第13話 王妃様は大変だね
「此処から先は、私達がお連れします」
挨拶もなく急に話し掛けてきたかと思えば、国王から直々に命を受けたリオルガ相手に上から目線で物を言う。第一印象は最悪だ。
「気難しそうな人」
プライドが高く、頑固で協調性が皆無な我儘な人だと言わず、かなりオブラートに包んで言葉にしたのに、リオルガに向けて呟くと年配の侍女にギロッと睨まれた。
「どういうつもりですか?」
「どうとは?私達は王妃様の命に従い、そこの子供を迎えに来ただけです」
嫌な感じに一瞥された挙句そこの子供呼び。
年齢やリオルガに対する態度からして、先頭に立つ年配の女性が筆頭侍女なのだろう。嫌な感じに一瞥された挙句、そこの子供呼び。明らかに悪意を持ってされた発言や行動に、若い侍女達が失笑を浮かべる。
「リスティア様に対して無礼では?」
「王妃様の命ですので」
王宮の侍女達はほとんどが貴族の子女。その侍女の中でも王族付きの侍女は上位侍女と呼ばれ、上級貴族から選出される。そんな生まれも育ちも良い人達だからこそ、王族の瞳を持っていても平民の血が混ざっている私は自分達よりも下の人間だと見下す。今この場で不満を口にしようものなら、まだ王族の仲間入りをしたわけではないなどと逆に責められるだけ。
「リオルガ……」
年相応の子供のように、瞳を潤ませ震えながらリオルガの服の裾を掴んだ。
長い旅路で私の性格を把握しているリオルガは、察して穏やか騎士から鬼畜騎士へとチェンジする。
「どうやら聞こえていなかったようなので、もう一度だけお教えしよう。私は国王陛下からリスティア王女をお連れするよう言われているのだが?」
「王妃様は王宮に不慣れな子供の為に、私達に迎えを頼まれたのです」
「先程から王女を子供と呼んでいるようですが、不敬罪として今この場で斬ることも可能ですよ」
「正式に王女と認められていない者を王族としては扱えません。それに、その瞳も本物かどうか疑わしいものです」
「あぁ……王妃付きの侍女である貴方達は公式行事の場でしか王の顔を見る機会がありませんからね。本物の王族の瞳を知らないのは仕方のないことだ」
「私達は王子宮へも出入りが許されていますので、本物なら見慣れています。そちらのものとは違い、とてもお美しい色ですわ」
「リスティア様の瞳は王と全く同じ色ですが?」
リオルガお母さんと王妃付き侍女がバチバチと火花を散らして戦っている最中、私は扉の前に立つ騎士達に手招きされそちらへ向かう。
そーっと争いの輪から脱出し騎士達の間にちょこんと入ると、彼等は微笑みながら騎士の礼を披露してくれた。その姿に音を立てずに拍手を送り、私は頬に片手を当てながら首を傾げ困っていますポーズを披露すると騎士達が小さく吹き出す。
そんな感じで和やかに事態の収拾を待っていると……。
「王子達の瞳の色とイシュラ王の瞳の色は若干異なります。そのようなこと、王の側近達は皆知っていますが、無知な者に何を説いても無駄でしょう。よく覚えて帰ってください。リスティア様の瞳こそが、イシュラ王と同様の色彩だということを」
振り返ったリオルガが片手で私を指したが、そこに私は居ない。
一瞬眉を顰めたリオルガが視線を彷徨わせたあと扉の方へと顔を向けた。
「リスティア様……?何故、そこに居られるのですか?」
「ごめんなさい。そこの方達が怖かったので、騎士様達の元に非難していました」
両手を胸の前でぎゅっと握り目を伏せた私を不憫に思ったのか、侍女から庇うように騎士達が私の前に出た。
リオルガだけでなく統括宮を守る騎士達にまで警戒された筆頭侍女は慌て、「王妃様が!」と喚いているが、王と王妃のどちらの命が重いかなんて誰でも分かること。
「王がお待ちです」
此処は任せろと騎士達に促されリオルガと扉の中に入る前に一度振り返った。此方を見ながら顔を歪めている侍女達に向かってうっそりと笑みを零すと、閉められる扉の向こうから「お待ちなさい!」と悲鳴のような声が聞こえた。
「あまり挑発はされませんように」
「それをリオルガが言う?凄いこと言っていたような気がするけど」
「私は構いません」
「それなら私も大丈夫だよ。王妃様にはどうせもう嫌われているみたいだし。それにしても、子供を仮の保護者であるリオルガから引き離してどうするつもりだったのか……」
「釘をさすおつもりだったのでは?」
この国では王子も王女も性別を問わず次期王候補として指名された者が、王または女王となる。男子優先長子継承性の国出身の王妃様なら、絶対に自身が産んだ王子を国王にしたいと望む。
だから、当然現れた王女など邪魔なだけで、私が自分の意思でこの王宮を去るよう嫌がらせの一つや二つは用意してあるだろう。
だけど、ソレに対して私は何とも思わない。
そんなこと当然のことだし、そうしなくてはならないと教育を受けるから。
幼いうちから叩き込まれる王妃教育ほど惨くて悲惨、辛く厳しいものはない。
跡継ぎである男児を産むことは勿論、貴族とは違う王族の仕来りを学び、他国の王族や貴族、外交官をもてなす為の知識や教養、あらゆる国の言語を覚えなくてはならない。それ以外にも、後宮と派閥の管理など、国王とは違う方面に秀でて謀くらいできなくては王妃と呼べない。
そんな大変な思いをして王妃になったのに、イシュラ王の正妃とかストレス溜まりそうで同情してしまう。
「大変な場所だよね、王宮って」
「適応力はあるようですが?」
クスクス笑うリオルガをひと睨みし、歩きながら周囲を眺める。
王が住まう統括宮は意外とシンプルな造りで、目の前に現れた両開きの扉も年代物だと思わせる古くて地味な物。
リオルガがその扉の前で立ち止まり、私を安心させるよう微笑んだ。
「では、行きますよ」
「うん」
ギッ……と小さな音を鳴らして開かれた扉の先。
バイオレットの瞳を細め、射貫くような視線を向けるイシュラ王が居た。
3度目の転生は、忘れ去られていた王女様でした 雪 @hime0227hime
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