悪魔と天使のシンデレラ

マスカレード

第1話 プロローグ

 切り立った崖の上にそびえるその城は、鋭い尖塔が連なっていて、天に刃を突き付けているように見える。ただでさえ厳めしい外観を囲むのは、行くてを阻むかのように、棘のある曲がりくねった枝を伸ばす木々で、うっそうとした森は城と相まって、まがまがしい雰囲気を醸し出していた。


 堅牢な城の入り口には、見上げるような大きくて頑丈な扉があり、上部に設えた狼の顔が、来るものを威嚇するように睨んでいる。負けずに見返す勇気があれば、狼の吊り上がった赤い目が、来訪者に合わせて動くのが分かり、観察されていることを知るだろう。

 だがこの扉はあって無いような物で、怪し気な城の住人は、自由に壁を抜けるどころか、空を飛び、悪業のエネルギーを求めて人間界と地底界を行き来する。

 アジア地域を縄張りとするコーグレ一族の城は、日本付近の異空間に構えられ、魔王と二人の息子、そして彼らに仕える使役たちが住んでいて、場所柄、彼らは日本名を名乗っていた。


 一族の長は影魔えいま・コーグレといい、2mを超す巨体に見合わないすっきりと整った顔立ちをしている。それを引き継いだ長男の深影みかげは言うまでもなく、まだ幼い次男の蒼夜そうやにもその片鱗が覗き、魔族の中ではたいそう美形な一族として有名だった。

 悪魔は人の心を堕落させるというが、その噂が本当なら、魔王と深影は持って生まれた麗しい顔で人間に迫り、相手に抗う気持ちを起こさせる間もなく、難なく堕とすことが可能だろう。

 だが、執務室で顔をつき合わせた二人の話題は、人間への悪だくみではなく、コーグレ一族の縄張りに飛び込んできた天使についてのことだった。


 話し合う二人の頭上には、真鍮の大きな輪が連なるシャンデリアがあり、蝋燭の代わりに尻尾に火を灯した火ネズミたちが、前を走る仲間の尻尾の火を大きくしようと、口から火を吐きながら、枠の上をぐるぐる回っている。

 ゆらゆら揺れるシャンデリアの炎が、うす暗い部屋の陰影を、伸びたり縮めたりして、不気味さをつのらせる中、執務室に向かって廊下を走ってくる足音が近づいてきて、石壁に大きく反響した。


「ぼっちゃまお待ちください。魔王様と殿下はお話中でございます」

 執事のスケルトンが、袖から骨の腕を伸ばして、魔王の末っ子の蒼夜を捕まえようとするが、寸での所で間に合わず、大扉が乱暴に開けられた。

「なぁ、お父ちゃん、お外で遊んできていいか?」

「蒼夜、また人間界に行くのではなかろうな?兄の深影を見習って、きちんと魔界の勉強をせぬか。深影が十歳のころはもう変身できたぞ」

「俺だってできるよ。ほら見てみ」

 薄暗い城内のだだっぴろい広間の中央に、ボンっと一瞬、閃光と煙があがり、一羽のカラスが羽ばたいた。

「カァ~~~~(んじゃ、ちょっと行ってくる)」

「おい!蒼夜、待たぬか!もっとましなものに変身できるようになってから行け!それでは下級の魔物にだって捕らえられるぞ」


 大地を揺さぶるような魔王の怒鳴り声もものともせず、崖にそそり立つ不気味な城から飛び立てば、グニャグニャ曲がりくねる枝が蔓延はびこった森は、蒼夜の眼下へと押しやられ、黒い影絵のように遠のいていった。


 城の外には、地底界と人間界との間に設けられた異空間の空が横たわっていて、二つの世界が交わらないようにするための結界の役割も果たしている。窓際に立ち、空を見上げていた兄の深影は、結界を抜け出る渦巻き状の雲の中へ、あっと言う間に消えていったカラスを見て苦笑した。


「全く、蒼夜には困ったものだ。父上、私が蒼夜を連れ戻して参ります」

「うむ、頼むぞ、深影。先ほど話に上った天使は、昇格試験を受けている最中らしい。天界の小道具で人間の望を叶え、神から進級の判定を受けるそうだ。鉢合わせて、蒼夜を諍いに巻き込ませぬよう注意せよ」

「御意。では行ってまいります」


 言い終わらぬうちに、ボンと炎と煙に包まれた深影が、一瞬のうちに鷹に変わり、窓から外へと飛び出していった。


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