第11話 ならば、戦争だ



フィランデル国の王都の中央広場から見えるクラスピスタ王宮は、他国から訪れた使者は皆一様に見惚れ絶賛するほどだと聞く。確かに特徴的な建築様式は簡単に真似られるものではなく、王宮内も溜息が零れるほど豪華絢爛だ。


そのクラスピスタ王宮内にある客室に通された私は、被っていたフードを下ろし室内を見回した。

菫色の壁紙に合わせて選ばれた可愛らしい家具。寝室にある天蓋付きのベッドには大きなぬいぐるみが鎮座し、奥にある扉は恐らくバスルームだろう。

明らかに小さな女の子の為に用意された部屋を見て、リオルガが口にしていた言葉を思い出し本当だったのかと驚く。

一体いつから用意していたのか、確実に私が来ることを前提としているのだから質が悪い。


「お待たせいたしました。何かご不便なことはありますか?」


謁見申請を出しに行くと言って部屋を出て行ったリオルガが数分もしないうちに戻ってきた。ベッドの上に乗り身体を弾ませて遊んでいたのを見られ、何事もなかったように姿勢を正すが誤魔化しきれずリオルガは顔を逸らして小さく吹き出した。


「ふかふかだったのよ」

「はい」


裏口から入って来たので一般の通路ではなく、私達は誰にも会わずに部屋に入った。

そう、誰一人として侍従や侍女らしき人は居なかったのに、この早さ。本当に申請を出して来たのだろうか……。


「リオルガ?」


軽く室内を見渡したリオルガの表情は険しくさせ、ベッドサイド、奥のバスルームの中、クローゼットと何かを確認するように順に回り、寝室から出てテーブルの上に乗る茶器に手を伸ばしたあと動きを止める。何かあるのかと声を掛けたのに……。


「軽く食べられる物を頼んだはずだが……」


機嫌が悪い理由は、まさかの軽食がなかったから。

ブツブツ言いながらカップにお茶を注いでいるのは騎士様で、決して侍女ではない。


「お茶だけで大丈夫です」

「ですが、昼食を食べてからかなり時間が経っています。甘い菓子が理想でしたが、すみません」

「ほら、夕食前だし」

「夕食の時間までまだありますが……そうですね、リスティア様は食が細いのでお茶だけにしておきましょうか」

「お母さんか」

「……母をお望みでしたら」

「結構です」


リオルガは一瞬何かを考える素振りを見せたあと、私に向かってそっと両手を広げたので片手で制してお断りした。

まさかとは思うがハグでもしようとしたのだろうか?

この人は自分の容姿がとんでもないものだと正しく理解できているのか、侍女とかお母さん代わりにしたら大変な目に合ってしまう。主に、私が。


「やはり王子宮に置かれている物よりは質が落ちますね」


王宮内の茶葉に文句をつける人なんてリオルガくらいだし、茶葉を見て質が劣ると分かるとかソレ騎士のスキルじゃない。


「勿体ないな……」


王女だとはいえ、捨てられた平民出身の少女に甲斐甲斐しくお茶を入れる姿に溜息を吐く。

リオルガはエリート騎士様で国王の矛と称される伯爵家の子息。正面も横顔も完璧な造作で一見冷たそうな印象を受けるが、笑うとほにゃっと可愛らしくなるのでギャップが凄い。

無造作に下ろされた肩下まである長い銀髪はお茶を入れるときに邪魔だったのか、耳にかけていて、ソレがまた絵になる。

二度目の人生で、こんな外見をした騎士の絵を眺めて「鬼畜、最高!」と叫んでいた者が居たのを思い出す。


「鬼畜リオルガ?」


――ガチャン!


リオルガは持っていたティーポットを手から落とし、派手な音と共にカップもひっくり返る。お高そうな茶器は無事だろうかと身を乗り出して様子を窺えば、ギッ、ギギッ……と音がしそうなほど不自然な動きをしながら此方に顔を向けたリオルガに慄いた。


「リスティア様……」

「は、はい!」

「そのような言葉はイシュラ王にこそ相応しいものです。おわかりいただけますね?」

「うはいっ!」


これでもかと見開かれたリオルガの目は瞬き一つせず、普段と同じ口調なのに声音が全く違う。頭の中で鳴る警報を無視してはいけないと、必死に頷いた。それはもう、首がもげるのではないかと思うくらい。その際に多少変な声が出たがスルーしてもらえた。

この世界で一番怒らせてはいけない人は、リオルガだ。

コレに比べたら冷酷無慈悲なイシュラ王なんて軽くあしらえるはず!と、そんな無駄な自信は即座にポイッと捨てることになるのだが、このときはまだ知らなかった。



始終笑顔のリオルガとのお茶会中に客室の扉がノックされ、リオルガの返事と共に数人の侍女達が部屋へ入って来た。私の瞳を隠そうとしていないので、この侍女達はリオルガが手配した者達なのだと気付いた。


「リスティア様。謁見の前に身支度を整えさせていただきますが、私では役に立ちませんので我が家から侍女を数人手配しました」

「私のことは……」

「ご心配なく。我が家でリスティア様を知らぬ者は居りません。フィランデル国の第一王女殿下だと既に知らせてあります」


左様ですか……とソファーから立ち上がり、扉前に並ぶ侍女達を見た。

私を見る彼女達の顔には驚きや困惑といった類のものはなく、リオルガの家の侍女だから優秀なのは分かっている。


「このあと、国王陛下との謁見を控えています。どのようになさっても構いませんので、クラウディスタ家の力で、どの王族よりも王族らしい姿に変えてください」


髪も肌もボロボロで既製品を着た子供が王女だなんて、この瞳がなければ誰も信じはしない。

だからこそ、磨き上げてくれると言うのであれば最高の仕上がりを望む。

化粧は女の武器、ドレスは戦闘服。一度でも舐められたら挽回の余地はなし!

侍女達のやる気に満ちた瞳を見て、一度目のときの王妃教育で鍛えた微笑みを浮かべた。そこからは謁見申請が通るまでの短時間でどこまで侍女が頑張ってくれるかにかかっている。


「晩餐に……?」


簡易的とはいえ満足のいく仕上がりになった頃、謁見の許可が下りたと報せが届いたのだが、王族だけが揃う晩餐に招待されたことに驚きリオルガと顔を見合わせた。


「王が晩餐に?執務を理由に夕食は一人で召し上がっているはずですが」

「その晩餐には、他の王族の方達は……」

「居られるかと」


リオルガが困惑するのも分かる。イシュラ王一人と対面すると思っていたら、その家族達にも会うことになったのだから。


「ふ、ふふ……ふふふ」

「リスティア様?」

「馬鹿にするにもほどがある。育った環境を知らないわけじゃないのに、マナーも何も知らない平民を晩餐に招くなんて」


艶やかな髪に綺麗なドレス。荒れていた肌は透明感があり、その上に軽く化粧までしている。今の私は王女とはいかなくても貴族の令嬢には見えるだろう。これら全て手配してくれたのは自称父親ではなくリオルガだ。


自称父親が人でなしで冷酷な男だということは知っていたが、どうやら配慮に欠ける無神経で最低な男でもあるらしい。元の姿で晩餐に出向いていたら良い笑い者になるところだった。


「向こうがそうくるなら、私も全力で返り討ちにするしかない」

「では、エスコートは私にお任せください」


グッと胸を張り差し出されたリオルガの手に手を乗せると、扉の側に待機してくれていた侍女さん達が拳を握って頷いてくれる。


では、お父様に会いに行きましょうか。










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