第19話 ウィンウィング王国の守護者
蒼夜と怜良は急速に仲良くなっていった。怜良は自分に定められた運命を知らないが、夏休みに入る前に、何らかの方法でウィンウィング王国に招待されることになっている。
もし、その国の王子が内面も外見も非の打ち所がない男だった場合を考えて、蒼夜は以前のように自分の気持ちにブレーキをかけるのを止め、真剣に怜良に向き合うようになった。
当然、二人は高校への行も帰りも一緒に帰る。今まで蒼夜の横を歩いていた天真と、怜良の横を占めていた親友の真美はあぶれてしまい、仲良く話す蒼夜と怜良の後からバス停までの短い距離をとことこついて行くことになった。
真美は元々天真に気が合ったので、一緒にいられることを楽しんでいるようだが、天真はここでの役割が終われば姿を消すと分かっているので、真美に特別な感情を抱くことはない。ましてや、人間と天界の者では、時間の流れや寿命が違うからなおさらだ。
そう考えた時、怜良に対する蒼夜の今までの素っ気ない態度が、距離を置くためのもだということに気が付いた。
あとひと月半もすれば、怜良は神の決めた王子の下へと旅立つ。
六年もの間、影になり日向になり、見守ってきた蒼夜の姿は、いつもはっきりとは映らなくても、垣間見ることで、怜良の中に深く根付いてきたはずだ。
怜良の幸せのために、蒼夜が望んだこととはいえ、それらの記憶を怜良から全て消してしまった今、蒼夜の不安はどのくらいだろうと想像すると、天真は何とか二人をくっつけてやりたかった。本物の王子と会っても、怜良が蒼夜を選ぶよう、僅かな時間で二人の絆を強固にしてやれるならどんなことでも協力する気でいた。が、バス停の屋根を支える柱の上に見慣れない小さな子供の像を認めた時に、天真は運命が動き出したことを知った。
怜良のスマホがメールを受信した。普段なら仲間との話を優先する怜良だが、手が勝手に動いてスマホをバッグから取り出し、画面を確認して「あっ」と声をあげる。蒼夜がどうしたと画面を覗き込むと、そこにはご当選おめでとうございます。の文字が点滅していた。
蒼夜に促され、怜良が通知ををタップしてメールを開くと、【新店舗開店記念宝くじご当選者さまへのお知らせ】と謳ってある。
「ああ、そういえば、これ、一か月くらい前に、真美と一緒に服を買いに行ったお店で応募したものだわ。びっくり!当選だって。真美は?」
「通知が来ないから私はダメだったみたい。わっ、怜良、すごい!見て、海外旅行が当たってる」
スマホを覗いた真美があげた声に、蒼夜と天真が顔を見合わせた。行先は聞かなくても分かる。
「ウィンウィング王国ってどこ?聞いたことないわ。真美も当たっていれば二人で行けたのに」
天真が渋面を上げたその先に、ふっくらした西洋の子供に羽が生えた像が見下ろすように立っていて、その愛らしい口元が開き、声もなく天真と名前を呼ぶのが分かる。
天真の視線を追って、不審な像の動きを目にした蒼夜が睨みつけると、動いたのが嘘のようにただのオブジェになった。
「羽がついてる。お前の仲間か?」
「いや、あれは天使じゃなくて、キューピットです。多分、僕が裏切らないように、監視するためにやってきたのでしょう」
小声で話す二人の後ろで、王宮の中も見られるんだって!と叫ぶ真美の声が耳に入る。真美は、更に情報を求めて自分のスマホで王国を検索し、怜良に詳細を語った。
「王宮は今まで公開していなかったそうよ。ウィンウィング王国は地中海沖にある中立国で、モナコのように特権階級やお金持ちが住むところで閉鎖的だったのを、最近になって一般の観光客を誘致するためのキャンペーンを始めたみたい。このくじはそれに乗ったのね」
「へぇ、現代にあって、まだ未解明の王国なんてミステリアスね。言葉も英語なら何とかなるかも」
小瓶にかけた願いのせいで、怜良は将来に向けて語学は頑張ってきた。こんなところで役立つとは思わなかったが、通じるかどうか試してみるのもいいかもしれないとふと思う。
「行ってみようかな。九月までの旅行期間なら、夏休みに行けばいいし、今からならパスポートを申請しても間に合うものね」
「俺も行く」
思わず声に出した蒼夜に続き、天真も、僕も行きますとにっこり笑う。真美は、夏期講習を申し込んでいるため長期滞在は無理らしく、羨まし過ぎると言って悔しがった。
