第21話 ×


「王妃に選出される基準は、家柄、容姿、能力、そして幼い頃から築いてきた人脈だ。それらを全て持ち合わせていたのが、侯爵家の息女であるルイーダ・オルダーニだった。父親は財務を取り仕切り、本人は人心掌握に長け、あれの代わりに喜んで汚れ役を引き受ける者達は数えきれないほどいる」

「……」

「王政国家とはいえ誰もが国王に従うわけではない。地位と権力を持てば欲を出す者は必ずいる。そういった者達を抑えこむには婚姻が一番有用だ。だからあれを王妃にした」


基準を完璧に持ち合わせていた王妃様もその実家も、大人しく国王に従うような人達ではないということ。王政国家とはいえ国王一人が全てを賄えるわけもなく、中枢で働く者達は皆伯爵より上の貴族達で、彼等が下級貴族や商家などを派閥に入れ管理している。

王妃様の実家が侯爵家で、当主が財務を取り仕切る官僚なのであれば、下手に対応を間違えでもすれば国王側も痛手を負うことになるのだろう。


「それとジュリアが側室になる前にはもう、跡継ぎである息子が二人いたからな」

「跡継ぎ……?」

「次期王候補として指名はしていないが、王位継承権を持つ者は息子二人だけだ。それがどういうことか分かるか?」

「いずれどちらかが国王になるんですよね?」

「いずれはな。だが指名されるのを待たずに直ぐに次期王候補になる方法がある」

「指名されていないのに?」

「俺が死去すればいい」

「し……っ!?」


何て物騒なことを言うのだと呆気に取られる私に、イシュラ王は「これがあるから無理だと言ったんだ」と肩を竦めた。


「俺が死去すれば直ぐにでも息子のどちらかが次期王候補となり、息子がある程度成長するまでは侯爵と王妃が裏で政を担う筈だ」

「他に王族の方は……」

「姉である王女が二人いたがそのどちらも他国に嫁いでいる。年老いてからの息子が俺だからな、先代の国王と王妃は既に他界している」

「でも国王陛下はまだ若いし健康なのでは……?」

「病、事故、あとは暗殺に毒殺。そのどれも王妃は平然とやるだろうな」

「王妃様に対しての信頼がなさすぎる」

「そう簡単に殺されるつもりはないが、絶対という保証はない。俺が存命であればジュリアを守ることは出来るが、いなくなったときに誰も彼女を助けられる者はいない」


母もそう考えたのだとしたら、そこに至るまでに何かがあったということだ。


「もしかして母は、何か危険な目に遭っていたんですか?」

「ジュリアが側室として後宮に入って直ぐに王妃が動き出した。初めは些細な嫌がらせだったが、ある日を境にそれが増長し始めた」

「ある日?何かあったんですか?」

「……」


イシュラ王が私からスッと視線を逸らしたのを見て、これは絶対に何かあったとリオルガへ顔を向けると、困り顔のリオルガに首を左右に振られてしまった。

流石に何年も前の後宮で起きたことを知っているわけがないかと項垂れ、あとは誰に訊けば……と顔を上げたとき、イシュラ王の背後に立つローガットさんと目があった。

イシュラ王の執事であり、長年王宮に勤めているであろうローガットさん。側近の彼であればとジッと見つめると、苦笑したローガットさんは小さく頷き口を開いた。


「ジュリア様が受けた些細な嫌がらせに陛下が耐えられず、王宮内にジュリア様のお部屋を用意したんですよ」

「おい、ローガット……」

「訊きたいことは答えると仰った陛下が答えられないので、執事である私が代わりを」

「……」

「王宮内のそのお部屋は、本来はこの国の王妃様に与えられるものでした」

「あれの部屋は後宮内に置くと、侯爵家にも本人にも婚姻前から伝えてあっただろうが」

「侯爵家も王妃様も、あの部屋は使用せずにずっと空けたままなのだと、そう思われていたのではないかと」

「それは俺が決めることだ」

「ですが代々王妃様に受け継がれてきたそのお部屋を、側室であるジュリア様にお与えになったので、嫌がらせでは済まなくなったのです」


