第15話 戦いのゴングは鳴った
娘だなんてどの口がそれを言うのかと、目を半眼する私の対面から息を呑む音が聞こえ、そっと窺い見ると、静かに微笑んでいた王妃様の顔が驚愕と困惑に歪んでいた。
「娘、ですか……?」
イシュラ王と私を見比べながら囁いた王妃様の悲しげな声は、静まり返った室内にとてもよく響く。隅に控えている者達は顔色ひとつ変えず静観しているが、ごく一部の、王妃様付きと思われる数人の侍女達からは圧が強まった。
「陛下の娘で、間違いないのですか?」
心を落ち着かせるようにふっと息を吐いたあと儚く微笑む王妃様の演技力は凄まじく、いまだ半眼の私や、目を泳がせる王子二人とは違って完璧である。
(ここまで完璧だと、初めから私のことを知っていたようにも思えるけど)
貴族の、それも侯爵家の令嬢となれば、学問だけでなく技術などを含む専門的なことまで家庭で教師をつけ学ぶ。けれどそれらは王族に嫁ぐにあたり必要最低限のこと。
だからこそ王太子妃、または王妃となった時点で、公務の引継ぎ、派閥の管理、多言語、周辺国の情勢や文化等を完璧に頭に叩き込まれる。他にも国によっては国王の代わりに王妃が政務を代理で行うこともあり、より幅広い分野の知識、組織を導く力、礼儀作法、慣例など、生粋の王族が幼い頃から何十年とかけて学んできたことをほぼ数年で完璧にするよう求められるのだから、気力、根気、体力がなければやっていけない。
だからこそ最初に必要とするのは、本心を隠す為の仮面なのだ。
「これほど似ていて、どこに疑う余地があると?」
「確かに王族だけが持つ色を持っていますが、陛下の子ではなく、先代の子か遠縁の子という可能性もありますでしょう?」
「どちらでもない」
「ですが、後宮内で育ったならまだしも、その子は……突然現れたのですから」
出自が不明だと言いたいのだろう。
突然現れた国王と瓜二つの子供だが、王妃の子でもなければ、後宮にいる側室の子でもない。
血縁だけならこの瞳の色で証明出来るけれど、イシュラ王の子かどうかは本人にしか分からないのだから、王妃様が先手を打って先代か遠縁と口にしたのは妙手だ。
「俺の子だ」
でもこの国は絶対君主制のフィランデル国。
国王であるイシュラ王の言葉は絶対で、彼が私を自身の子だと言えばそれまで。
それ以上の反論は許さないとばかりに冷たく醒めた笑みを浮かべたイシュラ王に、王妃様は唇を噛み締め頷く。
「食事を」
興味を無くしたかのように王妃様から視線を外したイシュラ王が片手を上げれば、それが合図となり給仕が始まる。
(暴君だ……)
何事もなかったかのように微笑みを浮かべる王妃様も恐ろしいけれど、それよりもずっと恐ろしいのは家族に背を向けて無表情のままジッと私を見つめるイシュラ王だろう。
自身の生い立ちや母との関係、これからのことなど訊きたいことも賠償金の請求も、やることは沢山あるのに、果たしてこの暴君との会話は成立するのだろうか?
あの豪胆で凛々しい母はこれのどこに魅かれたのだろうか……と心底疑問に思う私の横では、着々と晩餐の準備が進められている。
テーブルの上には綺麗に並べられたカトラリーと、水の入ったグラス、そして小前菜ののったお皿が置かれた。
対面に座る王妃様と王子二人、メリアの前にも同じ物が置かれたが、イシュラ王の前にはワイングラスだけ。
老年の燕尾服を着た男性がそのグラスに赤ワインを注ぐのを眺めながら、晩餐に招待した本人は食事をしないのだろうか?とふと気になり、頑なに見ないようにしていたイシュラ王へと顔を向けてしまった。
「……」
「……」
視線が痛いくらいずっと観察されているのだから、私が顔をそちらへ向ければ目が合うのは必然で。そしたらもう目を逸らすことなど出来ず、瞬きすらしないイシュラ王に見つめられた私は、蛇に睨まれた蛙のようになっていた。
「食事の前に」
そんな私を助けてくれたのは王妃様だった。
本人は助けるつもりなどなかったのだろうが、私は助かったので心の中でお礼を口にしながら王妃様へと瞬時に顔を向ける。
「貴方の名前を教えてくれるかしら?陛下は、この通り教える気がないらしいの」
どうやらここから自己紹介という名の尋問が始まるらしいと、私は王妃様の言葉に頷き、害のない子を演じなくてはとにっこり笑った。
「リスティアと申します」
「リスティア……そう、とても可愛らしい名前ね。よかったら家名も教えてくれるかしら?」
貴族前提で訊かれた家名。
当然だが平民である私に家名はない。
王族と同じ席につき、侍従や侍女、給仕ですら貴族かもしれないこの場で、家名はないと口にするのは無知な子供であったとしても勇気のいることだし、だからといってこのまま黙っているわけにもいかないのだから困ったものである。
あの横柄な侍女達を使いに出しただけあり、嫌なやり方を好む人だと鼻で笑い、口を開いた。
「家名はありません」
周囲にも聞こえるように笑顔でハキハキと口にした私を見て、ほんの一瞬だけ王妃様は眉を上げた。
「家名がないとは……?」
「平民ですから」
「まぁ、それならとても苦労したことでしょうね」
「苦労したことはありません。とても幸せに暮らしていました」
「でも色々と不便なこともあったでしょう?」
