛下はお気に召さないのかもしれません」
「……お前、誓いをしたからといって変わり過ぎだろう」
「ですので早急に異動命令をお願いいたします」
「第三部隊はどうする?」
「副隊長に任せていただければ」
「未練も何もないな」
「リスティア様が此処に残られるのであれば専属護衛騎士に、そうでないならば騎士職を辞めてどこまでもついて行きます」
「えっ、辞め……!?」
家族の元に送り届けるとは言われたが、騎士を辞めてついて来るとは聞いていない。
初耳なんだけど……と思わず声を上げれば、イシュラ王が意地の悪い笑みを浮かべた。
「本人は納得していないようだが?」
「それはあとでいくらでもご納得していただけるよう努力いたしますので」
「お前、厄介なのに捕まったな……?」
あのイシュラ王から初めて同情するような目を向けられ、それほどなのかと慄く。
「まあ、それはあとで詳しく聞く。此処で話す内容ではないからな」
「でしたらお部屋で。どうぞお進みください」
「……」
首を傾げ「どうぞ」と促すリオルガに心の中で拍手した。
王妃様ですら制御出来ていなさそうなこの暴君を、軽々とあしらっている。
「行くぞ」
「はい。リスティア様、此処から奥は国王陛下の私室や執務室がある区画となっております」
「あ、はい……」
楽しそうに案内まで始めたリオルガに顔を顰めたイシュラ王は、そのまま無言で足を速めた。
「うわっ、凄い……っ、あ」
「落ち着け」
統括宮の奥、通路を暫く歩いた先には一面に絶景が広がる庭園が。
風が通り抜けるような造りになっている通路を挟むように美しく咲き誇っている。
これほどの庭園は一度目の人生でも見たことはなく、興奮して思わず身を乗り出してしまい、イシュラ王に咎められ抱え直された。
小さな声で「すみません」と謝罪すると、肩眉を上げたイシュラ王が通路から庭園に下り、少し手を伸ばせば花に触れられるほどの距離を保ちながら歩いて行く。
通路を行き来する侍従や侍女は国王付きの人達なのか皆、イシュラ王と私を見て一瞬だけ動きを止めるが、直ぐに軽くお辞儀をして自身の仕事に戻っている。
その度に背後でリオルガが「驚いていましたね」「花がお似合いですよ」と口にするものだから、イシュラ王の額には青筋が……。
「この区画には部屋がいくつかあります。執務室はあちらに、私室はそちらに」
そんな心臓に悪い時間もそろそろ終わるらしく、リオルガがイシュラ王の私室だと言った部屋の扉が開かれた。
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