蒼夜がキューピットを見上げると、うっすらと唇の端が上がったように見える。怜良と王子の仲を取り持つつもりなら、とことん邪魔をしてやる腹積もりで、蒼夜は視線で威嚇した。動かないキューピットからさらに上空に視線を向け、羽をもげるもんなら、もいでみやがれと思念を送った。
旅行の話で盛り上がる怜良と真美に付き合った後、蒼夜と天真が森の館に帰ると、リビングにとんでもないものがいた。
「おい、スケルトン。何でこんなものを家に入れたんだ?」
「キューピットさまが、天真さまのお友達だとおしゃったので、お通ししたのですが、間違いでしたでしょうか?」
スケルトンが、コキッと音を鳴らして首を傾げるのを見て、天真が大丈夫だと間に割って入り、スケルトンを下がらせたので、リビングには、ソファーで優雅に寛ぐ金髪巻き毛のふっくらとした幼児体型のキューピットと、その前に立ち、説明を求める蒼夜と天真の三人だけになった。
「そんなに怖い顔で睨まないでよ、二人とも。僕はまだ天真の監視役を引き受けたつもりはないんだ。ただ、ちょっと気になることが合って、そっちの偵察がメインなんだ」
「気になることって何です?怜良さんとくっつけようとしている王子に関係するんですか?」
天真の問いかけに、キューピットがぷくぷくの顔をコクンと縦に振った。
「うん。あの王国は別名【天使の国】と言われているんだ」
天真と蒼夜が不思議そうに天使の国と繰り返すのを無視して、キューピットが説明を続ける。地中海の温暖な気候に恵まれ、農作物がたわわに実り、花が咲き乱れる楽園は、いつの時代も属国にしようと企む多くの国から狙われたらしい。
「ありがちな話だな」
蒼夜が退屈そうに腕を伸ばし、キューピットの羽を摘まんでソファーから浮かせ、代わりに自分が腰かけた。天真もその横に腰かけ、それで?と続きを促す。膨れたほっぺを余計にぷくっと膨らませたキューピットが、目の前でパタパタ羽ばたきながら口を開いた。
ところが、不思議なことに、侵略しようとした国はことごとく失敗を重ねて、諦めざるを得なくなった。ウィンウィング王国は、周囲の国からの侵略を防ぐため、国交をなくし鎖国状態となったが、どこからの情報も入らないはずの国が、まるで先を読むように、投機や投資で成功をおさめ、国庫だけでなく国民の生活も潤う国になっていった。
この国は、初代国王と仲が良かった天使の加護を受けているという。その不思議な力の恩恵にあやかろうとする世界中の権力者や、金持ちたちが、政治や投機について占ってもらおうとして、大金を持った遣いを送り、結ばれたのが不可侵条約だった。
「ふ~ん。で?天使は本物なのか?」
話を聞いている間、手持ち無沙汰になった蒼夜が、浮いているキューピットの頭をぺこっと押した。一旦沈んだキューピットがパタパタ小さな羽を羽ばたかせて浮上する。ぺこっ、パタパタ、ぺこっ、パタパタ。空中でボールのようにバウンドしていたキューピットがキーキーと怒り始めた。
「蒼夜、僕で遊ばないでくれる?教えてあげないよ」
「悪い、悪い。で?何が気になって偵察に行くんだ?」
「うん、それがね、最近になってウィンウィング王国の不思議な力が衰え始めたらしくって、そのころから天使が行方不明になることが続いたんだ。偵察しに行った天使も音信不通になったから、僕が行くことになったの。ウィンウィング王国が観光客誘致に精を出し始めたのも、予知で入っていた収入が見込めなくなったかららしい」
「そんな不確かで危ない国に怜良をやるのか?じいさんには慈悲ってものがないのかよ?」
一瞬きょとんとしたキューピットは、じいさんが誰のことを指すのかが分かり、噴き出しそうになるのを必死で堪えている。天真が困ったように肩を竦めて見せた。
「キューピットはどうして、偵察を引き受けたんですか?」
「……仲良くしてた天使がいるかもしれないんだ」
「僕の知っている天使ですか?」
「うん。天真も蒼夜もよく知ってるよ。べトレイっていう天使だ」
蒼夜と天真が互いに視線を交わす。行くてに立ちはだかる邪悪な存在に、困難な運命が待ち受けているのを感じて、二人は立ち向かう意志を確認するように頷き合った。
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