王族、貴族の愛のない政略結婚は当たり前のことで、相手の自尊心や誇りを傷付けるようなことさえしなければ円満な家庭を築けていける。

ということは、自尊心や誇りを傷付けるようなことがあれば、途端に牙をむくということ。

あの王妃様ならきっと激怒したに違いない。


「……っ、怖っ」


地位も権力もあり、駒になる人間を持つ王妃様を怒らせるなんて、この自称父親は何てことをしたのだろうか。

イシュラ王本人も悪手だったと思っているのか、私から顔を背け片手で目元を覆っている。


「国王陛下の所為で事態が悪化したんですね」


そこから詳しくローガットさんから仕入れた情報によると、母は嫌がらせを気にする素振りはみせず、時折呼ばれる王妃様の派閥お茶会には「女の戦場よ」と言い意気揚々と出向いていた。

そんな明るく穏やかに過ごしていた母に陰りが見え始めたのは、子を身籠ってからだったと言う。過激化した嫌がらせの矛先が私に向かうことを恐れた母は、子が確実にお腹にいると分かった日に離縁を願ったらしい。


「仕方がなかったことだと、そう思います」


遅かれ早かれ、母が子を身籠った時点で同じようなことになっていた。

この国では性別問わず次期王候補になれる。だからこそ国王から寵愛を受けていた母の子は、王妃様からすれば邪魔者以外の何者でもない。

だとすればイシュラ王が守る母より、まだ生まれていない子をどうにかする方が楽。もし無事に生まれてきたとしても、それこそ病気や事故にみせかけどうとでも出来る。

王妃様の手がどこまで伸びているのか分からない状況と、無事に生み育てたとしても待っているのは次期王候補争い。

王宮に居れば必ず巻き込まれることになるのであれば、潔く離縁し逃亡するという手段を取った母はとても理性的だったと思う。


私は冷静さを失って戦うことすら出来ず、婚約者からも家族からも、必要ないと捨てられたから。


「リスティア」


祖母と母に愛され、平凡に生きていく。

誰にも、何者にも脅かされないその辺のモブ。

私はただ静かに余生を過ごしたい。


――それなのに。


「王宮で、王女として暮らす気はあるか?」


今迄ずっと私のことなど気にも掛けず忘れていたのだから、そのままでいればいいのに。


「オルダーニの力を削る為に王宮内を掃除し、矛と盾を常備軍、側室に配置した。統括宮は王妃であっても手が出せないようにしてある」

「矛と盾……」


そっとリオルガを窺うと、彼は「矛も盾もとても優秀ですよ」と優しく微笑む。


「どうして……?」

「……」

「どうして、今更」


もっと早く、母や祖母がまだ生きていたときに聞きたかった。

誰もいなくなってから忘れていたように手を伸ばされても、嬉しくなんてない。


「私達の子が安心して過ごせる場所にすると、そうジュリアと約束した」


国を統治する国王が忙しいのは当然のことだけれど、イシュラ王は度が過ぎていると言う。昼夜問わず仕事をし、休憩すら取らず、執務室から出ることがない。何にも興味も関心も持たず、ただ国王として生きているだけ。そんな人が常備軍に所属する騎士を秘密裏に動かし、自身の側に呼び寄せたのは信じられないことだと、そうリオルガから聞いている。

ただの興味、または邪魔になるか確認する為、きっとさっさと村に戻れと言われると思っていたのに。


表情をどこかに置いてきたのか、真顔、眉間に皺を寄せる、くらいしか表情が動かないイシュラ王からは何の感情も窺えない。

これは困ったぞと苦笑いし、両手を胸の前でクロスさせた。


「お断りします」

「……」

「なので、初めに言ったように家に引きこもれる快適な私の生活だけ保障してください」

「……」

「睨んでも駄目です」


バツを作って拒否を示せば、ぐぐっと眉を顰めたイシュラ王が「条件がある」と脅してきた。


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