「比較するものがなかったので不便だと思ったことはありません」
「……そう」
「はい」
同じような言葉を散々聞かされてきた二度目の人生で、こういうときは笑顔で淡々と否定するに限ると学んだ。
「凄く小さいけれど、歳はいくつなのかしら?」
「九つになったばかりです」
「それなら私の息子達とは歳が近いわね。紹介するわ、こちらが第一王子のクリス、その隣が第二王子のソレイルよ。とても優しくて愛情深い子達だから仲良く出来ると思うの。二人共、挨拶を」
「初めまして、リスティア。その、良好な関係が築けたら嬉しい」
「よろしく、リスティア」
思っていたより友好的な王子二人からは悪意や蔑みなど見えず、王妃様が言っていた通り優しくて愛情深い子達なのだろうと納得する。
「それと、ソレイルの隣にいる子は私の親類の子で、メリア・アッセンよ」
「初めまして、リスティア。メリアよ」
「とても可愛らしい子なの。クリスとソレイルはメリアを妹のように大切にしていて、私は娘のように可愛がっているわ」
「クリスもソレイルも、王妃様も、とても優しくて大好きです!」
「それは嬉しいわね。クリスとソレイルもそうだけれど、メリアもリスティアとは仲良くしてあげてちょうだい」
「いいですよ」
王妃様と王子二人に愛され嬉しそうに笑うメリアは、何を勘違いしたのか私に向かって「仲良くしましょうね」と口にした。
「リスティアはまだ分からないことが多いと思うの。だからメリアが此処でのことを色々と教えてあげるのよ?」
「はい。何でも訊いてね、リスティア」
王妃様の親類とはいえたかだか男爵家の娘が、まるで自分は王族だと言わんばかりに振る舞うことに違和感があるのは私だけなのだろうか?
サッと目を走らせ、どうやら私だけらしいと肩を落とす。
「メリア。分からないことがあるのですが、訊いてもいいですか?」
「いいわよ」
「メリアも王族ですか?」
「えっと、私は王妃様の親類で、男爵家の娘よ?」
「男爵家の……それならこの国は、男爵家は王族より立場が上なんですね」
「え……?」
「だって、私が仲良くしてもらって、教えを乞うのでしょう?」
「そうよ?だってリスティアは何も知らないのだから」
「王族が、男爵家の者にへりくだれと?」
「へり……?えっと、へりくだるって?」
国王であるイシュラ王が一応「私の娘」と宣言したのだから、私は王族ということで、クリスやソレイルの妹ということになる。だというのに王妃様はその妹で娘の座にはメリアがいると態々口にし、彼女より私の方が下だと牽制してきた。
それはまぁいいのだが、メリアを調子に乗せるのは許容範囲外である。
「へりくだるだなんて、そのようなことは誰も言っていないでしょう?」
「でも、イシュラ王の娘である私が男爵家の娘に仲良くしてもらい、教えを乞うということはそういうことではないのでしょうか?」
「メリアは私の娘のようなものだと、そう言ったはずよ?」
「だから分からなくて訊いたのです。王族の血をひく私より、王妃様が実の娘のように可愛がっている男爵家の娘の方が偉いのですかと。その、私は貴族や王族に詳しくなくて、だから教えてほしかっただけで……」
段々と語尾を小さくし、肩を震わせ泣きそうな声で「すみませんでした」と謝罪すれば、怪訝な顔をする王妃様が王子二人から非難の目を向けられた。
それに気付いた王妃様はサッと周囲を見回したあと、聖母のような王妃という仮面をしっかり付け直し、優しく諭すように私の為だと口にする。
「私や息子達だと気軽に接することが出来ないと思って歳が同じメリアに頼んだのだけれど、私の言い方が悪くて勘違いさせたみたいね。ただ、色々と学ばなければ困るのはリスティアなのよ?」
「それでしたら教師を付けていただければ嬉しいです」
「……教師?」
「王宮には専門分野の先生方がいると、リオルガから教えてもらいました」
これは嘘ではなく本当のこと。もし私が王族として此処に留まるのであれば、それ相応の教育と家柄の釣り合う友達が必要となる。
けれどそれは今言ったように、各専門分野の教師と上級貴族の令嬢のことであって、王妃様と王子二人が可愛がるメリアではない。
「それに私は何も知らないので沢山勉強しなくてはいけません。だからメリアと仲良くする時間はないと思うのです。ご厚意はありがたいのですが、すみません」
「……」
申し訳なさそうにメリアはいりませんとお断りすれば、王妃様も王子二人も絶句し、メリア本人にいたっては何が起きているのかまだ理解出来ていなさそうだ。
取り敢えず一仕事終わったと笑みを浮かべると。
「ふっ……ぶふっ……っ」
突然、私の左側から盛大に吹き出す音が聞こえた。
どう考えても左側にはあの人しか居らず、でもまさかと声の正体を確かめる為に左側をそっと窺えば、片手で顔を覆ったイシュラ王が小刻みに震えて笑いを堪えている。
「っ……ふくっ……」
そんなイシュラ王の姿を初めて目にしたかのように、彼の側に立つ侍従、晩餐の準備をしている者達や隅に控えている者達、此処にいる全ての者が動きを止め、唖然としながらイシュラ王を凝視していた。
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